
Two Whistles - Apsaroke
Edward S. Curtis's North American Indian (American Memory, Library of Congress)
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いう人類最古の宗教的・霊的知恵すべての総合である創始者の世界観 が流れている。しかし、霊的な求道から離れ教義に縛られた多くの宗教 から迫害され、初期の心理学から病的なものとの烙印を押されながらも シャーマニズムは現代に生き残ってきた。シャーマニズムが語りかける ものはシアトル酋長が言ったところの「人がいのちの織物を織ったので はない。その中の一本の糸にすぎないのだ」であり、「宇宙を自分自身 として体験すること」に目覚めることに尽きるのではないだろうか。この 人類最古の宗教的・神秘的・医学的・心理学的伝統のシャーマニズム は人間・環境破壊が進む現代文明に警鐘を鳴らし続ける。そして何よ りもマイケル・ハーナーがいうところの「日常的リアリティの自己中心的 超越をはるかに超えたものである。それはもっと大きな目的、つまり 人類を救うための超越なのである。シャーマニズムにおいての光明と は、他の者が暗闇と考えるものを照らし出し、そのことによって「見」、 ・・・・・・・人類・・・・・・・のために旅をする能力」なのであり、それは、 「自己実現的人間は例外なく、自分自身のことを超えた目的に関心を 寄せている」(マズロー)ものである。その究極的な慈愛の姿をキリスト 教や仏教などに見ることが出来よう。ただこれらの大宗教において、 その慈愛を体現した魂は少数であることを認めざる得ない。先住民族 に流れている豊穣な精神文化を見るとき、シャーマニズムが持つ偉大 な世界観が現代において再生することを強く願わずにはいられない。 1998.6/7
まだまだ多くの謎が残されている。シャーマニズムについて探求すれば するほど、人間の体、心、魂について認知されていない側面や可能性 があることがわかる。何千年もの長きにわたり、シャーマニズムの精神 は、人類を助け、癒し、導いてきた。それはこれからも、さらなるものを 与えてくれるかもしれない」 ロジャー・ウォルシュ
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マックス・F・ロング著 林陽 訳 ビオ・マガジン と思います。尚、この文献は先に出版された「ホ・オポノポノ 奇蹟の原点 カフナ の秘法」と「ハワイアン超スピリチュアル カフナの秘法 実践篇」を一つに合冊し たものである。 この本はホ・オポノポノをベースにカフナの秘術の全てを解き明かすために書かれ ている。キリスト教によって禁止される前、本物のカフナたちが行っていた様々な 奇跡をレポートし、その奇跡の仕組みを科学的に解明した。 (本書より引用) 和解と癒しの儀礼を使い、人間関係の亀裂やそこから派生する各種の病を治療し てきた。しかし、今流通している「ホ・オポノポノ」とう名称が作られたのは最近のこと である。1980年8月に、本書の著者マックス・フリーダム・ロングのフナ研究所のメン バーであったモルナー・シメオナと当時の会長であったE・オサ・ウィンゴがロングの 研究を基礎に共同開発して命名したのが最初で、一対一あるいは家族対家族で、 祈りや告白、話し合い、許しを中心として行われる癒しの手法である。 しかし、最近の自己啓発ブームの中で突然現れてきた「ホ・オポノポノ」はそれとは 異なる。いわば簡略化したバージョンであり、本来のホ・オポノポノが成立する過程 で原典とされた本書の教えからは切り離されている。この興味深い現象について、 今のフナ研究所の代表者ヴィンス・ウィンゴ博士が驚くべき事実を明らかにした。 「それは30年前に試されて、益と害が同じくらい多く出ることが確認された、簡略版 は全部で12段階ある『上級ホ・オポノポノ』の一部にすぎない」というのだ。 (本書より引用) 神話の発祥地である出雲には、フナト(クナト)の神の伝説がある。