夜明けの詩(厚木市からの光景)

2017年

2016年の夜明けはこちらです。

2011年〜2015年の夜明けはこちらです。

「夜明けの写真」抜粋したものは、こちらです。


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夜明けの詩(空と大地の風景) 2015年版

YouTube画面の設定(右下)で画質をHD(高画質)にして見ると、写真がそれ程ぼやけないと思います。



2014年




夜明けの詩(空と大地の風景) 2014年版

YouTube画面の設定(右下)で画質をHD(高画質)にして見ると、写真がそれ程ぼやけないと思います。



2011年〜2013年




夜明けの詩(空と大地の風景) 2011〜2013年版

YouTube画面の設定(右下)で画質をHD(高画質)にして見ると、写真がそれ程ぼやけないと思います。
















大地と空の息吹き







APOD: 2012 May 19 - Annular Solar Eclipse

(大きな画像)



 


2012年5月24日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



私がインディアンに関心を持った頃に、インディアンのことについて日本人の方が書いている本に出会った。

その方からは、メールを通していろいろ教えてもらったこともある。



その方はブログの中で、日食に関してインディアンのメディスン・マンから決して見てはいけないことを言われ、

世界中のシャーマン達が決して日食を見ない事例を紹介しながら、家にこもり内なるビジョンを見ることを訴

えておられた。



私は日頃から星空に関心があり、時々山にこもって星を見るのだが、日食も一つの天文現象であると浅は

かに思っていた。



確かに太陽が死んでいくことは古代の人々にとって恐怖であり、喪に服す意味で家にこもったのだろう。私

たち現代人は太陽が隠れても、直ぐに復活することを知っているため、彼ら古代の人のこの恐怖は決して

理解することは出来ないと思う。



この意味で、先のブログは私に新たな視点を与えてくれたように思う。



ただ、私自身の中で、違う見方をした古代の人もいたのではないかという疑問が湧いてきて、5月21日にそ

の思いを投稿した。



私はギリシャ神話は好きではなく、以前から古代の人が星空にどんな姿を投影してきたのか関心があった。

また自分なりに星を繋ぎあわせ星座を創ったほうが意味あることだと思っていた。



今日のことだったがアイヌの日食についての伝承に出会った。私自身まだ読んではいないが、これは『人間

達(アイヌタリ)のみた星座と伝承』末岡外美夫氏著に書かれている話だった。



アイヌの文献は何冊か読んで感じていたことではあるが、アイヌの方と神(創造主)はまるで同じ次元でもあ

るかのような親密感をもって接していながら、畏敬の心を持っている。私は彼らの世界観が大好きだった。



下にこの文献からの引用とアイヌの方が日食を歌った祈りを紹介しようと思うが、これは一つの視点であり

絶対こうでなければならないという意味ではない。



私たちは日食に対する様々な見方を受け止めなければならないのだろうと思う。



☆☆☆☆



太陽が隠れるということは、人びとにとって恐怖でした。



日食のことを次のように言いました。



チュパンコイキ(cup・ankoyki 太陽・をわれわれが叱る)
チュプ・ライ(cup・ray 太陽・が死ぬ)
チュプ・サンペ・ウェン(cup・sanpe・wen 太陽・の心臓・が病む)
トカム・シリクンネ(tokam・sirkunne, tokap・sirkunne 日(太陽)・が暗くなる)
チュプ・チルキ(cup・ciruki 太陽・が呑まれた)
トカプ・チュプ・ライ(tokap・cup・ray 日中の・太陽・が死ぬ)  
チュプ・カシ・クルカム(cup・kasi・kur・kam 太陽・の上を・魔者・がかぶさる)



日食の際の儀式を紹介します。



男性は、欠けていく太陽をめがけてノイヤ(蓬(よもぎ))で作った矢を放ちました。



女性は、身近にある器物を打ち鳴らし声を合わせて、次のように叫びました。



チュプカムイ      太陽のカムイよ
エ・ライ ナー   あなたは重態だ
ヤイヌー パー    よみがえれよー
ホーイ オーイ    ホーイ オーイ



日食は、太陽を魔者が呑み込むために起こったと考えました。その魔者を倒すために、蓬の矢が効果が

あったのです。



太陽を呑み込む魔者は、オキナ(oki・na 鯨・の化け物)、シト゜ンペ(situ・un・pe 山奥・にいる・もの 黒狐)。

オキナは、上顎(うわあご)が天空まで届き、空に浮かんでいる太陽をひと呑みにしたと伝えられています。



闘病記/定年退職後の星日記/プラネタリウム より引用



☆☆☆☆







(K.K)



