
「 将棋とチェスの話 盤上ゲームの魅力」
松田道弘著 岩波ジュニア新書 より引用


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外国で世界地図を購入すると、見なれないそのレイアウトに異様なショックをうけることが あります。世界地図というのは、どこの国でも自分の国を中央に位置させているからです。 たとえばオーストラリアでは、自国の大陸を地図の中央ににもってきた、私たち日本人の 感覚からいうと天地が逆になった地図を売っています。おみやげに買って帰るとめずらし がられます。これとよく似たカルチャー・ショックが、遊びの中でも生じることがあります。 私たちは知らずしらずのうちに、自分たちの国の常識を中心にものごとを見たり考えたり する習慣がついているので、知らない国の遊びは、ひどくふしぎに見えるものです。
世界各国にはそれぞれ「国民ゲーム」とでも言うべき伝統遊びが定着しています。日本の 将棋や西欧のチェス、中国の象棋(シャンチィ)は、それぞれ何百何千年という歴史があり、 それぞれの地域によって独自の発展をとげ、サブカルチャーの一翼をになっています。た だし、国民ゲームという名の普及性は、同時に排他的な「閉鎖性」と表裏一体の関係にあ ります。私たちの国ではすでに将棋という国民ゲームがあったため、西洋将棋とよばれて いるチェスは、日本での人気はまるでありません。将棋という国民ゲームがあったと過去 形で書いたのは理由があります。日本人でありながら将棋の知識がいっさいない子どもた ちがふえてきているからです。マンションの部屋には将棋盤がなく、昔は路地などのあち こちでたのしまれた縁台将棋の絶滅も国民ゲームの少子化と無縁ではありません。年輩 の人には信じられないことかもしれませんが、コンピュータではじめて将棋を覚えたという 子どももいるのです。
本書は、将棋とチェスという独特の「知的格闘技」をとりあげています。これらのゲームの どこが独特かというと、特定の駒を捕獲すること・・・・特定の駒である王の死が、すなわ ちゲームの終了につながるという、はっきりとした目的をもった「キングハント」のゲームだ ということです。また、西と東のそれぞれの文化圏の何百年という歴史の中で育まれた 二つのゲームには共通点もあり、一方でびっくりするような考え方のちがいもあります。 地図を逆さまに眺めるように、将棋に親しんだ観点からチェスという異文化を眺め、これ と同時にあべこべの視点、つまりチェスファンである外国人の立場から見た日本の将棋 の特性をさぐることによって、日本の「国民ゲーム」将棋の再発見を試みたいとういうのが 本書の狙いのひとつです。この本は、一冊あれば将棋やチェスのことが何でもわかると いった百科事典的な入門書ではありません。どちらかといえば「エンサイクロペディア・ オブ・トリヴィアル」(雑学百科)ふうの読み物とうけとってください。将棋とチェスの世界の 魅力を、思い思いにたのしんでいただけたらと願っています。
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