イザナギ神が 黄泉の国から地上に戻る時に黄泉の力を封じるために付き立てた杖から化生し た神で、クナは「来るな」からきていると「日本書紀」にあるが、出雲井神社の社屋 (富家)は違うことを伝えている。これは作家の司馬遼太郎氏が初めて明らかにし たことである。 富家の口伝によれば、原出雲族は祖神クナトに率いられて、4500年前に海路日本 に渡来し、製鉄、紡績、農耕を教え、各地に国主を置いて治め、大国主神の先祖 になった。これはエジプトから太平洋に船団を組んで渡来したカフナの伝説の別 バージョンと思われる。 スクナヒコナ神の伝説もこれに絡む。スクナヒコナ(「クナ」に注目)も船に乗って 日本に渡来した。大国主神とともに日本を広く回り、温泉を堀り、種を撒き、医薬 と呪術の基礎を据えて、南海に旅立ったと「記紀」に伝えられている。このスクナ 族がハワイに渡ってカフナの祖になったと思われる。 これは私の一方的解釈ではない。ロング氏にフナの研究を託したハワイ・ビショッ プ博物館のブリガム博士によれば、「和歌山」という地名は船団を組んでハワイに 戻ってきたワケア神から取ったものである。博士の発言を「記紀」の記録が傍証す る。「記紀」の記述によれば、和歌山は呪術と医療の基礎固めをしたスクナヒコナ 神が南海に旅立った場所だった。ロング氏の研究を理解することにより、日本古来 のフナ学(霊学)を科学的に解明することも難しくないと思われるのである。 (本書 訳者後書 より引用) |
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伝承の知恵の記録」 青木愛子 述 長井博 記録 樹心社 産婆術だけに留まらず、診察・治療のための特殊な手、そしてウエインカラ(何で も見える千里眼)を通してシャーマン的な役割を担ってきた方である。愛子さんの ウエインカラは、初対面の人と対座した時だけでなく、電話の相手でもその人の 過去と未来がわかる特殊な力を持っていた。それは相手の血液の赤血球や白血 球の流れがまるで顕微鏡を見ているように見えることも意味していた。 愛子さんの産婆術に関しては本書に詳しく書かれているが、驚くべきことは5代目 の愛子さんに継承されたこの秘伝は1756年(宝暦6年)フィリピンのパギオシティー、 イゴロット族の聖地アシュラムから始まっていることである。この初代の産婆さん の名前は天静一(テンシンイチ)と言うが、その出身地など不明である。そしてこの 男性がアイヌに来て結婚し、産婆や子育ての技術、薬草等の治療術を生かしなが ら、夫婦で北海道各地のアイヌコタン(村)を巡回したという。 この南の島からの秘伝と聞くと、ハワイ先住民の呪術師(カフナ)たちが行ってい た秘術として知られている「ホ・オポノポノ」とアイヌには何か共通点があるのかも 知れない。ハワイ先住民のカフナは、エジプトのピラミッド文明時代、国内情勢が 悪化したため、最高の宝(呪術の秘法)を守るためエジプトを脱出し祖国(ポリネ シア)に辿り着いた民だという説がある。 またこの説では、カフナ12部族のうち10部族がインド洋経由で各地に秘術を植え 付けたが、祖国帰還の途中で日本にも渡り、古神道の呪術の基礎を据えたとい うのである。時代は異なると思うが、イスラエルの12部族のうち失われた10部族 を考えると、この数字はただの偶然なのか、それとも何か意味を持っているのだ ろうか。 私自身1980年頃かつてマルコス政権下のフィリピンのスラム街など、同級生や シスター達とフィリピンに行ったことがあるが、その旅行中にパギオにも立ち寄っ たことがあり、パギオの近くだったか記憶があやふやだが、森に住む先住民の 方にも会ったことを思い出す。その時は経済開発の名の下に住む場所を奪わ れていく先住民の現状を見ただけだった。 話は随分それてしまったが、青木愛子さんの後を受け継いだ長井博さん、そして 長井さんの次女へと途絶えることなく継承されていることに感慨深いものを感じて ならない。 (K.K) 青木愛子はアイヌコタンに代々続いた産婆の家に生まれ、古代から継承されて 来た産婆術(イコインカル)、診察、治療のための特殊な掌(テケイヌ)、薬草(ク スリ)、整体手法、あるいはシャーマンとしての技量(ウエインカラツス)をも駆使 (ウエポタラ)して、地域住民の心身健康の守り役、相談役として活躍した。 