
A Tluwulahu costume (Qagyuhl)
Edward S. Curtis's North American Indian (American Memory, Library of Congress)
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大地につながって生きる人に対して何故にこうも残虐であり続けるのか。恐 らく彼ら先住民の瞳が純度の高い鏡であり、その鏡に映し出された文明人 自らの顔のおぞましさに震え慄くからなのかも知れない。「先住民とともに生 きる」の著者ベス・リシャロン女史が指摘するように、文明人の遥か遠くに忘 れられた至福の記憶を呼び覚ますものであるが故に、我ら文明人は真の自 らの姿を映し出す彼ら先住民の眼を破壊しようとするのだろう。太古の記憶 に刻まれた至福の記憶とは余りにもかけ離れた自らの姿を見出したとき、 当然にその鏡を憎み破壊しようとする。勿論彼ら先住民が住む大地の豊か な資源を、我ら文明人はその欲望を満たすだけの道具として利用しようとし てきたことも事実としてあげられなければならない。我ら文明人が未だに克服 出来ないこの二つの魔物が現代においても、当然の如く先住民の生命と心 を滅ぼそうとしている。下に紹介する声は先住民族の方たちの悲痛な叫び であるとともに、未来への希望の光である。
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彼らは、私たちを教え導き、彼らの力、芸術、言葉を伝え残して くれた。私たちの古文書に書き記された彼らの言葉は、私たち の日常の記憶や先住民の伝承の中に息づいている。今、500 年の暗黒は過ぎ去り、新しい夜明けが私たちの目の前にある。 それは私たち先住民族の未来の道を照らし出している」
「先住民族女性リゴベルタ・メンチュウの挑戦」岩波ブックレットより
ホピの預言を確証する。ホピは彼らを「バハナ」−白人−と名づけた。 彼らは大群を成して到来すると告げられていた。彼らは二枚舌と甘言 をもって民を騙す狡猾な種族であろう。虚偽によって先住民の大地を 奪うであろう。野心にまみれ、最初の住民の生活を攪乱し、大地と自 然さえ攪乱するであろう。抵抗すれば、彼らは優越する武器をもって 大地を奪い、先住民をみなごろしにしようとするであろう。だが、未来 のために一部は存続するであろう。バハナは最後の先住民が消滅 するまで征服をやめないであろう。これが彼らの目標となろう。
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2012年2月29日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。 |
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「ツルガニニ」 最後のタスマニア人のツルガニニは、剥製にされて展示された夫の 死体を見た。そして自分が死んだときは、奥地か海辺に埋葬される ことを願った。なぜなら、彼女は自分の死体が同じような屈辱にさら されたくなかったからだ。しかしながら、死を迎えた彼女を待ち受け ていたのは、自らの剥製化と80年以上にわたっての展示である。 「ネイティブ・アメリカン詩集」アメリカ先住民の現代詩 より引用 もう少し近くに よって来てほしい なぜなら もう この口は ほとんど動かない わたしが話すことは 重要だ わたしは最後のタスマニア人 わたしの乳首から 涙となって白い霧がでる わたしはあんなにもたくさんの 死に絶えた娘たちを見てきた その口はカラカラに渇いて 丸くなっていた 息が止まり 瞳はくもっていた わたしの手を取り まっ黒にしてほしい 黄色い土が ゆっくり溶けて 大地の 黄金色の草になるようにだ それからわたしは溶けてゆく 夢の世界に戻ってゆく いかないで 話をしたいから もうひとつ 歌をうたうから あいつらがわたしをさらってしまう あいつらはすでにやって来た わたしは息をしているというのに あいつらは わたしが死に絶えるのを 待っている わたしたち年寄りは とても 時間がかかるんだ お願いだ わたしの体を 夢が生まれた 夜の中心まで あの偉大な暗黒の砂漠まで 運んでほしい わたしを大きな山の真下に あるいは遠くにある 海の底に隠してほしい わたしを あいつらが見つけられないところに 隠してほしい |
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ヤノマミ、それは人間という意味だ |
という長期同居生活の取材を通して綴る震撼のルポルタージュ。 |
危機にたつ人びと |
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地球環境の危機を語る |
