
「トミーが三歳になった日」
ミース・バウハウス文 ベジュリフ・フリッタ絵
横山和子訳 ほるぷ出版 より

わたしたちは、もっととおくへ歩いていこう。通りをこえて、もう戦争はおわったのだから。
トミーは、まわらぬ舌でなにかいいたげに、白いほうしをかぶった街灯をゆびさす。何度
も何度も、うしろをふりかえっては、わたしたちふたりがつけた足あとに、目をこらす。
心配しないでいいんだよ。わたしたちのあとをつけてくる人など、だれもいはしないのだ
から・・・・。紙の上で、また、ペンがためらいます。トミーの手をしっかりにぎっているの
は、いったいだれでしょう。トミーのお父さんでしょうか。おじいさん・・・・それとも、おじさ
んでしょうか。前からの知りあいのなかで、生きのこれる人が、はたしてひとりでも、いる
んでしょうか。戦争がおわったあと、トミーの手をとって、世界を見せてくれる人が。ほん
とうに、そんな日が、やってくるのでしょうか。トミーに、お母さんのハンシに、そしてお父
さんに、そんな日が、いつかくるのでしょうか。画用紙を前に、お父さんは、たえられなく
なって目をとじます。「信じるんだ。今に、きっとよくなると、信じつづけるんだ。信じなけ
れば、まけてしまう。飢えと寒さに力つきて、雪のなかにおきざりにされてしまう人たち
と同じように」 紙の上でペンがサラサラと音をたてます。「わたしは信じる」 お父さん
はいいます。「わたしは信じる・・・・戦争がおわったら、きっと、トミーと手に手をとって、
おもてにでるんだ。あの子に、あらゆるものを見せてやろう。町の通りという通り・・・・
広場という広場・・・・川を・・・・橋を・・・・もっともっと、と、トミーがせがむ。ねえ、もっと
とおくへいこうよ! 世界中へ! さあ、おいで、と、わたしはいう。壁は、どこにもない
んだ。さあ、いっしょにおいで・・・・」