本書は十年にわたって愛子の施療の実際を見て、その言葉の一つ一つを丹念 に記録した、アイヌの信仰と文化の実態に迫る伝承の知恵の書。 (本書・帯文より引用) 死者の霊が見える。例えば愛子の親しい友人が交通事故で死亡した。死亡して から四十九日の間は、その友人の霊が愛子の処に遊びに来るのが見えて、対話 する。愛子にとっては日常的なことなので恐ろしいという気持ちは起きない。四十 九日が来ると、既に死亡している友人の親族の霊が友人の霊と一緒に現れて歌 をうたったりする様子が見え、その声も聞こえる。これは四十九日で終る場合で ある。 この場合、愛子の親しい友人でなくとも、死者の霊を見ることがあり、四十九日を 過ぎた者の霊を見ることもある。これは完全にポクナモシリ(地獄)に堕ちている 霊であると解釈している。いわゆる自縛霊のことである。自縛霊は人間に限らず、 犬や猫等の動物である場合もある。 一人一人が持っている光が見える。明るい人、非常に明るい人はごく少なく、暗く 見える人が多い。何も見えないほど暗い人もある。暗い人の過去現在をウエイン カラしてみると、詐欺、泥棒、異性関係の乱れている様子、売春や覚醒剤、物欲 の強い様子が見える。明るく見える人をウエインカラしてみると、他人に対して尽く している様子が見える。ウテキアニ(愛)の精神で生きようとしている人は明るく、 無慈悲な人、愛のない人は暗く見えると解釈している。現在財宝をたくさん所有し ているかどうかということとは関係なく、その光の量が見えてしまう。 (本書より抜粋引用)
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宗教人類学者が見たアンデスの宇宙観」 実松克義 著 現代書館 アン研究の第一人者である阿部珠理さんと、ヤマ・アマゾン研究の第一人者実松 克義さんがいるからである。もし私が若く頭も良ければこの大学で学ぶことを選ん でいたと思う。その理由は三つある。一つ目は研究量だけに留まらず、如何にそ れを解りやすく砕いて説明できるかの才能を持っている点。二つ目はフィールドワ ークの技術が優れている点。三つ目は決して奢らず飾らない人間的な魅力を持っ ており平衡感覚に優れている点であり、それらの優れた特質は、文献にも良く反映 されているのではと思う。本書「アンデス・シャーマンとの対話」において、実松克義 さんはアンデス・アマゾン地域に住む十数人のシャーマンから話を聞き、背後にあ る世界観・宇宙観を探るだけに留まらず、シャーマンによる儀式にも参加している。 儀式では時には遺書を用意してまで探究しようとする。現在の日本でこのような真 摯な探究心をもっている研究者はあまりいないのではないだろうか。少し話は違う が、以前NHKの放送大学の「先住民講座」の中で司会のスチュアート・ヘンリ氏が イヌイットなど先住民族のカテゴリー分け必要だと指摘したのに対し、若いフィールド ワークをしている2人の研究者が共に「同じ民族でも一人一人違う」ことを強調され ていたが、それだったら別に外国まで行かなくても近くのお爺ちゃん、お婆ちゃんの 姿を追えばいいのである。何故、外国に住む先住民をフィールドワークの対象とし ているのか、その原点(自分が何故彼らに惹かれたのか)を忘れ、自分の研究対 象が唯一無二のものだと近視眼的な捉えかたに囚われていることに気づきもしな い。勿論このような研究者ばかりではないことを願うが、実松克義さんのような存在 がまだまだ日本には求められているのではと思う。話はそれてしまったが、本書で 展開されるアンデスの宇宙観、時間の流れなど興味深く、シャーマンでも考え方や 技法が一人一人異なる点も驚かされる。しかし、それでも土台には共通した世界観 ・宇宙観が宿っていることを本書から感じとれるのではないだろうか。 (K.K) ボリビアの人類学者マウリシオ・ママーニ・ポコアカによれば、現代アイマラ文化に は四つの歴史的段階を示すパチャが存在する。