「リグ・ヴェーダの智慧 アニミズムの深化のために」

山尾三省著 野草社 より引用




本書 あとがき より抜粋引用


『リグ・ヴェーダ讃歌』と呼ばれる森は、人類史上の最古の文献の森のひとつであるにもかかわら

ず、一般的にはほとんど知られていない。摩居不思議の森ということができるだろう。これほどに

各種の情報が行きわたる社会にあって、古代インドの殼深奥に『リグ・ヴェーダ讃歌』と呼ばれる

文献の宝の森が確固として存在することが知られないのは、私の感覚からすれば、目本の知識人

達と学術出版界を支える人々の知的貧困と、相も変わらぬ欧米志向をまさしく象徴しているできご

とのように思われる。この上うな悪□は別において、すでにこの本を読み終えられた読者には、

『リグ・ヴェーダ讃歌』という森が、どれはどの豊穣を秘めた宝の森であるかということは、ほんの入

口ながらも充分にお分かりいただけたことと思う。


本文中にも記したように、私がこの本に引用したのは、森全休の千分の一にも満たない微々たる

部分であり、その森の全体に分け入るならば、人は古人達のこの宇宙の森羅万象を讃える叡知と

いう、汲めども尽きることのない泉と大樹に、到るところで出会わぬわけにはいかないだろう。しか

しながら、まことに残念なことに、日本中のすべての書店や図書館を探したとしても、『リグ・ヴェー

ダ讃歌』の全訳本を見つけ出すことはできない。かろうじて私がこの本のテキストとした、辻直四郎

訳の岩波文庫版が、抄訳としてそのさわりの部分を伝えてくれるだけである。私としては、直接には

お会いしたことのない辻直四郎先生が、このような稀有な訳出の仕事をされたことに心からの敬意

を抱くけれども、この本の引用でお読みになった読者にはすでにお分かりのように、その訳文は現在

となってはあまりにも古文調である。韻文の訳といえば古文調という半世紀前の常識がそのまま踏襲

されていて、時には読み進めていくことに苦痛をさえ感じた。そこで、あまりにも苦痛な場合には、私

の判断において若干ではあるがその文体を修正して、少しでも読みやすくする方法を選んだ。私とし

ては、辻直四郎先生という稀有な宝の森の伝達者に心から感謝するとともに、一日も早く、一年も早

く、若いサンスクリット哲学者か文学者が、現代文において新たな『リグ・ヴェーダ讃歌』の全訳に取り

組み、それを支えて積極的に出版する出版社が現われることを望まずにはおられない。


次にこの本の内容についてであるが、これは『天竺南蛮情報』(東京ジューキ食品潟_ージリン会刊)

という月刊の小冊子に、1994年2月号から1999年の12月号までの、じつに5年11ヶ月間にわたっ

て連載させていただいたものを一冊にまとめたものである。それ以前の数年間は、私は同誌に同じく

古代インド哲学文献としてのウパニシャッドをテキストとして連載させていただいたのだが、そちらの方

は筑摩書房から『屋久島のウパ二シャッド』と題して、すでに出版されている。ウパ二シャッドという、現

代にも充分に普遍化され得る哲学的、宗数的課題の森を歩き終えた上で、さて次にはどんな森に歩み

入ろうかと考えた私は、ためらうことなくそのまま真直ぐに、その地続きの、さらに古廟の森であるリグ・

ヴエーダ讃歌へと踏み入ってきた。この森は、すでにこの本を読了された方にはお分かりのように、こ

の宇宙の森羅万象のカミガミを讃えた讃歌集であって、一般的な意味における哲学書でもなければ

宗教書でさえもない。太陽や水、季節や大地や心の在りようなどまでもが、カミガミとして讃えられてい

るだけの、素朴といえば素朴、単純といえば単純きわまりない人間性の確認と発掘が行なわれている

世界である。そうであるにもかかわらず、この森に踏みこんだ者は、そこからもう二度と出たくないという

気持に駆られてしまう。この森にあっては、アニミズムという人間性の中核に存在する存在様式が、息吹

となって、泉となって、到るところから噴き出し、溢れ出してくるからである。


アニミズムについては様々な現代的解釈や立場があって、私は昨年、『アニミズムという希望 琉球大学

の五目間』(野草社刊・新泉社発売)という本と、『カミを詠んだ一茶の俳句 希望としてのアニミズム』(地

湧社刊)の二冊を前後して上梓したが、このあとがきを記している現時点にあっては、


もしこの世に

本当の祝福

というものが

あるとすれば

いま

私の

見ているものが

それだ


ローリー・リー 「春のはじまり」より


という詩が示している内容こそが、現代と古代とを問わぬアニミズムの骨髄であると感じて

いる。そしてそれは、当然のことながらその内にすでに深い哲学と宗教を含んでいると同時

に、現代の火急のテーマである環境問題の解決にも、根本的な影響を与えるゆえに、まさ

しく今においてこそなお一層真正面から考えられるべき事柄であると考える。この本のサブ

タイトルに、敢えて アニミズムの深化のために と掲げたのは、そのような理由によっての

ことである。



訳者の山尾三省氏は現在屋久島に住んでおりましたが、2001年8月28日、屋久島に

て亡くなりました。著作として「コヨーテ老人とともに アメリカインディアンの旅物語」

「アニミズムという希望」「ラマナ・マハリシの教え」などがあります。








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