「イニュニック(生命)」
アラスカの原野を旅する
星野道夫著 新潮文庫より
ストーブの炎を見つめていると、木の燃焼とは不思議だなと思う。二酸化炭素、
水を大気に放出し、熱とほんのわずかな灰を残しながら、長い時を生きた木は
一体どこへ行ってしまうのだろう。昔、山に逝った親友を荼毘に付しながら、夕
暮れの空に舞う火の粉を不思議な気持ちで見つめていたのを思い出す。あの
時もほんのわずかな灰しか残らなかった。生命とは一体どこから来て、どこへ
行ってしまうものなのか。あらゆる生命は目に見えぬ糸でつながりながら、それ
はひとつの同じ生命体なのだろうか。木も人もそこから生まれでる、その時その
時のつかの間の表現物に過ぎないのかもしれない。いつか読んだ本(「ものが
たり交響」谷川雁)にこんなことが書いてあった。”すべての物質は化石であり、
その昔は一度きりの昔ではない。いきものとは息をつくるもの、風をつくるもの
だ。太古からいきもののつくった風をすべて集めている図書館が地球をとりま
く大気だ。風がすっぽり体をつつむ時、それは古い物語が吹いてきたのだと
思えばいい。風こそは信じがたいほどやわらかい、真の化石なのだ”
ある日、グレイスという村の老婆がたずねて来た。僕はその時、民族の物語を
伝承する本当の語り部に出合った。グレイスが語り始めると、彼女はもう時空を
超えた別の世界の人だった。エスキモー語のもつ不思議な音色、よどみのな
い話しぶり、変貌する表情や仕草・・・・・・・、その内容はわからないのに、僕は
いつのまにか魅き込まれていくのだった。驚いたのは、老婆のもつ語り部として
の力だけではなかった。昔々と始まる彼女の民話は、そのすべてが海を越え
たシベリアエスキモーの物語だった。僕はグレイスの語りを聞きながら、かす
かなベーリンジアの足音に耳をすませていた。地球の歴史を振り返るとき、
たとえば一億年というタイムスケールは、私たちの想像を超えている。恐竜が
滅びたという六千五百万年前さえ、やはりどう考えても手は届かない。しかし、
一万年前は違う。人間の一生の長さを繰り返すことで歴史を溯るならば、一万
年前は、実はついこのあいだの出来事なのだ。干上がったベーリング海を渡
り、マンモスを追ったホモ・サピエンスは、それほど遠い人々ではない。ベー
リンジアの存在は、人間の歴史を考えるひとつの目安を僕に与えてくれた。
この短い時間の間に、私たちがどこまで来てしまったのか、そして一体どこへ
向かっているのか。その道は本当に袋小路なのか、それとも、思いがけない
光を人間はいつか見出すことができるのか。日々の暮らしに追われながらも、
誰もがふと、種としての人間の未来に憂いをもつ時代である。もうすぐ二十世
紀が終わろうとしている。きびしい時代が待っているだろう。進歩というものが
内包する影に、私たちはやっと今気付き始め、立ち尽くしている。なぜなら
ば、それは人間自身がもちあわせた影だったのだから・・・・・・・種の始めが
あれば、その終りもあるというだけのことなのか。それとも私たち人間は何か
の目的を背負わされている存在なのか。いつかその答えを知る時代が来る
のかもしれない。ベーリンジアから聞こえてくるのは、人間の行方を示唆する
声なのだ。霧の中で、あの美しい縫い針が語りかけてきたように。
星野氏の著作「森と氷河と鯨」、「Alaska 風のような物語」、「旅をする木」、「長い旅の途上」
「星野道夫の仕事 第1巻 カリブーの旅」、「星野道夫の仕事 第2巻 北極圏の生命」、
「星野道夫の仕事 第3巻 生きものたちの宇宙」、「星野道夫の仕事 第4巻 ワタリガラスの神話」
「オーロラの彼方へ」、「ラブ・ストーリー」、「森に還る日」、「最後の楽園」