「もし、みんながブッシュマンだったら」

菅原和孝著 福音館書店









(本書 たき火の明かり より引用)


むかし、むかし、日本という国の大きな町にひとりの少年が住んでいましたとさ。


こんなふうに、物語は始まる。それはとても単純な物語で、丸いお月さまが屋根のむこうに

顔をのぞかせた宵のくちに、ゆっくりとお話を始めたとしても、お月さまが窓のむこうにみえる

ケヤキのいっとう高い梢をかすめるころには、もう終わってしまう。若葉の匂いがきつくただ

よう五月の夜には、黒々とそびえるケヤキのほうから、「ホッホー、ホッホー」という声が聞こ

えるだろう。たぶん、それは初夏にきまって飛来するアオバズクの声なのだ。


少年は青白く病弱なチビで、いつも家の中で、とりとめもない空想にふけっていました。彼が

いちばん好きだった遊びは、プラスチックや陶器でできた小さな動物のおもちゃを、畳の草原

で走りまわらせたり、こたつぶとんの崖をよじのぼらせたりすることでした。少年は、まるで同

級生たちが「長島選手」や「若乃花」に憧れるように、「百獣の王ライオン」に憧れました。大都

会に生まれ育ったせいか、少年の胸には、手のとどかない自然や野生への憧れがとても大き

く育ってしまったのです。やがて、そんな空想が高じて、少年は、動物学者になってアフリカに

行こうときめました。もう少年とはいえない年になってからは、幾人もの娘たちに恋をしたり、

ふられたりしながら、結局、ひとりの美しい女の人と結婚しました。それからすぐに、ほんとうに

アフリカに行くことになりました。毎日、サバンナを走ったり、急な崖をよじのぼったり、川辺の

森で昼寝をしたりしながら、ヒヒという大きな猿の仲間を追いかけまわすようになったのです。

結婚してから何年かたって、青年が、ふたたびアフリカでヒヒたちを追いまわしているとき、母

国では、かわいい赤ちゃんが生まれました。あんなにきれいだった「お嫁さん」は、たくましい

ママさんになり、あんなに頼りない青白いチビだった少年も、いつのまにか、アフリカの強い

陽射しでまっ黒に日焼けしたパパさんになっていたのです。その赤ちゃんに、パパは由隆と

名づけましたが、ママはいつのまにか「ゆっくん」という愛称で呼ぶようになりました。ゆっくん

はちょっと変わった子でした。パパもママもその子をどんなふうに育てていいのかさっぱりわか

らず、とても困っていました。何年かたってから、もうひとりの赤ちゃんが生まれました。翔と名

づけました。「しょうちゃん」が愛称になりました。この子のほうは、まるっきりふつうの子で、大き

な声で泣いたり笑ったり、家の中がとてもにぎやかになりました。でも、パパは困った人で、また

もや家を留守にして、アフリカに行ってしまいました。子どものころからあんなに動物学者になり

たかったはずなのに、どういうわけか気が変わって、アフリカの南のカラハリ砂漠という土地に

住むブッシュマンと呼ばれる人たちのことを調べるようになったのです。そういう研究を「人類学」

といいます。ついでにいうと、ブッシュマンというのは白人が勝手につけた名前で、パパがお友だ

ちになった人たちは、自分たちをグイという名で呼ぶのです。この人たちと仲よくなってから、パパ

な何度もアフリカに通いつめました。だからパパのいない長い歳月のあいだ、ママは苦労して二人

の子を育てたのです。やがて、ちょっぴり変わり者だった赤ちゃんは、ちょっと変わった少年に育ち

ました。まるっきりふつうだった赤ちゃんは、ふつうの少年に育ちました。そして、ずいぶんいろいろ

なことがありましたが、あるとき、この一家は、みんなでカラハリ砂漠に行き、ブッシュマンの人たち

と会いましたとさ。おしまい。


ほら、読み終わるのに十分もかからない。あらすじにすれば、本の数ページぶんにおさまって

しまう。けれど、じつは、こんな短い物語の登場人物にも、ずいぶんいろいろな言いぶんはあ

る。そのひとりひとりにしゃべらせたら、それはもう大変。



(本書より引用)


かれら(ブッシュマン)は、いくら罠に獲物がかかっていなくても不平ひとついわず、

おさな子のあどけなさに声をあげて笑い・・・・夜ともなれば、高らかな歌声を天にた

ちのぼらせてきた。明日は藪のかげからどんな猛獣がとびだしてくるかもわからな

い。雨がいつまでも降らなければ、恐ろしい飢餓が襲うだろう。だが、かれらは、ま

だ起こってもいない不幸におびえたりせずに、ただ「この今」の困難に力いっぱい立

ち向かい、「この今」の喜びを全身でうけとめてきたのだ。


 


目次

たき火の明かり


第1章 「蒸気機関車はいい飛行機」

質問○もし、みんながブッシュマンだったら(その1)

第2章 夢の国の奥へ

質問○もし、みんながブッシュマンだったら(その2)

第3章 月明かりのやぶ

第4章 記憶の舞台・・・・とうさんはライオンにくわれた

第5章 ホローハの音が聞こえる

第6章 ガマに咬まれる

質問○フィールド・ノートから(その1)

第7章 ヒョウと踊った男

第8章 デウを殺すまで

質問○フィールド・ノートから(その2)

第9章 「アフリカ旅行、楽しくなります」


終幕 ゆっくんのアフリカ日記








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