
「聖なる魂」
デニス・バンクス/森田ゆり共著 朝日文庫より

誓(ちかい)デニス・バンクス
いつの日か、私は鷲を捕えられるだけの智恵と
バッファローに手をさし出せるほどの賢さを身につけるだろう
歳月を超えて、私は聖なるパイプを携えていこう
セイジとスィート・グラスの杉の葉もいっしょに
民人を浄化するロッジを建てよう
遠い山から岩を運んでこよう
コットン・ウッドの木を探そう
私の子供たちは太陽踊りの唄を歌う
大地に生きるすべての物への讃歌を歌う
子供たちは祖先からの言葉を語る
そして四つの方角の意味を理解する
きょう、私はその旅を始める
旅の道すがら、私は疲れ、弱り、倒れるかもしれない
しかし、私は立ち上がる
兄弟、姉妹の力に支えられて私は立ち上がる
そして聖なる赤い道を歩き続けるのだ
いつの日か、学んだ知識と賢さを、私は若い世代に引き継ごう
そのように生き、そして死ぬことを私は選んだ
だから迷うことなく、ただ山羊の精霊に導かれて歩き続けよう
1985年、ダコタ領土内、アメリカ国刑務所にて デニス・バンクス
(彼は無実であったが、卑劣な州知事ジャンクローの策略により懲役
三年の有罪を受ける。しかし、1985年9月28日仮釈放される。)
私たちや、私たちを取り巻く環境は皆、自然の一部である。
すべてが命のつながりの中で生きていて、互いが互いを必要としている。
環境を大事にすることは、自分自身を大事にすることなのだ。
鷲やビーバーは、幾千年間同じ形で生をつないでいる。
七世代先の人々のことを考え、自分たちが受け継いだ生き方を子供たちに伝えよう。
滝の音や燃える火に心を傾けること。
幼い子供に話しかけること。
草木の生命に思いを馳せること。
それらは偉大な精霊と交わることである。
私たちを含めて、すべてが地球の住人なのだ。
空気、太陽、火、水、土 ------- すべては所有することができない。
偉大な精霊を、どうやって所有できるというのだろう。
火は、私たちが生きていくうえで欠かせないものである。
火は暖かさを与えてくれるだけでなく、生きる指針も与えてくれる。
火と対話しよう。
水や雨を大切にしよう。
水は私たちの考えを浄化してくれる。
雨は空気を浄化して、地の渇きをいやしてくれる。
私たちは水や雨なしでは生きられない。
地球にあるものは皆、それぞれ存在する意味と役割をもつ。
自然の音に耳を澄ませば、自然は私たちに色々なことを教えてくれる。
鳥の鳴き声に耳を澄ませば、自分の心がわかってくる。
魚の泳ぎに目を向ければ、自分自身の答えが見つかる。
花には生命を絶やさないようにするという役割がある。
花の美しさや色にもそれぞれの役割がある。
目標に向かう私たちに力を与えてくれ、未来への夢を広げてくれるのである。
目がないから見えないとは限らない。
耳がないから聞こえないとは限らない。
鳥、魚、花、木、すべてが私たちの話を聞いている。
彼らに向かって心を込めて話すこと。
寒い冬の日に、木々が話をするのが聞こえてくる。
私たちや、私たちの未来について話している。
いつでも木々を敬うこと。
木の枝がなければ花は咲かない。
木があってこそ森になり、その美しさも生まれるのだ。
なぜ木を倒したり、森を破壊したりするのだろう。
木は私たちに生命の息吹を与えてくれる。
鷲、鹿、ビーバー、すべてが自分たちの流儀で生きている。
それぞれがビジョンを持っている。
肝心なのは、他人をまねることなく自分自身のビジョンを持つことだ。
夢は私たちにストーリーを語り、ビジョンの源を与えてくれる。
私たちが得たビジョンは、また他の人の夢となる。
人々に良い夢を見せてあげることだ。
ひとりひとりの画家は夢をもっている。
一枚の絵には、何かが隠されている。
画家の語りかけに耳を傾け、自分たちと結びつきのある話を聞こう。
太鼓の音や人々の歌は、私たちの心臓の音だ。
私たちの心臓の音は、いつでも宇宙の鼓動を映している。
歌を歌いたくなくなったり、太鼓を打ちたくなくなれば、
誰も私たちの鼓動に耳を澄まさなくなるだろう。
知恵の種は、私たちの中心にある。
自分自身の中心に、汚れのない思考とよい水を与えること。
そうすれば、閉じた中心が開いてきて、知恵の実を結ぶことだろう。
私たちの未来は過去にある。
時は流れているのだから。
日々くりかえす行いこそが生活であり、文化を伝えることである。
