シモーヌ・ヴェイユ(ヴェーユ)の文献




解説書

「シモーヌ・ヴェイユ・その極限の愛の思想」 田辺保著
「シモーヌ・ヴェイユ入門」 ダヴィ 著
「回想のシモーヌ・ヴェイユ」 J.M.ペラン / G.ティボン著
「シモーヌ・ヴェーユの世界」 ダヴィ著
「純粋さのきわみの死・さいごのシモーヌ・ヴェイユ」 田辺保著 
「新装版 シモーヌ・ヴェイユの生涯」 大木健著
「シモーヌ・ヴェーユ伝」ジャック・カボー著(未読)
「シモーヌ・ヴェーユ最後の日々」ジャック・カボー著(未読)
「シモーヌ・ヴェイユ ひかりを手にいれた女性」ガブリエッラ・フィオーリ著(未読) 
「シモーヌ・ヴェイユ 力の寓話」富原眞弓著
「ほんとうの考え・うその考え」賢治・ヴェイユ・ヨブをめぐって 吉本隆明著(未読)



ヴェイユの著作書

「重力と恩寵」
「神を待ちのぞむ」
「根をもつこと」
「超自然的認識」







解説書




  「シモーヌ・ヴェイユ・その極限の愛の思想」 

田辺保著 講談社現代新書



あえてこのおそろしい光に近づこう---この一すじの純粋さ---この小さな本の中で、

わたしが見つめてみたいと思うことは、ただこの点につきるかもしれない。しかし、この

純粋さは、火の矢となってわたしたちを射とおす。この炎に身を焼かれる覚悟がなくて

は、わたしたちは、シモーヌ・ヴェイユに一歩も近づくことはできないといえよう。ふつう

一般の基準、わたしたちが日常なんの疑問もなく用いている理屈や習慣に対して、彼

女はつねに挑戦し、わたしたちの安易さをうち破るのである。こういう彼女の前で、わた

したちは、あるとまどいや恥じらいをおぼえずにはいられないとしても、ここにはまた、

わたしたちを変革する一つの力の存在をもたしかにみとめずにはいられないであろう。

マグドレーヌ・ダヴィ女史は、「シモーヌ・ヴェイユのことを正しく語るには、彼女が立って

いる場所に自分もまた、きっかりと位置することができねばならないのであろう。その

ときこそ、わたしたちの見る目が、彼女の見る目に達するのであろう」と書いている。

とはいえ、そこにまで達することの不可能さを、わたしもまた、ダヴィ女史とともになげ

くことからはじめなくてはならない。この強烈な炎に近づいて行くことの危険を知りすぎ

るほどに知りながらも、やはりわたしも光を指示するという使命感につき動かされるの

をおぼえずにいられない。いくつかの彼女の著作もでそろい、機も熟した今、ともかくも

こうして、わたし自身の手で、貧しくつたない筆ながら、彼女の生涯と思想とを日本の

読書界に紹介できる機会が与えたれたことは、何よりも深いよろこびであり、同時に

また、おそろしいことである。せめても、「この光が人を焼きつくすものであっても、光

をますの下にかくしておいてもよいという十分な理由にはならない」というギュスター

ヴ・ティボンの言葉だけに、ひそかな支えを求めつつ、読者とともに、この特異な生

涯をふりかえってみようと思う。・・・・・本著 「はじめに---一すじの純粋さ」より





 「シモーヌ・ヴェイユ入門」 

ダヴィ 著 田辺 保訳 勁草書房



前述の著者による更に詳しいヴェイユ理解。



シモーヌ・ヴェイユはカトリック信徒ではない。政治的にもどんな党派にも属していない。

宗教的な面でも、どんな教会にも所属していない。言葉にとらわれすぎると、混乱におち

いるといえよう。シモーヌ・ヴェイユは、その著作の中で、自分の思想を表現するのに、

ほかに適当な語がなかったため、よく「神」という語を用いている。ところが、彼女にとっ

てこの語は、「超越」を意味するのであり、諸宗教はそれをさまざまに解釈しているが、

彼女の「超越」の意味は、それらとは別の所にある。また、ジイドもたびたびこの語を用

いたが、それは形而上学や神学とは離れた所においてであった。シモーヌ・ヴェイユが

おしすすめてきた探求は、霊的な現実に対する非常な関心という点に、明らかな特徴

がある。それは、現実の属する文明とはまったく独立して行われるのである。そして、

シモーヌ・ヴェイユが、こういった現実への配慮を持てばもつほど、彼女自身も完全さ

の段階において成長をとげるのである。こうして、彼女の思想も生涯も、神と人間に向

かう歩みとしてあらわされる。・・・・・・・・・・・・・・・・・本著「はじめに」より



シモーヌ・ヴェイユは、ノルウェーのある伝説中に出てくるふしぎな人物のことに注意を

向けさせる。この主人公は、創造的な自由を求めて出発するのである。そして、次々に

ことなった宗教に帰依する。仏教徒になったとき、かれは、そのからだを離脱し、涅槃

の境にはいる。仏典にいう涅槃の境にいっそう深くはいりこんで行くと、あらゆる宗教の

神々が、すわりこんで、互いに話し合っているのが見えはじめる。神々は、かれにもい

すをすすめる。しかし、その主人公は、焔のすがたとなってあらわれる。神々がかれを

つかまえようとするが、むだに終わる。突然、かれは消えてしまう。そして、神々はその

あとを追うことはできない。ほかならぬ神々の方が、つながれていたのである。この主

人公は、どことなくシモーヌ・ヴェイユに似たところがある。彼女も、焔に似ており、人の