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宗教人類学者が見たアンデスの宇宙観 |
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グアラニ族インディオの神話と聖歌 |
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精霊の国に住む民 ヤノマミ族 |
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カナダ先住民の生みだす美 |
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民族植物学者の話(未読) |
全世界でベストセラーになる。 |
「原住民」の知恵(未読) |
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コロンブスと闘う人びとの歴史と現在(未読) |
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マレーシア熱帯雨林にひびく音と身体(未読) |
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母なる地球の子どもたちへ(未読) |
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バリの大地からのメッセージ(未読) |
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オーストラリア先住民の昨日と今日(未読) |

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このページは今後どのような構成にしてゆくか思案中です。まだ貧弱ですが、世界各地の
先住民族の声に耳を傾けていただけたらと思います。特にマレーシア・サラワク州の先住
民族が抱えている問題は日本と密接に絡み合っていますので、是非多くの方にこのサラ
ワク先住民族が置かれている状況を知っていただきたいと思います。詳しくは日本で活動
をしているサラワク・キャンペーン委員会(SCC)をご覧ください。
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Rigoberta Menchu el post que se merece - Taringa! より引用
1821年、グアテマラは中米連邦共和国に加盟して独立し、1838年には独立した
主権国となるが、先住民族の政治参加は認められていなかった。その後の自由
主義改革のもと、輸出産業としてコーヒー栽培が導入され先住民の土地と労働力
が搾取されていく。二十世紀にはいるとアメリカ資本が流入しバナナ栽培が拡大
し、この強大な企業によって、グアテマラの可耕地の半分を所有するにいたる。
1952年に大土地所有制を解体する農業改革法を成立させるが、現地のアメリ
カ企業の要請のもとアメリカ合衆国のCIAの援助を得て、クーデターが起こり成
功する。以来軍部が強大な権力を背景に政治に介入し反政府ゲリラを弾圧し
壊滅させる。その後、マヤ人の民族主義が高揚し、文化的・民族的差別が先住
民の経済的搾取と文化的貧困化をもたらしているとの認識により、伝統文化に
もとづいた草の根共同体や非暴力の農民統一委員会を結成する。このような
民衆運動に対し、軍は弾圧を強め1978年5月にはパンソスで100名をこえる
農民を虐殺していく。リゴベルタ・メンチュウの弟も軍に捕まり、拷問を受けたあ
とで見せしめの為人々の前で焼き殺される。翌1980年には父が政府軍による
弾圧の停止を求めてスペイン大使館の平和的占拠を行ったが、大使館もろとも
焼き打ちされ殺された。そして女性の組織化のために奔走していた母もすさま
じい拷問のあと山の中に放置され殺される。すでに闘いのリーダーの一人に
なっていたリゴベルタも軍から付け狙われ国外に亡命を余儀なくされた。弾圧
は1981年から82年にかけてピークに達し、440の村落が焼き払われ、数万
人殺され、1000万人以上の国内避難民と15万人にのぼる国外難民を生み
出した。この弾圧に加わったのがアメリカであり、その援助資金により数千人
規模の軍隊が掃討作戦を実施し徹底的な弾圧を加えてきたのである。メキシコ
に逃れたリゴベルタは、難民支援組織やメキシコの貧しい人々に助けられなが
ら各地を転々とし、エルサルバドルやアメリカ大陸で抑圧と差別に苦しむ多くの
先住民族や民衆と出会う。そしてグアテマラ統一野党(RUOG)の幹部会に加わ
り、1992年のコロンブス500年に際しては官製の歴史観に対抗して「アメリカ
大陸抵抗の500年」キャンペーンを展開する。この彼女の先住民族の人権向
上運動に与えた影響はグアテマラにとどまらない。そして1992年にはノーベル
平和賞を受ける。
