2000.3.8
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今生の栄えを
想わず
後の世の
花となれ
お地蔵さんの本「こころの本」絵馬師 殿村進 宙(おおぞら)出版 より

いつからかは定かではないが、路傍にひっそりと立つお地蔵さんに心の中で手を
合わせるようになっていた。そのお地蔵さんにこめられているもの、その想いが私
の心をひきつけたのだろうか。当時の私は、お地蔵さんがどのような意味を持つも
のかはっきりと分かっていたわけではなかった。ただ子供のことから親しんでいた
笠地蔵などの物語を通して、何かとても美しいものを感じさせられていた。子供の
成長を祈り、あるいは幼くして亡くなった子供の魂が救われるようにとの祈りが、こ
のお地蔵さんにこめられている。そしてその祈りは時間と空間を超えて、今でもそ
こに流れつづけている。このお地蔵さんにこめられた祈り。風にのったその祈りは
長い時間を超え、後の人々の心に、新たな祈りをふたたび創りだしてゆくのだろう。
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私は苔の中の石地蔵の前に小さなろうそくをいっぱい立ててまわった。ろうそくの炎は、
真っ暗になった庭の闇の中に、透明なはなびらのようにふるえながらゆれていて、石仏
のお顔を下から明るく照らしている。おやっと私は自分の目をうたがった。いつもは、た
だおだやかな表情で、すましていらっしゃる石の仏さまのお顔がにんまりと笑っていらっ
しゃるではないか。よく見れば、それは炎のゆれがつくる影がお地蔵さまのお顔に一種
の表情を与えているのにすぎなかった。目の錯覚といえばそれまでであろう。けれども
私は、その夜、自分の目の錯覚とは思いたくなかった。生涯に一枚でもお地蔵さまの
お姿を描き、一体でもお地蔵さまを彫った者は、あの世にいく時、地獄でお地蔵さまか
ら救われるというむかし話がたくさん残されている。今日あのたくさんの子どもたちが
無心にクレヨンを握りしめ、小さな手で一心に描いたお地蔵さまのお姿は、遊びであっ
て祈りにもなっていたのだ。子どもたちはなんの欲もない。自分が地獄にゆくことも知ら
なければ、いいおめぐみにあずかりたいというような欲望もない。ただ、無邪気に、教え
られたとおりにお地蔵さまを描いたにすぎない。その姿の純真さをこれらのお地蔵さま
は心からかわいいとごらんになり、守ってやろうお思われ、ほのぼのとした微笑で、子ど
もたちの元気な遊びぶりを思いだしていらっしゃるのだろう。私はようやく天の中ほどに
昇りきった月を仰ぎながら、そのまるいお月さまの顔の中にも、お地蔵さまを見たように
思った。「オンカカカビサマエイソワカ。子どもたちの眠りを守らせたまえ」 お地蔵さまの
真言をとなえながら、もう一度私は数珠をすりあわせ、月にもお地蔵さまにも合掌して
いた。・・・・「小さい僧の物語」 瀬戸内寂聴 著 集英社文庫より
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