「滅びゆくことばを追って」

インディアン文化への挽歌

青木晴夫著 岩波書店






青木晴夫・・・・現在、カリフォルニア大学名誉教授。ネズパース語に関する

英文著書、日本語著書「アメリカ・インディアン」「マヤ文明の謎」がある。





ネイティブ・アメリカンの「消えゆくことば」の調査にアイダホ州ネズパース保護地に

赴いた若き日本人言語学者は、ネズパース族の人たちとの温かい交流を通して、

ことばと共に失われゆく民族独自の文化を発見する。アメリカ北西部の大自然を

舞台に繰り広げられた心躍る出会いの日々。1960年夏に始まるフィールドワーク

の瑞々しい記録。(本書より引用)


 


本書 あとがき より抜粋引用


ネズパース語は私が現地調査をした1960年ころは、五百人から千人ぐらいの話し手が

いた。最近のネズパース族の調査ではその数は百人と二百人の間だという。一方では、

種族の主催でも近くの大学でもネズパース語教室ができて復元の努力がなされている。

他方、経済状態が厳しく就職難の現在では、この言葉を勉強して何の役に立つのか、と

反問する若者もいる。1997年からカリフォルニア大学(ロサンジェルス校)大学院生の

クルックさんがネズパース語教育に当たっている。ネズパースの伝統文化行事も復活

し、国立歴史公園に指定されたスポールディングでは、伝統の舞踊が、毎年行われる

ようになった。ただ他の種族から派手な服装や目立つ踊りが取り入れられて、ネズパー

スの伝統は変わってきている。


この仕事で学んだことは、ことばだけでなく自分の文化は大切にしなければいけない、と

いうことだ。そして自分の母国語や文化が滅びる心配がない、ということがたいへん恵ま

れたことであると同時に、その恩恵に慣れすぎて、気を許してはいけないということである。

(中略) 明治の初めに日本が欧米文化を模倣したのは分かる。数学など基礎科目では

成功した。しかし学童の能力を過小評価した結果、音楽、絵画、体育などは国籍不明の

稚拙な内容となったのではないだろうか。義務教育から排除されて一世紀、多くの分野で

後継者がいなくなったと聞く。滅びゆく文化を救う努力が必要なのは、少数民族の場合だ

けではなさそうだ。


クリントン大統領が日本やドイツに対抗できるようアメリカは授業時間を増やすべきだと

言っているのを聞くと、日本で授業日数短縮の根拠となっているらしい「欧米」は、すでに

存在しない欧米像か、十分に理解されていない欧米ではないかと思われる節がある。

ある場所に見られる制度が、そこで完全に機能していることもあるが、問題が多いのに

変更できないでいる制度でもある時もある。「欧米では」型の明治式教育方針から日本

はそろそろ脱皮する時が来ているように思う。


アメリカはコロンブスが発見した、と昔の教科書には書いてあった。欧米の視点の受け

売りである。これでは日本も種子島に来たポルトガル人が発見したことになる。さいわい

今の世界史の教科書には、米大陸武力侵略の様子がより客観的に書かれている。世界

の各地では武力侵略や植民地化の結果、滅亡に瀕していることばを救うための懸命の

努力がなされている。数の上では死滅の心配がないように見えることばも大切にしなけ

ればならない。日本でも伝統芸術だけでなく、滅びゆく地方言語を救う時は、すでに到来

している。グローバルな教育とは、英会話ができるとか、テーブルマナーを知っている、と

かではない。英語学や英文学は重要な研究の分野である。しかしそれと同列に英会話

のように英語圏へ行けば誰でもやっていることを一生の目的にするのはおかしい。話す

内容がなければ、話す道具だけがあっても話にならない。過去においては、外からの圧

力によって多くの文化やことばが滅びた。しかし、みずから進んで伝統文化や言語を滅ぼ

すのは少々異常で、起こるべくして起こったと放置してよいものか疑問である。日本は「黄

色い西洋人」を作る教育には成功した。そろそろ日本人を作る時が来ているのではないだ

ろうか。

1997年11月17日 バークレーにて 青木晴夫


 


目次

まえがき


インディアン部落へ

ある春の日突然に

白・黒・黄の試験官

ギャンブルの町にも立ち寄る

砂漠を突っ走る

アイダホへ

アイダホ州歴史学会

保養地で足止め


消えゆくことばを追って

アメリカ・インディアンとネズパース

アルバートじいさんは耳が遠い

先生はハリーに決まる

ネズパース語研究一日目

村の飯屋

ネズパース語研究二日目

若い人たち

「太陽の踊り」現代版

汗ぶろで面目を施す

独立記念日

にわか屋根屋


日本人を歓迎したネズパース

けんかと近代化

「まっ裸では天国へ行けぬ」

食べ物暦

ハリーはサケ取りに

高級車と掘っ建て小屋

ティーピーで眠る

キャマス掘り

キャマス焼き

紙ストローのはし

牛とひき替えに

ことばと生活域

マザマの灰


ことばによるインディアン文化の発見

鹿を料理する

山犬のオルフェ

近いうちに人間が

守り神様

結婚のしきたり

ことばと所有権

ことばの化石

発電機を持ち込む

親族呼称

鹿教え

時、太陽と月

異文化に押し流されて

ネズパース語の性格


そのあとで

あとがき

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