
「きみが微笑む時」
子どもたちの微笑がひらく、大地と地球の明日
長倉洋海写真集 福音館書店 より引用




世界各地の紛争地で見た大地と地球の明日。それは子どもたちの微笑み、笑顔を通し
て垣間見ることができるのかも知れない。長倉洋海氏のこの写真集はこのことを雄弁に、
そして心の底からの安らぎと喜びを感じながら訴えかける。このような写真を撮ることが
できるのは、長倉洋海氏自身が子どものような純粋さを持っているからこそかも知れな
い。紛争地での苦しみ、悲しみの中で必死になって生きている子どもたち。そしてその
中においても微笑み、笑顔を忘れない子どもたち。彼らはきっと明るい未来への希望を
無意識の中で追い求めているのだと思う。しかしだからこそ、そのような子どもの眼か
ら大人たちは希望の光、微笑みを奪い取ってはいけないのだ。そのことを強く思う。
(K.K)

1980年以来、ぼくは世界のさまざまな紛争地を訪れてきた。戦争、破壊、虐殺、・・・・
目をそむけたくなるような悲惨なできごとが、数多くあった。が、今ぼくの心に強くよみが
えってくるのは、出会った子どもたちが見せてくれた笑顔----つらい現実に打ちのめさ
れた暗い表情ではなく、逆境をはねのける、たくさんの笑顔だ。どこか突きぬけたよう
な、明るい笑顔やおだやかな微笑みは、いつもぼくをふしぎな気持ちにさせた。1980
年、ソマリア・エチオピア国境の難民センター。路上のやせ細った少女を撮ろうと近づい
たとき、少女はぼくを見上げ、ニコッと微笑んだ。いかにも難民らしい悲しげな写真を撮
ろうとしていたぼくは、はっと虚をつかれる思いがし、自分が恥ずかしくなった。南アフリ
カでは、一年に三日だけの故郷で休暇を終え、仕事にもどる金鉱労働者の夫を送り出
す妻の、気丈な笑顔にも出会った。侵攻したソ連軍やイスラム原理主義勢力タリバーン
に抵抗した、アフガニスタンのイスラム戦士マスードが、詩に親しみ花を愛でるときに見
せた、やさしい笑顔も忘れられない。文化や言葉、住む環境がちがっていても、相手の
笑顔を見るとほっとした。同じ人間なんだと感じられたとき、おたがいをへだてていた
“壁”が、すぅーと消えていった。いくつもの笑顔に出会い、励まされ助けられるうちに、
カメラをかまえるぼくにも、笑みが自然に湧いていた。微笑みを交わすことは、国境や
民族などのちがいを一瞬で超える、最高のコミュニケーションだった。つらいからこそ、
笑顔をうかべてみる。深い悲しみをくぐったからこそ、笑顔をいとおしみ、ほかの人に
やさしくできる。困難をのりこえた笑顔が、微笑みが、人の胸にしみ入り、静かにひろ
がっていく。そこから生まれる心の平安が、いつしか世界のほんとうの平和につな
がっていく・・・・と、僕は思う。どんなときでも、まっすぐに相手を見つめ、微笑む子ど
もたち。その笑顔を失わないおとながカッコいい。ぼくもそんな大人になりたい----
と思いながら、これからも写真を撮っていく。少しぎこちないけど、精いっぱいの微笑
みとともに。 2004年11月 長倉洋海
(本書 あとがき より引用)
同じ著者による写真集「人間が好き」アマゾン先住民からの伝言を参照されたし。