(この文は「先住民族女性リゴベルタ・メンチュウの挑戦」岩波書店、
並びに1993年1月1日朝日新聞を参考にして書きました。)
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世界の人口の2.5%に過ぎない日本人が世界の熱帯木材の三分の一を輸入して
いるが、その裏にサラワク州の森に生きる先住民の方たちの生存が脅かされて
いる現実を私たち日本人のどれだけが知っているのだろうか。森を伐採し、そし
てそこに生きる動植物が死に絶えることは先住民にとって生きる糧を失い、死をも
意味している。マレーシア政府は文明の果実を享受することが彼ら先住民の残さ
れた生きる道だと言う。しかし、この輝かしい文明の発達と共に我々は何を手にし
たというのだろう。貧富の差、精神的退廃、暴力など数え上げたらきりがない。こ
のサラワク州の先住民ムータングの国連総会で読み上げられるはずだった声明
は彼の逮捕によって実現はしなかったが、彼らサラワク州の先住民の声を是非
多くの方たちに聞いていただきたい。
サラワク・キャンペーン委員会(SCC)を参照して下さい。
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「思いえがいていたイメージとはうらはらに、アマゾンで出会ったインディオ
たちの多くは、貨幣経済の波に押し流され、伝統文化を失いつつあった。
車やテレビを手にいれようと、森から木を切りだすインディオや、自分たち
の固有な言葉をなくした民族もあった。”はるかむかしから、自然とともに
暮らしてきたインディオも、消費社会に飲みこまれていくのか・・・。”そんな
失望感をいだきながら、アマゾンの旅をつづけるうちに、インディオの自立
を目指す先住民のリーダー、アユトン・クレナックの存在を知った。アユトン
に会った瞬間、相手を引きこむような笑顔、遠くを見るような目に、私は
すっかり魅了された。1953年、アユトンは大西洋岸に近いクレナック族の
村に生まれた。しかし、開発の波は彼の村にも押し寄せ、森は消え、家は
こわされ、村人たちも離散してしまった。17歳の時、サンパウロにでて、
路上の物売りや建築労働者として働きながら生活したが、”もの”にあふ
れた都市生活を見つづけるうち、インディオの将来に絶望的になっていっ
た。クレナック族には夢から多くのことを学ぶという伝統があり、失意のど
ん底にあったアユトンを救ったのが”夢の知恵”だった。彼の夢のなかに
祖先があらわれ、明るい未来を指し示してくれた。この夢が、アユトンの
生き方を決定づけた。1976年、数人の仲間と”インディオ連合(UNI)を
結成し、10年間にわたって各地の民族を訪ね、インディオの自立を説い
てまわった。1988年、UNIが中心になって、ブラジル憲法に先住民の土
地の権利を保証する条項を、盛りこませることにも成功した。現在、彼は
政治活動からはなれ、インディオの経済的自立のプロジェクトに取り組ん
でいる。開発で激減した動物や魚を育て、森や川にもどしたり、森を傷つ
けることなく、樹液や木の実から香料や着色料を抽出し、輸出する計画
をすすめている。この計画のきっかけになったのも、シャバンテ族の長老
シブパの見た夢だった。”森がすこやかに育てば、あなたたちも幸せに
なれる”と、祖先が長老に夢のなかで語った。長老は若いアユトンたち
に、森を再生する仕事を託したのだった。アユトンの計画を推進する旅
に、私も同行した。」
「人間が好き・アマゾン先住民からの伝言」長倉洋海著 福音館書店
「アユトンとの出会い」より引用
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「森の暮らしの記憶」 自由国民社より引用 |
パプアニューギニアを訪れた12名のグループによって1994年に発足。
現在日本各地に広がり会員数は約300名。次のような活動に取り組んでいる。
(1)パプアニューギニアとソロモン諸島の熱帯雨林とその森の暮らしの素晴らしさを
人々に伝える。ニュースレターの発行、学習会やスライドショウー、資料集や絵葉
書(原生林の暮らしの写真、マーロンさんの絵など)の制作、販売、講演活動。
(2)熱帯雨林の生態系および伐採による影響の調査。
(3)スタディーツアーやエコツアー
(4)原生林を伐採から守ろうとする住民を支援。伝統的なタパ(樹皮布)などのオ
ルタートレイド(民衆と民衆の直接の交易)に協力。
(5)熱帯雨林を守るために、日本の伐採企業との交渉。
(6)熱帯材使用削減、国産材活用を進める。
(7)干ばつに苦しむ住民への救援
「パプアニューギニアとソロモン諸島の森を守る会」の連絡先
03−3492−4245(辻垣)&03−3314−5398(清水)


A Clayoquot maiden
Edward S. Curtis's North American Indian (American Memory, Library of Congress)