「グランドファーザー」

トム・ブラウン・ジュニア著

飛田妙子訳 徳間書店 より引用


   




一人のインディアンが生涯をかけて真理を探究し続けた驚くべき実話。白人が

大地との絆を忘れ破壊させてきたこの世界を再び甦らせるべき、絶望と孤独を

突き抜けてきた探求の物語。その言葉は未来を託されている私たち一人一人

への遺言であり贈り物でもある。このストーキング・ウルフが精霊に導かれ、あ

るべき古来の道を、多くの犠牲を払いながら見極めていく生涯に私は心奪われ

る。世界はこのような偉大な魂に、最後の日まで真理を探究し続けた真に尊い

魂に導かれていくのだろう。彼の魂は本著を通して、大地との絆を取り戻す多く

の魂に限りない勇気と希望をいつまでも注ぎ続けるだろう。まさしくこの魂は、

自らの生涯を平和の道具として貫きとおした偉大なるものである。

(K.K)


 




今日、彼のヴィジョンは、私のどれほど情熱的な夢よりも強く、私の中で生きてい

るのだ。私は何度も自分はそれに値しないと感じたり、自分の物質的な生活に

負けそうになるが、教えることを探求する気持ちは心の奥深くでいつも燃えてい

る。グランドファーザーを駆り立てた炎と同じ炎が私を駆り立てているのだ。私に

は希望がある。それは何年も前に彼が私の魂に授けたのと同じ希望である。炎

はまだ燃えており、いま私が出会った多くの人たちの心の中で燃えるようになっ

た。グランドファーザーは正しかった。いつの日か人びとは、唯一の真理である

古来の道を再び追い求めるようになるであろう。この数々の話は私にとって非常

に重要な意味を持つ。それは単にグランドファーザーが私に教えてくれたことが

大切だっただけではなく、私自身、彼が放浪したさまざまな場所を旅する原動力

となったからだ。私はこの本を読んだ人たちが、本当の真理を探し求めてくれる

よう希望している。多くの人が必要としているからといって、やり方を目指すところ

ではない。私が目標とするのは、私たちがいま住んでいる世界、忘れられた母な

る大地の世界を読者の目の前に映し出すことなのだ。この本で説明しているよう

に、それは簡単に得られるものではない。また、真理とその知識を得るために

は、真摯な探求を行なわなければならないのだ。グランドファーザーの人生は、

喜びや悲しみ、驚きや苦しみなどあふれるような感情と豊かな心に満ちていた

が、それは長老の話を聞いて学んだものではなかった。彼が自分自身で探し

求めなければならなかったように、私も読者のみなさんにそうしてほしいと望ん

でいる。私は「コヨーテ先生」なのだ。・・・・・・・トム・ブラウン・ジュニア(本書より)


 
 


トム・ブラウン・ジュニア・・・・「トラッカー」徳間書店より引用

7歳の時にアパッチ族の古老ストーキング・ウルフ(グランドファーザー)と出会い、10年間

サバイバルやトラッキングやアウェアネスの技術を学ぶ。さらに10年間アメリカ国内を放浪

し、原野の中で生き延びる技術を磨く。27歳の時に、行方不明者のトラッキングを依頼さ

れ、見事に捜し出したことから名前が知られるようになる。1978年に、彼の経験を綴った

「トラッカー」が出版され、トラッカー・スクールが設立された。それ以来、全米で最も大きな

サバイバルの学校として、世界中から集まってくる人々に自然と共に生きる道を教え続け

ている。著書に「グランドファザー」(邦訳・徳間書店)「ビジョン」「スカウトの道」などがある。


ストーキング・ウルフ(グランドファザー)

リパン・アパッチ族に生まれ、白人の抑圧を逃れて古来の道で育てられる。幼い頃から

ヒーラーやスカウトとして卓越した能力を発揮した彼は、偉大なる精霊の啓示に従って

20歳のときに一族を離れ、その後63年間アメリカ大陸を放浪する。その間にあらゆる

部族に学び、普遍的な技術や哲学を見出した。最後に幼いトム・ブラウンと出会い、彼

の時間をかけ、トムにサバイバルやトラッキングの技術を教えた。


 



