
「母なる風の教え」
ベア・ハート著 児玉敦子訳 講談社より引用


謙虚、勇気、忠誠心、思いやり。こうした性質は、聖なるパイプを扱う権利を獲得するために
育てていかなければならない性質の一部にすぎない。インディアンの部族の中では、偉大な
戦士だからといってリーダーになるわけではなかった。聖なるパイプを扱う人間に求められ
る性質は、リーダーにも求められるものである。今日でも、リーダーは若者にとってのお手
本、ロール・モデルであることが求められている。リーダーは常に、自分のためにではなく、
部族のためにどうしたらいいかを考えていなくてはならない。彼をリーダーに選んだ人々の
信頼に応えるためにも、完璧でなくてはならないのである。自分を選んでくれた人を、失望
させてはならないのだ。持っている知識を生かして、部族全体が向上していくことを考えなく
てはならないし、次の世代が経済的にも社会的にも、精神的にも恩恵を受けるような制度
を作っていかなければならないのである。優れたリーダーというものは、常にこうしたことを
心に留めている。過去のリーダーたちが祈ったとき、彼らはいつも次の世代のために祈っ
てきた。「今ここにあるものから、なにを得られるか」ではなく、「これを長く続けていくため
には、なにを加えたらいいのか」と。昔のチーフは、部族の中でももっとも貧しかった。狩り
から帰ってくると、自分では狩りに行けない未亡人や年寄りに獲物を与えていた。求めら
れれば、いつでも喜んで自分の分を与えた。自分自身や自分の家族の分などほとんどな
かった。そうやってリーダーは生きてきたのだ ---- いかに自分の分を手に入れるかなど
は考えず、人々のために。聖書には、天国に入るために二つの質問をされると書いてい
る。「彼らが飢えていたとき、食べ物をあげたか? 彼らが裸でいたとき、着物を着せてあ
げたか?」 我々のリーダーなら、こう聞かれて「はい」と答えることができたはずである。

わたしは、あの父の日のことをよく思い出す。わたしにとっての広い意味での家族を見渡し、
この世界をよりよくできるような、なにか確かで素晴らしいことを求めようとするとき、この父
の日の思い出が、何度となくわたしを力づけてくれた。インディアンの考え方や愛や祖先か
ら伝わったことをインディアンでない人々に教えているとそしられながらも、わたしが今の仕
事をしていられるのも、あのときの思い出があるからなのである。人はこの世に生まれてく
るとき、この肌の色がいいとか、この文化がいいと選んでくるわけではない。我々がこの世
に遣わされたのは、なんのためなのだろうか? 人は人生の中で自らの役割を見出そうと
する。それがために、魂の道と呼ばれるところを歩く意味をわずかながらも知ることができ
るのだ。そして、魂の道を歩くときには、カトリック教徒もユダヤ教徒も仏教徒もインディアン
も関係ない。その道は、普遍的な愛が集まる場所であり、ほかの生命に対する心からの
思いやりや愛が、我々を前に進ませてくれるのである。二十五年間グリーンリーフ・バプ
ティスト教会の婦人団体の会長を続けたわたしの母は、引退したとき、生涯名誉会長に
任命された。教会で催された祝賀会の席で、一人の老人がスピーチをした。部族の言葉
から英語に通訳されたそのスピーチの中で、彼はこう語った。「あなたが大いなる存在を
愛し受け入れて、この教会を支えてくれたあいだ、あなたは何度も何度もこの教会に足
を運ばれました。やがて神とともに生きた美しい人生を示すように、あなたの足跡に美し
い花が咲くことでしょう」 わたしはいつもそのスピーチを思い出す。美しい人生を歩むと
いうこと。目的を持ち、その実現のために努力するということ。調和した人生を生き、忠
誠心や信念、信仰を持っていくこと。こうしたことすべてが、充実した人生を実現するた
めの要素なのである。子供の頃わたしはこう教えられた。「チェボン、美しい人生を実現
するには調和が必要だ。すべてのものと調和して生きることだ。だが一番重要なのは、
まず自分と調和を保つことだ。お前の人生には多くのことが起きるだろう。いいこともあ
れば、悪いこともある。反論してくる人間もいるかもしれないし、お前の生き方を支配し
ようとする者も現れるだろう。だが唯一、“調和”という言葉だけが、すべての問題を中
和し、お前の人生を美しくする手助けをしてくれるのだ」 年を経て、わたしはあらゆる
職業の人から手紙をもらうようになった。そのほとんどが、こう書いて手紙を締めくくっ
ている。「美しい人生を歩め」と。わたしは人生の始まりに、美しいものに触れることが
できた。我々の民は、美しい人生を歩んできたのである。