 

 


2012年5月21日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

画像省略

厚木市から見た金環日食



僕は毎日起きてすぐに太陽に祈っている。



人びとに安らぎが訪れるようにと。



今日は金環日食だった。



昔の人は急に太陽が隠されるのを見て、恐れおののいたことだろう。



でも、僕は違う人々のことも想像してみた。



インディアンホピの方たちが日食をどのように見ていたかはわからないが、

日の出と共に太陽に祈りを捧げている人々のこと。



もしこの人たちが太陽が隠され死んでいくのを見た時、こう願い叫んだかも知れない。



「太陽、生きてくれ!!!」と。



僕は肌を通してその感覚を理解しているとはとても言えない。



しかし太陽と心が通じていた民の中には、死にゆく太陽を見ながらこう願ったかも

知れない。



日々、太陽が昇ることを当たり前の出来事と受け取らず、日々感謝の心を持って

生きてきた人たち。



勿論これは僕の勝手な想像で、そのような先住民族がいたかどうかはわからない。



でも、僕は彼らのような民がいたことを、そして現代でも生きていることを信じたい。



(K.K)



 

 

2012年5月27日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。





(大きな画像)



題・・・「お父さん、宇宙が、金環日食が、ここにもあるよ」・・・自宅近く



(K.K)



 

2013年1月28日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した写真です。

本日1月28日の夜明けです。雪を降らせた雲が遠ざかっていきます。

夜明けの光景に接すると、岸洋子さんの「夜明けのうた」を自然と口ずさんでしまいます。古いかな。



「夜明けのうた」



夜明けのうたよ

あたしの心の きのうの悲しみ

流しておくれ



夜明けのうたよ

あたしの心に 若い力を

満たしておくれ



夜明けのうたよ

あたしの心の あふれる想いを

判っておくれ



夜明けのうたよ

あたしの心に おおきな望みを

抱かせておくれ



夜明けのうたよ

あたしの心の 小さな倖せ

守っておくれ



夜明けのうたよ

あたしの心に 思い出させる

ふるさとの空



作曲:いずみたく

作詞:岩谷時子

☆☆☆☆


 

2013年10月3日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した写真です。





本日10月3日の夜明け(4時46分〜6時38分)の光景です。


本日10月3日は、映画「ブラザー・サン シスター・ムーン」でも有名なアッシジの聖フランシスコ

(フランチェスコ)が亡くなった日ですが、彼がよく唱えていた「平和を願う祈り」を掲載させてい

ただきます。私は頭では素晴らしい「祈り」と感じていても、実際に行動にうつすことができませ

ん。しかし、この祈りを体現できている方は、たとえ世に知られていなくとも、聖フランシスコと同

じようにひとりの聖人であることは確かなことだと思います。



☆☆☆☆



神よ、わたしをあなたの平和の使いにしてください。

    憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように    

いさかいのあるところに、赦しを

分裂のあるところに、一致を

迷いのあるところに、信仰を

誤りのあるところに、真理を

絶望のあるところに、希望を

悲しみのあるところに、よろこびを

闇のあるところに、光を

もたらすことができますように、

助け、導いてください。


神よ、わたしに

慰められることよりも、慰めることを

理解されることよりも、理解することを

愛されることよりも、愛することを

望ませてください。


自分を捨てて初めて

自分を見出し

赦してこそゆるされ

死ぬことによってのみ

永遠の生命によみがえることを

深く悟らせてください。



☆☆☆☆




 

