
「ナバホ「射弓の歌」の砂絵」
フランク・J・ニューカム画 グラディス・A・レイチャード文
鈴木哲喜 構成 鈴木幸子 訳 美術出版社
ナバホの人々の文化的な洗練は注目に値する。彼らの創りだす砂絵は、現代の美術シーン
にとって強い示唆に富むばかりでなく、美術の領域を超えて、人間の芸術的行為の総合的
なあり方のひとつのモデルを提供する。(本書・帯文より)

日本語版の出版にあたって 鈴木哲喜 (本書より引用)
この本は、1920年代から1930年代にかけて2人の女性の協力によって製作、研究された
ものである。70年前のアメリカ南西部という時代的・地域的特殊性は、現代の私たちの常識
をはるかに越えたものであり、彼女たちの研究と生活の環境の劣悪さは女性の社会的地位
や少数民族の問題、情報、交通など、想像を絶するものであった。本書は、ネイティブ・アメリ
カン最大部族であるナバホと彼等の砂絵についてのグラディス・A・レイチャード氏の詳細な
研究であり、フランク・J・ニューカム氏の驚異的な記憶力によって描かれた美しい砂絵の記
録を併せたものである。祭式、神話、チャント、砂絵とそれに付随する造形、医療行為などの
一連のパフォーマンスは、ナバホの人々の生活の一部であり、彼等の世界観念をよく表わし
ている。まず、私たちは35点の図版によって美術的な興味を引かれる。一連の砂絵の制作
の過程は、チベットの砂絵マンダラと同じように砂絵を壊して完成する。非保存性の一期一会
の宗教的行為である。したがって、この本に至る経緯は特異なのである。一般的に、宗教的
伝統行為な美術は製作や図像の約束事を特徴としている。西洋的な近代化は、まさにその
ような約束事からの自由を目指したものとして理解されている。一方で現代美術はアメリカを
中心に大きな展開を見せた。ジャクソン・ポロックは彼の若い時代に砂絵に親しんだことが
知られている。私達の前に立ち現われた現代美術は、それに先立つ幾つかのモデルを有
し、様式や精神の複雑な起源と流れを持っているのである。そのような意味でナバホの砂
絵が、アメリカの現代美術の源流の一つとみなされているのである。前述の2つの文脈は、
たがいに矛盾しているように見える。近代化の言説はもっぱらに自由の問題を一義として
いるかのようである。砂絵の場合、個人の宗教的あるいは健康の必要に応じて、つまり具
体的目的があって製作される点が特に重要であり、さまざまな状況において多様な意味の
発生を見るのである。そのような砂絵の真の存在性において矛盾は解消される。あらため
て、ナバホにおける個人の自由はどのようなものであろうか。風土的にも私たちのそれと
異なるのは当然である。ネイティブ・アメリカンは大陸において世界をどのように見てきたの
であろうか。彼等の社会は、近世における日本の閉鎖的な共同体や一般的な未開のイメー
ジとはおよそかけ離れている。彼等の語る神話は遠い昔のエロティックなロマンや騎士道
ではない。それは、今なお語られ生成される、高度に洗練された具体的な生活の詩である。
彼等はアリゾナの広い荒野に立って大地と大空に向かい合った時、無限の宇宙に向かわざ
るをえないのであろう。ネイティブ・アメリカンの人たちの個人主義が、私たちの考える西洋
風の個人主義とは違った、徹底した個人主義であろうことを想像するのは難しくない。