年長者から知恵を学ばなければならない。
そして、それを実行しなければならない。
一日一日を生きていくことが、生きる目的なのだ。
日が暮れてしまったら生きる目的を失う、というわけではない。
年を重ねてから、幼いころのことや仲間のことを思い返す。
眼にも胸にも涙が浮かんでくる。
そんな時、人は幸せを感じ、その尊さを知る。
「風の知恵」 黒田征太郎/デニスバンクス著 毎日新聞社より
寄宿学校の初日以来、兄弟同様の友達となったボージャック、フレッド・モルガン、私の三人
は互いにオジブワの言葉で話した。しかしそれが教師や舎監にみつかると私たちはひどく怒ら
れた。定規や棒で打たれる懲罰を受けることもまれではなかった。インディアンの言葉を話す
こと、インディアンの唄を歌うこと、インディアンの宗教を信じること、すべてが寄宿学校では
禁じられたのだ。そのかわり、英語をできるだけ早く学び、「白いアメリカ」や讃美歌の「クリス
チャン軍の前進」「イエス様は私たちの友達」といった唄を覚えなければならなかった。生まれ
故郷の連邦ダムでは、祖母をはじめとする村の人々が事あるごとにタバコ供養を行い、祈り
の儀式の準備をしていたことを私は決して忘れてはいなかった。しかし寄宿学校では、インデ
ィアンの教師や舎監ですら、私たちの宗教、歴史、伝統について何ひとつ話してはくれなかっ
た。ここでは私たちをインディアンであり続けさせるすべてのことが取り除かれ、一日でも早く
従順なアメリカ人となるべく二十四時間訓練させた。教室では毎朝、アメリカ国旗に向かって
宣誓をしなければならなかった。そしてリンカーンやワシントンら「偉大な白人大統領」や「アメ
リカの偉人たち」について学ばされた。いま思えば、教師はもとより学校の教科書には何にも
ましてインディアンへの偏見と事実の歪曲に満ち満ちていた。「ミネソタ・・・北の星」というタイ
トルの本はミネソタ開拓の歴史を記したもので、当時のミネソタ州全学校生徒の必読本とさ
れていた。その内容は、白人開拓者らが辺境の荒野にひそむ“敵”と、自然とに対し、勇敢
に闘い開拓の偉業をなしとげたことを讃え上げているものだ。一方、開拓者の“敵”、チペワ
(私の生まれた部族だ)とスー・インディアンは、血に飢えた野蛮な殺人鬼であるかの如くに
記されていた。その本に載っている一枚の色つきの絵には、なんと、一人のインディアン戦
士が白人の赤ん坊の頭の皮を剥いでいるところが描かれているのだ。絵の下にそえられた
説明文にはただこうあるのみだ。「平原での死」と。この本はあたかも、ミネソタには白人開
拓者が入る以前は人間が住んでいなかったかの印象を読者に与える。まるでインディアン
は人間ではなく征服されるべき動物であったかの如くに。事実、チペワ・インディアンに関し
ては何ヶ所にもわたって、「野蛮な」「未開の」「文明以前の」と形容されていた。寄宿学校に
おくられるまでは毎日のように森の中を動物たちと歩きまわり、川かますやムスキー(北米
の湖特有の大かます)と泳いでいた私は、「野蛮」「未開」といった言葉が一体何を意味して
いるのか理解に苦しんだ。居留地の日々の暮らしの中で私は自然との和合に生きることを
教えられた。森や林の中を銃なしで歩きまわることは少しも恐ろしいことではなかったし、ご
く自然のことだったのだ。それをどうして「野蛮な」「未開の」地と呼ばねばならないのだろう。
おそらく動物たちが白人に出くわすようになったときから、白人の「野蛮」な対応ゆえに、自然
は「野蛮」と化したのではないのか。目に映る動物を片端から射ち殺し、森林を焼き払い、
自然の生命のサイクルを破壊していった開拓者たちがやってきたときから、ミネソタの自然
は、「野蛮」へと変貌したのではないのか。私たちインディアンにとって、自然は常に心の安
まる友として在ったのだ。こうした極端なインディアン蔑視の教育を受けていた頃の自分を
思い返すと、私は愕然とする。私は教えられる事柄になんの異議をはさもうとはしなかった。
なぜ私は「偉大な白いアメリカ人」の教育に疑問を抱かなかったのだろう。なぜ私は非イン
ディアンへと仕立て上げられることに抵抗しなかったのだろう。寄宿学校の長い生活の中で
少しずつ非インディアン化していった私の「従順なアメリカ人」思考が音をたてて崩れ始める
のは、それからもっとずっと後のことである。