虹の戦士たちへ


かつては誇りを持って大地に根ざして生きていた人々が、打ちのめされ、閉じ込めされ、

傷つけられているのを見て、あまりのことに言葉もなかった。みな絶えず白人を恐れ、

仲間を恐れて暮らしているのだ。とりわけ悲しかったのは、人びとがまったく希望を失っ

ていることだった。グランドファーザーが大きな絶望感を持ちはじめたのはこのときだっ

た。大地の人びとが目の前で一掃されかかっているのに、彼はなすすべもなくたたずむ

ばかりなのだ。彼の一族はまだ自由ではあるが、ここの人たちも彼と同じ大地の人だ。

白人の迫害を目の当たりにしてようやくその実態を理解し、彼は言い知れぬ嘆きと苦悩

に打ちひしがれた。グランドファーザーはそれから数週間、保留地のはずれに留まった。

弟子のほとんどは彼が教えることに興味を示さなくなったり、別のことをするようになっ

た。ジョンは相変わらず強い興味を持っていたが、ほかの保留地で教えるために去っ

ていった。グランドファーザーはジョンの中に自分の希望が息づいているのを感じた。

ジョンは保留地内の学校で働くことになったので、うまくいけば子供たちに昔の技術や

精霊に関することを教えることができるだろう。グランドファーザーはまた南西部へもど

りながら、ジョンの行く手に待ち受ける戦いの大きさをはっきり読み取っていた。たった

一人の人間が、何らかの希望を与えたり変化をもたらすことなど、ほとんど不可能の

ように思えた。グランドファーザーの心も悲しみで重く沈んでいた。彼は、自分こそが古

来の道を自由に実践できる、残された数少ない一人であることをひしひしと感じた。

実に孤独だった。自分の一族のもとへ帰りながら、グランドファーザーはこれまでにな

いほど落胆していた。孤独感や失望は、ときに耐え難いほどだった。どの保留地にも、

まだ古来の道に従って暮らしている長老がいることは知っていたが、彼が心配するの

はこれから先の世代のことだった。白人による洗脳や、アメリカ先住民を白人の文化

に同化させる計画が、子どもや若者の考え方に影響を与えていた。古来の道は原始的

だと見なされ、そうしたものに興味を示す子どもは嘲笑された。古来の道を学ぼうとし

た子どもが、大勢の前で罰せられることもあった。白人はまやかしや口先だけの約束

をして、子供たちを部族の文化から遠ざけていった。このときグランドファーザーは人

生にほとんど希望を見出すことができず、悲痛な気持ちになっていた。グランドファー

ザーには保留地にいるような抑圧はなかったが、自分も監禁されているような感じだ

った。実際に、自分の好きにどこにでも行ったり来たりするわけにはいかなかった。

祖先のように自由に放浪することができない。旅のあいだ誰かに見られないよう細心

の注意を払わなければならず、ひどく制約を受けていたからだ。堂々と歩くことができ

ずに、やぶに隠れたり夜の闇にまぎれて移動することが多かった。いつも警戒して、

起こりうる危険に備えなければならなかった。こうした考えがしかも現実であることを

悟るようになって、彼の魂も自由を失い、保留地の人たちと同じような苦痛を感じるよ

うになったのだ。信念が揺らぎ、魂が引き裂かれそうだった。すべての希望が消えた

ように思われ、古来の道は自分の死とともに滅びるであろうと、また考えるようになっ

た。ついには大地の民そのものが消滅するかもしれないということに思い至り、激し

い衝撃に自己嫌悪に似た思いにさいなまれた。自分の生き方がまちがっていて、

白人の方が正しいのだろうかと彼は考えた。自分の原始的な生き方は、本当に時代

遅れの人たちにしか役立たないのか。白人たちがみなまちがっているということがあ

り得るのか。ともかく、大地に根ざして生きる人たちがいま監禁されているのだ。もし

先住民の方が造物主に近いならば、白人も海の向こうの国へ追い返すことができた

はずではないか。グランドファーザーは考えれば考えるほど自信がなくなり、気持ち

が重くふさいだ。家はただ自分の一族の人たちのいるところにもどって死にたいと

思った。大きな目標が見えなくなって希望も失せ、いまや彼は教えることに何の意

味も見出せなかった。グランドファーザーは彼の一族のキャンプのすぐはずれの

ところで何日もキャンプした。このような気持ちのままで仲間と顔を合わせたくなか

った。彼の一族はまだ自然のまま自由に生きて古来の道を実践しているが、それ

も幻想にすぎない。彼と同じように、自由はなく制約を受けていたのだ。みなもう老

齢となり、技術を受けつぐ若者もいなかった。古来の道を守っていながらそれを伝

える者を持たない、いずれ死に絶える一族なのだ。彼は悪い知らせを持ってもどり

たくなかったし、彼らが最後の一族だと知らせるのも気が進まなかった。もうみな

年だから、ほかにも野生のまま自由に原野を放浪している部族がいると信じてい

る方が幸せだろう。彼はしばらく時間をとって、考えをまとめてから帰ることにし

た。ある朝、聖地にすわって祈っていると、コヨーテ・サンダーの霊が現れた。

グランドファーザーは曾祖父がそばに立っているのを見て驚いた。彼が口を開く

前にコヨーテは言った。「私たちは何日もおまえが帰ってくるのを知っていた。