チャマック・パチャ(月の時代)、 ハナ・パチャ(文明の時代)、タキシン・パチャ(苦難の時代)、そしてクティ・パチャ (刷新の時代)である。これは歴史としてのパチャである。直線的時間としてのパチ ャ、進化論的なパチャと言ってもよいだろう。歴史としてのパチャはスペイン人征服 者による文化的破壊の後に発生した。それは民族の歴史の再評価と反省、新しい 意味付けという主体的行為の結果である。ここではパチャはすでに完成された過去 の世界観ではなく、時間とともに変化し、進化する概念である。これはパチャの概念 が、あたかも文化生成のマトリックス(苗床)であるかのように時代に応答し、発展す るダイナミズムを備えているからだと思われる。 世界は静止してはいない。絶えざる運動の中にある。そして人間はその運動を正し く導き、調和的世界を維持するために、努力しなければならない。 こうしたパチャの思想はすでに古代アンデスにおいて存在した。回転する十字架で ある。ティワナコ文明の先行文化であるチリパ文化には一つの興味深い表象が存 在する。俗にチリパの表象として知られるこの石のレリーフは、アンデスの宇宙観 の祖形とも言うべき世界を描いている。そこには太陽から発散する世界の四大要素、 エネルギーがベクトルとして描かれ、生成変化する生命の躍動が表現されている。 チリパ文化は初期のティワナコ文明に大きな影響を与えたのではないかと思われる。 それを示すのがチリパの表象に酷似する、「稲妻の石」と呼ばれるティワナコのレリ ーフである(写真参照)。興味深いことに、ここでは太陽の代わりにヒキガエルが中心 に描かれている。これはティワナコ文明におけるアマゾンの影響を示すものであろう か。非常に神秘的なティワナコ人の宇宙観が表現されている。 (本書より引用) |
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デズモンド・モリス著 鏡リョウジ 監訳 東洋書林 る世界中のお守りを紹介した本である。70カ国以上の国を旅し、その土地 で集めてきたコレクションも本書に紹介されているが、コレクションの写真 やその紹介文を見ているだけでも、こんなに多くのお守りが世界中にある のかと驚いてしまう。日本人にとって、「お守り」はとても身近にあるものと 言える。神社のお守りを身体の身近に置いている人とか「交通安全祈願」 として車などにつけている人も多い。シャーマニズムと同じようにそこには 「魔除け、呪術的な力」が宿っていると無意識の中で感じ取っているのかも 知れない。本書で紹介される「お守り」を通して、その土地の文化や風習、 そして伝説を知ることができるのは貴重であると共に、その「お守り」に 込められた祈願を聞いたような錯覚さえ覚えてしまう。
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安達浩著 京都書院 のを抑えることが出来なかった。彼女たちが生まれたのは明治から大正 初期にかけてである。勿論この時代に盲学校や点字などない時代である。 男性だったら按摩などの仕事に就くことが出来たかもしれないが、女性 の場合は瞽女しかなかったのではと思う。彼女たちの母親は娘が一人で 生きていけるよう幼い頃から心を鬼にして接してきたのだろう。そして6歳 ごろに瞽女に送り出す。現在でいうと小学校入学の時に家族と別れて 瞽女の修行に出るのである。別れの時の彼女たち、そして母親たちの 心中を想うと目頭が熱くなってしまう。最後の瞽女として有名な故小林ハル さんが「次に生まれたら虫になってもいいから眼の見える人生を生きたい」 と語っているが、この言葉の重みを理解できるのは視覚障害者の人たち だけであろう。しかし人びとは彼女たちを聖なる来訪者、威力ある宗教者 と歓迎した。それは本書に書かれているように、目が見えないことは、か えって霊界に通じ、神に直結する重要な要件であり、シャーマン的な役目 も彼女たちは担ってきたのである。瞽女は昭和52年に廃絶した。この写真 集はその最期の姿を写したものであり、歴史の一面を記した貴重な文献 である。
