「ネイティブ・アメリカン詩集」

アメリカ先住民の現代詩

青山みゆき 編訳 土曜美術社出版販売 より






1960年代以降の現在のインディアンの詩人たち、そららの詩に内在する

怒り、悲しみ、希望が太古からの神話や伝説と絡み合いながら継承されて

いる。このような現代に生きるインディアンの詩人についてまとめた本は初

めてであり、また現代から未来へと生きていく過程で、彼らの詩の持つ意味

は大きい。各詩人についても詳しく紹介されており、現代のインディアンが

何を希求しているのか詩を通して読み取れる好著である。

(K.K)


 




ツオタイ・タリーの喜びの歌

N・スコット・ママデー 作


僕は輝かしい空を飛ぶ鳥だ

僕は平原を疾走する青い馬だ

僕は水の中でくるりと体を回転させ、きらきら光る魚だ

僕は子どものあとを追う影だ

僕は夕方の光 平原の輝きだ

僕は風とたわむれる鷲だ

僕はひとかたまりのあざやかなビーズだ

僕は一番遠い星だ

僕は夜明けの寒さだ

僕はざあざあと激しく降る雨だ

僕は雪原の輝きだ

僕は湖面に映る月光の長い影だ

僕は四つの色の炎だ

僕は夕暮れにぽつねんと立っている一頭の鹿だ

僕は漆の木とパメブランチが生い茂る原野だ

僕は冬空を斜めに飛んで行く雁の群れだ

僕は飢えた若い狼だ

僕はこれらをまるごとすっかりひっくるめた夢だ



ほら 僕は生きている 僕は生きている

僕は大地と仲良くいっしょに立っている

僕は神々と仲良くいっしょに立っている

僕はすべての美しいものと仲良くいっしょに立っている

ティーセン・タインテの娘と仲良くいっしょに立っている

ほら 僕は生きている 生きている


 