おまえがなぜ心を痛めているかも知っている。私も傷ついた人びとの苦悩を見

たのだよ。だから私は一族の者が白人に近づくのを許さなかったのだ。そして

私たちは最後の日が来るまで身を隠していることにしたのだ。おまえはいま希望

をなくしているが、希望はある。耳を傾ける者には誰にでも教えを授けなければ

いけない。真実と精霊に関するものは決して滅びることはなく、最後には必ずす

べてのものに優る。それは常に自然を求め、精霊とともに歩む者の一部なのだ。

人種や信念にこだわらず、大地の教えを求める者すべてに教えなさい。大地の

教えを求める者は、新しい大地の子となるのだから。我々の道が滅びることは

ない。最後の時がくれば、人間は再び我々の知る知恵を求めるだろう」 コヨー

テ・サンダーはグランドファーザーが答える間もなく、無言で立ち去った。グランド

ファーザーは新たに希望が湧き上がってくるのを感じた。以前から、教えることは

彼の夢であり運命であると思っていたが、いま新たに、耳を傾ける人であればアメ

リカ先住民でも白人でも、誰にでも教えるべきだと悟ったのだ。彼はコヨーテ・サン

ダーの言うことは正しいと思った。古来の道や哲学は決して滅びることはない。や

がて白人が彼らの生き方の虚しさや物質的なもののはかなさに気づいたとき、我

々の教えは生まれ変わるだろう。自分は教えを伝えなければならないのだ。そうす

れば、白人が現世的な欲望を超越したものを探求するようになったとき、正しい道

を見つけられるだろう。グランドファーザーはもうためらわず、希望を新たにして一

族のもとに帰り、次の旅を待ち、新しい生徒の出現を待った。


<古来の道>に生きた最後のインディアン“ストーキング・ウルフ”の言葉


 


目次

日本語序文

まえがき

第1章 グランドファーザーのヴィジョンの探求

第2章 違うドラムの音

第3章 石の教え

第4章 木は話をする

第5章 一人であること

第6章 白人による破壊

第7章 南アメリカへの最初の巡礼

第8章 司祭

第9章 滝

第10章 死への旅

第11章 光への旅

第12章 傷ついた人びと

第13章 教えること

解説

訳者あとがき

訳註





A Koskimo house

Edward S. Curtis's North American Indian (American Memory, Library of Congress)


ワタリガラスの伝説

「森と氷河と鯨」星野道夫 文・写真 世界文化社 より引用。


今から話すことは、わたしたちにとって、とても大切な物語だ。だから、しっかりと

聞くのだ。たましいのことを語るのを決してためらってはならない。ずっと昔の

話だ。どのようにわたしたちがたましいを得たか。ワタリガラスがこの世界に森

をつくった時、生き物たちはまだたましいをもってはいなかった。人々は森の

中に座り、どうしていいのかわからなかった。木は生長せず、動物たちも魚た

ちもじっと動くことはなかったのだ。ワタリガラスが浜辺を歩いていると海の中

から大きな火の玉が上がってきた。ワタリガラスはじっと見つめていた。すると

一人の若者が浜辺の向こうからやって来た。彼の嘴は素晴らしく長く、それは

一羽のタカだった。タカは実に速く飛ぶ。「力を貸してくれ」 通り過ぎてゆく

タカにワタリガラスは聞いた。あの火の玉が消えぬうちにその炎を手に入れ

なければならなかった。「力を貸してくれ」 三度目にワタリガラスが聞いた

時、タカはやっと振り向いた。「何をしたらいいの」 「あの炎をとってきて欲し

いのだ」 「どうやって?」 ワタリガラスは森の中から一本の枝を運んでくる

と、それをタカの自慢の嘴に結びつけた。「あの火の玉に近づいたなら、

頭を傾けて、枝の先を炎の中に突っ込むのだ」 若者は地上を離れ、ワタ

リガラスに言われた通りに炎を手に入れると、ものすごい速さで飛び続け

た。炎が嘴を焼き、すでに顔まで迫っていて、若者はその熱さに泣き叫

んでいたのだ。ワタリガラスは言った。「人々のために苦しむのだ。この世

を救うために炎を持ち帰るのだ」 やがて若者の顔は炎に包まれ始めた

が、ついに戻ってくると、その炎を、地上へ、崖へ、川の中へ投げ入れ

た。その時、すべての動物たち、鳥たち、魚たちはたましいを得て動き

だし、森の木々も伸びていった。それがわたしがおまえたちに残したい

物語だ。木も、岩も、風も、あらゆるものがたましいをもってわたしたちを

見つめている。そのことを忘れるな。これからの時代が大きく変わってゆ

くだろう。だが、森だけは守ってゆかなければならない。森はわたしたち

にあらゆることを教えてくれるからだ。わたしがこの世を去る日がもうすぐ

やって来る、だからしっかり聞いておくのだ。これはわたしたちにとって

とても大切な物語なのだから。


(クリンギットインディアンの古老、オースティン・ハモンドが1989年、死ぬ

数日前に、クリンギット族の物語を伝承してゆくボブをはじめとする何人

かの若者たちに託した神話だった。この古老の最後の声を、ボブはテー

プレコーダーに記録したのだ。








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