生産業にかかわる動植物の孵化・発芽とその育成に関するものの二つが大き なものであった。こうした重大な信仰面が根底にあったから、農民は瞽女を手厚 くもてなしたのである。信州の飯田瞽女にいたっては、人びとの求めに応じ、こう した場合に、祓い詞を読んだり、祝詞を上げたり、お経を唱えたり、真言を誦して、 拝み・祓い・祈願などの宗教行為を行なっていた。まさに、芸能者瞽女が宗教者 でもあったのである。近年まで存続してきた語り芸人瞽女の生態に、神の子孫 祝福を代弁する民間宗教者の遺影を見ることができる。瞽女の年明きのヒロメ の祝言は、おそらくシャマンの神婚儀礼の遺風であろう。禁男の掟も、男を近づ けね神の妻の思想から出発していると思われる。目が見えないことは、かえって 霊界に通じ、神に直結する重要な要件でなかったかと思われる。 (本書より抜粋引用) |
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ミルチア・エリアーデ著 堀一郎 訳 ちくま学芸文庫 担い手たるシャーマン、聖の専門家はいかにして誕生し、どのような活動を行 なうのだろうか。膨大な資料を駆使しつつ、シャーマンの召命と試練、象徴的な 死と再生、めざましい超能力や、それを支えるコスモロジーに説き及ぶ本書は、 比較宗教学あるいは宗教形態学の古典であるとともに、原初の世界と人間の 普遍的な型に迫ろうとする情熱的な思想の冒険行でもある。上巻には、イニシ エーションの諸相、衣裳と太鼓のシンボリズム、中央・北アジアのシャーマニズム、 宇宙論などのテーマを含む第8章までを収録。 「最も重視したのは、シャーマニズム的現象そのものを紹介することと、その イデオロギーを分析すること、その技術とシンボリズムと神話とを検討すること である」(序言)。著者の意図は明らかだ。実証的個別研究の一つとして本書を 遇しては、その意図を見誤ることになろう。「超歴史的」、「類似的」アプローチ から見えてくる宗教現象の普遍的古層こそが、エリアーデには重要だった。 世界の再神話化を目指す、すぐれて20世紀的な試みとして本書を読むことが 可能である。下巻には、南北アメリカ、東南アジアとオセアニア、印欧系諸民 族、日本を含む東アジアを扱う第9章を収録。解説 奥山倫明 (本書より引用)
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古代メキシコのシャーマンたちの生と死と宇宙への思索 カルロス・カスタネダ著 北山耕平訳 太田出版 カルロス・カスタネダが残した本は全部で十二冊ある。本書は、そのなかで は十一冊目にあたるものだ。十二冊目の最後の「無限の本質」も先頃邦訳 されたから、本書が出版されることによって、カスタネダの本の日本語化は すべて完了したことになる。そしてカスタネダの全著作のなかで、最も重要 なものが本書であることは間違いないだろう。この「時の輪」は、単なるこれ までの本からの引用などではない。カスタネダとされる人物が、生前にドン・ ファン・マトゥスとされるひとりのシャーマンから学んだ教えを、その言葉を 中心にして再整理したものである。この意味では本書は、それ以外の十一 冊のすべてを合わせたこらいの、いやもしかしたらそれ以上の重みを持た されているものなのである。もし一冊だけカスタネダの本を持って旅を続け るとしたら、わたしは迷わずこの「時の輪」を選ぶだろう。そしておそらくは ここに書かれてあるドン・ファンの教えの直接の言葉以外は、すべてが「た わごと」にすぎないものなのかもしれない。インディアンの人たちがそうした たわごとの書かれた本をなんのために使うかは、一連のシリーズを読まれ た方にはすでにおわかりと思う。カスタネダは、彼が誰であれ、ある意図を 持ってこれらの言葉を選び、おそらくは最初にそれを聞いたときのままに 戻すことを試みたのだ。それぞれの本ではばらばらに配されていたような 言葉が、本書においてはひとつの脈絡ある連結をもたらされて提供されて いる。ひとりのシャーマンの教えの核心の部分の全体像が、それを聞いた とされる人物によってこのように再整理されていたとは驚きではないか。 ドン・ファンのシリーズを読んだ人間の多くが、この膨大な記述のなかから ドン・ファンその人の言葉だけを書き抜いてあればいいのにと考える。実際 にそれを試みた人たちもたくさんいる。そしてほんとうにそれができるのは、 カスタネダ本人しかいなかったのである。彼は「時の輪」を残すべく残した のだ。 (本書 訳者あとがきにかえて 北山耕平)