2014年1月2日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿したものです。



風の年輪



遥か太古の時代に、慈愛の原型が生まれた。

それがどのようにして生まれたのか、生物が「死」を自覚したときからなのか、

それは永遠にわからないかも知れない。

しかしその原型は何十万年過ぎても、姿かたちを変えながら現代に息づいている。



波動、恐らく様々な波動がこの世界を飛び交っている。

存在をあるがままに受けとめる波動もあれば、存在を消そうとする波動もある。



どの波動をつかむか、ラジオの周波数を合わせるように、

それは私たちの自由意志に任せられているのかも知れない。



波動、それは決して一箇所に留まる性格のものではないと思う。

風のように、私たちの体を吹き抜け、そして私からはまた新たな波動が生まれる。



波動という風、それは大きな木の年輪のように、悠久の歴史を刻んでいる。



この世界が慈愛の風に包まれますように。



☆☆☆☆




http://vimeo.com/22439234


 

2014年1月19日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿したものです。





「もし私が何か良いことをしたのなら、それらは全て神に帰するように」



この言葉は確か童話作家のアンデルセンの言葉だったと記憶しているが、今の私に欠けているもの、

それを全て現しているといっても過言ではない。



私に限らず人は、自身の名誉や成功に対する称賛の風を、自分の中にしまい込みがちである。



しかしそれでは風はさえぎられ、新たな風を産み出すことはできない。



アッシジの聖フランシスコが好んで唱えた「平和を願う祈り」、この祈りには、自身を「平和の道具」と

して使われることへの揺るぎない自覚が横たわっている。



私に向かって吹いてくる風は、良いものも悪いものもある。



しかしそれらの風が私をすり抜けるとき、また違う風を産み出すことが出来ればと思う。



宗教を問わず、神を信じているか否かを問わず、新たな浄化された風を世界に送り出すことができる

人は、聖なる人なのかも知れない。



現代社会を見ていると、いい風ばかり吹いているとは決して思わないが、一人ひとりが新たな風を

産み出しつづけるなら、きっと世界は変わっていくのだろう。



☆☆☆ 写真は、2012年8月25日の夜明けの光景ですが、まるで不死鳥のようですね。☆☆☆



 

2013年9月30日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した写真です。


本日9月30日の夜明け(5時02分〜6時36分)です。



夜明けの写真を毎日撮るようになってから丁度1年が過ぎました。皆さんの暖かい言葉

や「イイネ」に励まされ続けてきたように思います。



夜明けが曇りや雨の日以外は撮ってきましたが、朝食の用意など家事をしながらの撮影

では決定的な瞬間に居合わせられなかったことも数多くあったかと思います。ただそれも

ひとつの流れのような気がします。



今後も続けられるかわかりませんが、写真を投稿出来なくなったらご了承ください。



☆☆☆☆


 

2015年11月9日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



(写真はNASAより引用)

(大きな画像)



このような写真を見ると、海の近くのキャンプ場で過ごした一時を思い出す。



私自身、小さい頃からキャンプなど行ったことがなかったが、山歩きを通して自然とキャンプにも関心がいったんだと思う。



千葉県・大原、そこがいつものキャンプ場だった。



10年近く同じキャンプ場、海が近くにあり星も綺麗。お盆の時期を外して行ったので人もさほど多くない。



朝早く起きたときは、キャンプ場すぐ前の砂浜で朝陽を拝み、海では古式泳法で泳ぎ、夜は双眼鏡で星空を見る。



毎年行っていると、近くの魚屋さんにも覚えられ、風邪気味だと話したら薬をもらうなど人の繋がりも心地よいものだった。



大原オートキャンプ場は2003年に32年の歴史に幕をおろし、その後「大原オートキャンプインそとぼう」として生まれ変わったらしい。



キャンプ場から木のトンネルを通って海に行き、帰る日は海に向かって「また来るよ」と叫ぶ。



海はいいものだ。波打ち際で子供のように波と鬼ごっこをし、じっと波音に耳を立てることで、何かを流し去ってくれる。



アメリカ先住民(インディアン)の好きな言葉のひとつ。



☆☆☆



「子供の訓練は、じっと座っていなさい、そしてそれを楽しんでごらん、という教えから、はじめられるものである。



子供たちは、嗅覚を敏感にして、なにも見るものがないところになにかを見たり、



まったくの静寂のなかに、じっとなにかを聞き取ったりするように、と教えられた。



じっと座っていることのできない子供は、ちゃんと成長していない子供だ」・・・ルーサー・スタンディング・ベア



☆☆☆



まだまだ私もちゃんと成長していない子供だ、と実感させられる。









七沢森林公園 順礼峠のお地蔵さん

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