本書に登場する現代アメリカ先住民の詩人

N・スコット・ママデー

レスリー・マーモン・シルコー

ジェームズ・ウェルチ

ポーラ・ガン・アレン

サイモン・J・オーティーズ

ジム・バーンズ

リンダ・ホーガン

ルイーズ・アードリック

ジョイ・ハージョ

ウェンディー・ローズ

レイ・A・ヤング・ベア

ルーシー・タパホンソ






アメリカ先住民の現代詩 青山みゆき

より抜粋引用


アメリカ先住民文学と言えば、世代から世代へと伝承された口承詩があることはけっこう

知られている。口承詩には、アメリカ先住民の天地創造に関する神話をはじめとして、部

族や一族の伝説や歴史、動物や人間を含めたトリックスターの物語、夢に関する物語、

あるいは戦勝祈願、鎮魂、癒しの治療、雨乞い、成年式などの呪文がある。



もっとも、アメリカ先住民はこれらの物語や歌を決して詩と呼ばなかった。それらはもとも

とつねに口から口へと伝えられ、何千年もの間先住民の精神の奥底にまで浸透してきた

自然や精霊などとの交感の物語であり、かつ神秘的感情の表出であったからだ。もちろ

ん基本的には、一回性のものであった。戦士や癒しの儀式を執り行うメディスンマンや霊

媒師などは、戦勝を祈って、あるいは病んだ者の全体性の回復を祈って、過去や現在に

わたる霊的な力と深い交わりを結ぶための呪文や歌を唱えてきた。



さらに具体的に言えば、たとえばナヴァホ族のメディスンマンなどが砂絵を制作しながら

歌う癒しの呪文や物語は、単なることばの発声ではなかった。それは霊的に、また肉体

的に病んだ者を、本来の秩序ある健全な場所へと連れ戻し、生命の諸力、すなわち大

地や生きとし生けるものとの間に深い関係を築かせることであった。そして、この強い絆

の回復によって、病んだ者は癒されていったのである。



しかしながら考えてみると、いま北アメリカ大陸に住み、わたしたちと同じように泣いたり

笑ったり、怒ったりしながら一日一日を暮らしている現代のアメリカ先住民が、どのような

詩や物語や歌を書いているのか、わたしたちはいっこうに知らない。否、アメリカにおいて

でさえも永い間アメリカ先住民による書き物は、ヨーロッパ系中産階級の白人男性の価

値観が影響力を持つ主流社会によっておおかた無視され、埋もれていたのだ。ましてや

日本で生活しているわたしたちが、現代のアメリカ先住民の中に詩人と呼ばれる人たち

が存在して、魅力ある作品を書きつづけていることなどほとんど知る由もなかった。



アメリカ先住民はコロンブスの新大陸到達よりはるか以前からアメリカ大陸に住み、これ

まで白人による虐殺や弾圧、土地の略奪などありとあらゆる困難を耐え抜いてきたが、

彼らの歌や物語も決して消え去ることがなかった。アメリカ先住民は代々口から口へと伝

承されてきた口承詩を継承してきただけでなく、実は彼らは17、18世紀以降から自伝や

詩や物語などを書きつづけてきた。そして、いま現在も一流の素晴らしい作品を生み出し

つづけているのだ。



ちなみにアメリカ先住民の現代詩とは、ここでは1960年代末以降にアメリカ先住民自身

によって書かれた詩を指す。1968年、わたしが本書の筆頭に挙げたカイオワ族とフラン

ス人の血を引く詩人で作家であるN・スコット・ママデーの詩情あふれる小説「夜明けの

家」が出版され、その翌年の1969年にはピューリッツァー賞を受賞した。言い換えれば、

このときはじめてアメリカ社会においてアメリカ先住民文学が本格的に可視化され、認

知されたわけだ。また同時に、これはネイティブ・アメリカン・ルネッサンスと呼ばれる現

代のアメリカ先住民文学の始まりを告げた。



なお口承詩と同様に、アメリカ先住民の現代詩にも、彼ら自身の天地創造の物語をはじ

めとして、部族や一族の伝説や物語、あるいは過去5百年にわたる不幸な歴史など、実

にさまざまな先住民の記憶が刻まれている。また多くのアメリカ先住民詩人が描いてい

る大地に抱かれた生き方は、自然の生態系を急激に破壊し、すべての生きとし生けるも

のを絶滅させることしか知らない、現代のテクノロジー崇拝の文明を批判する力になりう

る。地球上では人間もまた自然の一部であり、あまたの命に満ちた世界での人間のあり

ようはつねに模索される。アメリカ先住民が示す大地に根ざした世界観や生き方こと、わ

たしたちすべての人びとにとってほんとうの叡智かもしれない。


(後略)



あとがき 青山みゆき より抜粋引用


アメリカは、さまざまな人種や民族、宗教、階級、さらには性的傾向などを持った人びとが複雑にか

らみ合い、交錯する国である。これまでに翻訳されてきたアメリカ詩の多くが、ヨーロッパ系白人詩

人と一部のアフリカ系アメリカ詩人たちによるものであった。おおかたの現代のアメリカ先住民詩や、

アジア系、ヒスパニック系などを含むマイノリティーのアメリカ詩はなかなか翻訳される機会がなかっ

た。1960年代以降のカウンター・カルチャーの流れの中で、無数のアメリカの若者がインディアン文

化だけでなく、東洋の文化や宗教などに強い関心を抱いたのは周知の通りである。そしてヨーロッパ

系中産階級の白人男性の価値観や現代のテクノロジー中心文化にたいする反発から、公民権運動

やヴェトナム反戦運動や女性解放運動などとともに、自然保護運動などが盛り上がった。もっとも、

大衆が抱く自然の中で真の生き方を保持しているというユートピア的なインディアン文化にたいする

羨望を、先住民自身はいささか滑稽さと絶望感を込めた想いで眺めていることは確かだ。アメリカ

先住民は、いま自分たちが直面している問題に敏感である。彼らは、広々とした土地を奪われたあ

げく、リザヴェーションや都市の片隅に追いやられた生活に甘んじている。そこには差別や貧困、さら

にはアル中、失業、自殺などの問題が蔓延している。



2001年9月11日のアメリカ同時多発テロをきっかけにはじまった対テロ戦争や核問題、地球温暖化

問題、金融危機など、21世紀に入ってますます世界は混迷の色を濃くしている。しかしながら、この

ような時代だからこそアメリカ先住民文化が象徴する原初への帰還は、あらゆるものが無機質で

人間性を否定するかのように見える現代にあって、来るべき未来へのひとつの方向を示唆している

のかもしれない。


(後略)

2009年1月 青山みゆき








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