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桜井徳太郎 編 春秋社 神よりも人間の方に近づいて、民衆とともに悩み苦しみながら、ともども に苦悩からの離脱や解放をはかろうとする。カリスマ的権威を負うて民衆 に接するのではなくて、神の声をきき人々の訴えを神へと通ずる仲介者 的意義を重くみている。かれらのもつ宗教的レベルは必ずしも純粋絶対 的なものとはいえない。むしろ世俗的傾向が強い。民衆のなかにあって 民衆とともに歩み、その苦悩を自らのものとしながら救済的機能をはた そうとする。そうしなければ民衆がついてこないという理由もあろう。換言 すれば、これまでの教祖の多くがシャーマンからスタートして、脱シャーマン 化をはかることによって新宗教を組織したのに対し、近来に頻出する小 規模な新宗教の創始者たちは、逆にカリスマ的権威を払拭ふることによっ てシャーマン化したともいえよう。あるいは、それによって民衆化したといっ てもよい。南東の沖縄や東北地方の民衆が、既成の宗教団体へ編入され ることをきらって、あるいは宗教的意義を評価できなくて、ユタ・カンカカリャ・ ムヌス・イタコ・ゴミソなどの、教団的には無組織であり強烈な呪術性をも つ民間巫者と、より緊密な関係を保とうとする。そういう傾向がみられるこ とは、もっと注意してよいのではないだろうか。つまり、新しい民衆宗教の 動きと、そこに機能するシャマニズムとが、どのようにからみついているか。 それらが、疎外されて絶望する人びとの祈求するメシアニズムと、どう対応 しているか。現代が遭遇するもっともシリアスな課題に触れるシャマニズム を、もう一度根っこから掘り起こして検討する必要は、今日こそもっとも差し 迫っており、その解決はまことに重かつ大であるといえるのである。 (本書 シャマニズム研究の諸問題 より引用) |
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ドナルド・リー・ウィリアムズ著 鈴木研二・堀裕子訳 創元社
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上下巻」 マーク・プロトキン著 屋代通子訳 築地書館 とてつもない勢いで破壊され、人口が目の回るような勢いで増えつつあるこ とを考えると、熱帯雨林と、その周辺に暮らす人々のこわれやすい文化を 保護するためには、少なくとも今世紀末までになんらかの手を打たなくては ならない。作家としての才能と科学者としての洞察力に恵まれた著者の手 になる魅力的な本書は、熱帯雨林保護のために大きな役割を果たすことだ ろう。マークは、熱帯雨林とそこに住む人々が存在することの意味の重さを、 人の心を動かさずにはおかない、痛切な言葉で訴えかけている。したがって この本は、植物学、民族植物学のみならず、人類学、熱帯医学、シャーマニ ズム、そして熱帯地方の環境保護に関心のある方ならどなたにも読んでいた だきたい傑作となっている (本書 序 リチャード・エヴァンズ・シュルツ博士 ハーヴァード大学植物博物館 より引用) |
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日本民俗学研究叢書 山下欣一著 弘文堂
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エリザベス・B・ジェンキンズ著 高野昌子訳 翔泳社
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Bear's Belly - Arikara
Edward S. Curtis's North American Indian (American Memory, Library of Congress)