世界差別問題業書「増補 アボリジニー オーストラリア先住民の昨日と今日」

鈴木清史 著 明石書店より引用







本書 増補版にあたり より抜粋引用


本書が出版されたのは7年前の1986年の1月であった。当時オーストラリア先住民は、

「アボリジナル」『アボリジニー」「アボリジン」「アボリジニ」などさまざまに呼ばれていた。

そのせいか、「アボリジン」を「アボリ人」と誤解していた人がいたという笑うに笑えないよ

うなこともあった。日本での関心はそれほど低く、英国人が入植するはるか以前からオ

ーストラリアには先住民が生活していたという事実さえ知らない人が多かった。しかし、

現在では状況が変わりつつあるように思われる。呼び方は「アボリジニ」に統一されつ

つある。また1992年の9月から3ヶ月にわたり大阪の国立民族学博物館で開催された

オーストラリア・アボリジニ展には6万人におよぶ人々が訪れた。わずかずつながらで

も、アボリジニのことが日本人にも知られてきているようにおもわれる。そうした変化が

あったあいだに、筆者自身もあらためてアボリジニ研究、とくに都市部のアボリジニの

問題に関わるようになった。これまで何度か現地を訪れ、都市のアボリジニと会い、話

をし、かれらの生活をみてきた。そして、調査で得た資料をなんらかの形で発表したい

と考えたいたので、本書の増補を出版するという話が出版社からあったとき、いい機会

であると考えた。しかし同時に、心配もあった。というのも、現在の筆者の関心に重きを

おいて大幅に修正・加筆するとなると、アボリジニに直面する社会問題と現状の報告と

いう本書のもともとの意図からはずれてしまうばかりでなく、世界差別問題業書シリーズ

の主旨とも重なり合わなくなる可能性があったからだ。「増補版」では、こうしたことは避

けるべきであった。


そこで、今回の増補では修正や変更も最小限にとどめることにし、本文中では呼称の

「アボリジニー」もあえて変更しないことにした。しかし、それでは最近のアボリジニの

状況を無視してしまうことになるため、初版にあった「おわりに」にかわり、補遺として

1980年代の状況に関しての章を書きおろし追加することとした。この章では、①1981

年以降のアボリジニ人口の動向とそこにみられる現象、②1970年代中頃から導入さ

れた優先政策がアボリジニの社会経済的地位に与えた変化、③拘留されているアボ

リジニの間で頻発している非正常死の問題、そして④オーストラリアの国策である文化

多元主義がアボリジニに与えた影響、というとくに重要と思われる四つの問題に焦点

をあてて、本文を補うようにした。補遺となる章では、この数年の筆者の関心を多少反

映させることとした。一つは、呼称を「アボリジニー」ではなく現在日本で定着しつつある

「アボリジニ」としたことである。二つめは、統計だけの紹介・分析に加え、現地で得た

アボリジニたちの「生の声」と適宜入れることにした。この補遺によって、アボリジニを

めぐるより新しい状況が報告できればよい、と筆者は願っている。


もともと本書は、オーストラリア社会におけるアボリジニの状況を総括的(マクロ)視点か

ら描いている。この視点は、アボリジニのように被差別者で少数民族という社会的な弱者

の状況を考えるのには必要であり、全体的なアボリジニの状況を把握するうえでは重要

である。しかし、同時に筆者が現在では、文化人類学的な視点から都市部のアボリジニ

を対象とするようになったせいか、アボリジニが何を必要として、何に向かって生活をしよ

うとしているのかを知るうえではもっと微視的(ミクロ)な視点からの研究があってもよいと

考えるようになっている。幸い明石書店では世界の先住民の現在に関してのシリーズが

企画されている。この企画にはオーストラリアのアボリジニの巻も含まれている。そのなか

では全国のオーストラリア研究者が中心となり、現地調査によって独自に収集した資料を

もとに、今日のオーストラリア社会でアボリジニがどのように生活しているのかを報告する

ことになっている。アボリジニの描き方がミクロ的かマクロ的かということになれば、企画中

のアボリジニの研究書はマクロ的である。その意味では、これと本書は補完的になり得る

と思うので、関心のある読者は参考にしていただければ幸いである。


1993年1月 鈴木清史


 


目次


増補版にあたり


Ⅰ部 アボリジニー社会の崩壊

はじめに 白人入植以前のオーストラリア

1 アボリジニーの伝統的生活

2 白人の入植とアボリジニーとの接触

3 白人入植地の拡大とアボリジニー社会の変貌

4 白人入植地の拡大とアボリジニー虐殺

5 労働力としてのアボリジニー

6 アボリジニー政策の変遷


Ⅱ部 今日のアボリジニー

はじめに

1 アボリジニー人口

2 アボリジニーの社会経済的地位

3 アボリジニーの教育問題

4 保健医療と社会福祉

5 アボリジニーと住宅問題

6 アボリジニーと法律

7 アボリジニーと土地所有権問題

8 アボリジニーと政治参加

9 白人からみたアボリジニー

10 アボリジニーと日本


参考文献

1980年代を中心としたアボリジニをめぐる状況








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