「精霊たちのメッセージ 現代アボリジニの神話世界」

松山利夫著 角川書店









アボリジニの人びとは、この国とは無縁な歴史時間の中で、神話を語ってきた。冒頭に

述べたとおりである。したがってその神話は、大地の創造を語り、太陽や月、星の誕生を

説明し、人がどうして生まれ、人びとの社会組織がいかにして形成されたのかを語る。そ

の中には、わたしたちにはなじみにくい話もある。「人が大地に生まれでたころ、空は低く

て木々はいまよりずっと小さかった。だからユーカリの梢に登って天をつかみ、空にのぼっ

て人が月になった」という話などは、その例かもしれない。しかしこの場合、月が生命をも

つと考えたらどうだろう。月の満ち欠けは死と再生、つまり生命の不滅を語り、その生命を

いま地上に暮らす人も共有しているとしたらどうだろう。そう考えれば、あなたとわたしの

生命は、わたしたちの体に一時的にやどっているにすぎないという論理が導ける。狩猟採

集をつづけてきたアボリジニの人びとは、カンガルーにもエミューにも、水鳥にもハスにも、

人と同じ重さをもつ生命の存在を認めている。それは魂といいかえてもいい。肉体が死を

むかえても、魂が死なない限り、人にも鳥にも動物にも死は訪れない。その魂を司るの

は、大地と天空を含めたこの世の構造をもたらし、人びとの社会の枠組をつくりあげた

「夢の時代」の精霊である。彼らは神話の中でそう語っている。神話はアボリジニの人た

ちの文化の中核をなす哲学なのだ。少なくともわたしはそう考えている。だからこそ、神

話を語りつぐことによって、彼らはアイデンティティを確認し強固にして、現代という時代を

生きているのだろう。そうした彼らの神話を紹介しようとするこの本に、いささかの主張が

あるとすれば、アボリジニの人たちが祖先から語りついできた神話は、ただ単に語る神

話ではないということである。それは彼らが白人と接触する以前においてもいえることで

あり、接触後の200年をこえる歴史の中でより明確になってきたことである。本編の最後

を「第六章 神話を語ることの現代的意義」でしめくくっているのは、そうした意図にもと

づいている。

(本書 はじめに より引用)





アーネムランドを東から西へ旅したジャンガォウルとその姉妹や、マーレー川をつくりだした精霊

ングルンデリ、食べられる植物を発見しその料理法を開発したマルガの木の男は、すでに図に

しめしておいたように、それぞれの土地を旅していた。また、子供の泣き声が好きなゴールバー

ン島の虹ヘビも、七人姉妹とそれを追いかけたユーラも、追手からのがれようとした月のギジャ

も、それぞれの土地を旅した。こうして各地を旅する精霊が、オーストラリアの先住民アボリジニ

の人びとの神話の、一つの大きな特徴である。その旅の道すがら、精霊たちはドリーミングの

動植物をはじめさまざまなものをつくりだし、そしてその歌をうたった。その行為は、創世の精霊

だけに限られない。たぶんそのあとに登場したであろう精霊たちも、いろいろな歌をつくり、そし

てうたった。「ソングライン」を著したブルース・チャトウィン流にいえば、アボリジニに人たちに

とって、オーストラリア大陸は、そうした歌と歌をうたった地点によって、網の目のようにおおわ

れているのである。その道すじのむすびめごとに、彼らは動植物の豊かさを願い、雨を乞い、

風をつくり、祖先を、そして精霊をたたえる儀礼をおこなってきた。アボリジニの人びとの神聖

な土地とはこうしたところである。この考えにしたがえば、オーストラリア大陸は、歌と聖地に

満ちあふれた大地だ、ということにある。

(本書 あとがき より引用)







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