1998.2/14

「コロンブスの到着以来、キリスト教各宗派による精神的虐殺や、
アメリカ合衆国政府によるさまざまなインディアン政策、そして潜行
しながら少しずつ着実に進められてきたインディアンのアイデンテ
ィティ、文化、スピリチュアリティ、そして言語の撲滅により、私たち
先住民女性たちの役割と立場は攻撃にさらされ、また祖先の智恵
を理解しない抑圧的なシステムの中で、矮小化されてきた。が、
私たちは生き残った。これからも、女性たちが過去から引き継い
できた私たちの文化を子供たちに引き継がせていくことで、私た
ちは生き残り続けることをここに誓う。」
1992年1月7日 ネイティブアメリカン・リプロダクティブ権連合において宣誓される。
「アメリカインディアンの現在・女が見たオグララ・ダコタ社会」
デイ多佳子 著 第三書館 より
![]()
多くのインディアンの子供たちが親から無理矢理引き離され、遠くの
インディアン学校と呼ばれる隔離された寄宿生活を送った。それは
白人の宗教・言葉・生活習慣を叩き込む場であり、心に住みついて
いるありとあらゆるインディアンの心を根絶やしにすることを目的と
していた。そして教師に逆らうとひどい体罰、時には性的虐待をも受
けながら育ってきた。この悪名高きインディアン学校に積極的に、
いや中心的に関与したのがカトリックやプロテスタント、モルモン教
であった。異教徒を徹底的に改造させることを自らの使命とする人
間にとって、精神的・肉体的虐待は正当化されたものとなり、容赦
のない拷問を加えてきたのである。1975年以降、公民権運動の
結果、インディアン自決教育法が成立し、インディアンによる教育
が認められるようになってきたが、現在においても圧倒的に白人
の教師が多いのも事実である。そしてこのインディアン学校によ
って多くのインディアンは自らの自己基盤を失い、全米平均より
遥かにアルコール中毒、自殺、事故死率(事故か自殺か判別で
きないものを含む)が多く、女性や子供を巻き込んだ悲劇が現在
においても繰り返され続けている。この現在のインディアンが置
かれている状況については、「アメリカインディアンの現在」「白人
の国、インディアンの国土」「アメリカ先住民の精神世界」に詳しく
書かれているので是非読んでいただきたいと思う。
![]()
現在インディアン学校に深く関与したカトリックやプロテスタントは、
間違いであったことを認め、謝罪している。しかし、謝罪しただけで
済む問題では決してないだろう。今でも多くのインディアンの心に
植え付けられた自己破壊への道は簡単に拭うことなど出来ない
のである。新たな悲劇が今この時においても生み出され続けてお
り、必死になってインディアン自身がこの悪循環を断ちきる活動
を行っているのである。キリスト教徒たちが徹底的に破壊してし
まったものは、彼らキリスト教徒よりも遥かに高く神と結びついて
いた人々の祈りであり、インディアンに限らず人類の未来に対し
ての希望をも打ち砕いたのである。現在においてカトリックは積
極的に異文化を認めようとしている。だが私が知りたいのは、
何故にこのことに気づくまで2000年もの月日をかけなければな
らなかったかである。この余りにも長きに渡る歴史の中で、どれ
だけの血と涙が大地に吸い込まれていったのだろう。勿論キリ
スト教徒の中には心痛めていた人々がいたのも事実であるが、
余りにも少数派に過ぎなかった。十字架におけるイエスの狂気
ともいえる底が見えないほどの慈愛の深さに対比して、それを
思弁的にしか理解できなかった人々。私たちの傍に息づく多く
の生命の歌を聴くことはなく、聖書と言うフィルターでしか存在
するものの価値を見つけられずにいた者にとって、キリスト教以
外の宗教は自分自身の自己基盤を脅かすものであったのだろう。
インディアンは全ての生命そして小さな石にいたるまで、そこに
存在する意味と慈愛を、一日一日の営みを通して肌で感じ取っ
ていた。感謝と祈りと自己犠牲が横たわっていたのである。
![]()
思弁的な信仰において、今後いかなる希望も産み出されては
こない。あるべき姿から外れてしまった魂を引き戻させる求心
力が既に死んでしまっているからである。沈黙から発せられた
生きた言葉が死に、自己弁護という殻に囚われ空しい響きに取
って変わる。そしてその根無し草ような風が通った後には多く
の血と涙が大地に深く刻まれてきた。キリスト教の中に、そして
突き詰めて言うならば人類の中に、何故にこのような残虐性が
生まれてきたのかを徹底的に解明することが出来なければ、そ
して過去・現在においても流された血と涙を償うこと無しに、未
来への希望など存在するはずもない。それはキリスト教である
か否かに関わらず、全ての人間に課せられた義務と責任なの
かも知れない。インディアンは常に七世代先の子孫のことを考
えることを規範とし行動していた。未来の人類のために、そして
この私自身に巣食っている残虐性を明らかにしてゆくためにも。