手にとらえられることはない。焔の明るさをよろこんだり、おそれたり、苛立ったりするこ

となら、だれにもできる。しかし、その光輝のまえで、平然と動かずにいることは、どん

な人にもできないことである。どちらかを選びとらねばならない。その光輝を愛するか、

それに背を向けるかのどちらかでなければならない。また、焔によって、今どんな物質

がもえているのかを知ることができる。ところで、この焔が、感嘆の思いと、怒りの感情

とをかきたてたのである。ある人々は、焔にじっと見つめ入ろうとし、焔がその顔を明る

く照らし出した。また、他の人々は、焔をつかんで、おさえつけようとしたが、焔はその

手の中からするりと抜けて逃げ去った。 ・・・・・・・・・・本著「はじめに」より



カトリック的ではないシモーヌ・ヴェイユの使信は、したがって、まさにキリスト教的な

使信とも言えないものであろう。それは真理そのものであった。しかしながら、それが

正しい伝統の内部に生まれたものでなく、そこで発展したものでないからといって、

排斥されてはならない。もしそれを最初の枠組のうちにとどめておいたとしても、危険

であるようにはみえない。それがもともと本来の構造のうちにはもっていないような方

向づけを与えることこそ、危険なことであろう。いったい、今日、清貧とか、世俗からの

離脱とか、神と隣人への純粋な愛について語ることが、そんなに有害なことであろう

か。シモーヌ・ヴェイユの後につづこうと言うのでもない。わたしたちの中で、そんな

ことができる人がいるだろうか。・・・・・・・・・・・・・・本著「はじめに」より



わたしたちは、ふつう一般の尺度や、わたしたち自身の理屈、わたしたち自身との

比較では、シモーヌ・ヴェイユに近づくことはできない。彼女は、わたしたちの慣習に

対してつねに挑戦するものであり、わたしたちの安全をかき乱すものである。彼女を

わたしたちのありきたりの規準のうちに閉じこめてしまうことはできない。彼女に出会

うためには、木のこずえを渡って森を横切った靴屋や、水の上を歩いて川をこえた女

にならおうとするいちずな願いだけがふさわしいであろう。わたしたちが、彼女の思想

を理解しようと思うなら、たえず彼女自身が求めた道へとそれをもう一度結びつけ直

しながらでなくては不可能であろう。彼女のことを正しく語るには、彼女が立っている

場所に自分もまた、きっかりと位置することができねばならないのであろう。そのとき

こそ、わたしたちの見る目が、彼女の見る目に達するのであろう。ああ、しかし、こう

いうありかたに、わたしたちの力は及ばないのだ。けれども、シモーヌ・ヴェイユの使

信は、わたしたちを変革する。わたしたちはその魅力に引きつけられ、眠りから引き

出される。羊は青草に引きつけられ、子供はくるみの実に引きつけられると、聖アウ

グスティヌスは言っている。霊的な現実に面して、人間は、心のきずなに引きずられ

るのである。・・・・・・・・・・・・・本著「はじめに」より





「回想のシモーヌ・ヴェイユ」

 J.M.ペラン / G.ティボン著田辺保訳 朝日現代業書 



ヴェイユと深く親交を持っていた、ペラン神父と農民哲学者のティボンによる回想録



真に偉大な人々の生涯をまったくそこなうことなしに語ることがどんなにむつかしいかに

ついて、ボードレールは、あまり知られていないが、次のような文章を書いている。「い

ったいだれが、太陽の伝記を書こうなんて思いつくだろうか。この星が生命のきざしを

示しはじめてからの、単調と光と崇高さとにみちた歴史なんだが」。そして、事実、太陽

の歴史は、神についての歴史と同様に書かれることはないのだ。歴史において群集の

堕落した欲望をそそりたてるようなものはいっさい、きっぱりとはねつけられているので

ある。人は、空虚なたましいを持てば持つほど、あらゆるものごとの不変の本質を味わ

い知ることができず、現代性だとか、新奇さだとかのピーマンで味つけされたものを必

要とするのだ。肝心の本質をなおざりにして、めずらしい出来事にばかり熱中し、深い

価値、真の実在性をもつもの、原初の光の単純さに近いものにあっては、存在と出来

事、本質と実存とが一致する傾向があることを考えてみようとしない。より高い世界に

おいては、とくに何も起こることはないのだ。なぜなら、そこではつねに、同じことが起

こっているからである。夜明けのくるごとに、いつも同じさまで、純に清らかに生まれ

でてくる太陽がそうであるように。また、同じ岸辺のあいだを、終わりなく流れてやま

ない川がそうであるように。また、ふたりの人間が死に至るまで結びつける真実な愛

がそうであるように。何ものによっても弱められず、力を失なわず、正しい者の上に

も、正しくない者の上にも雨を降らせる神の愛がそうであるように。こういったふうな

真にわたしたちを養い育て上げる実在の中には、ひとつとして、世間の好奇心をか

きたてるような、意想外の偶然性や煽情的な新奇さは含まれていない。だからこ

そ、ともかくもいくらか見栄えがし、あまり重要でないなんらかの出来事をそこに持

ちこんでくる必要がでてくるのだ。たとえば、太陽が日食のために欠けたり、川が洪

水をおこしたり、夫婦が口論しあったり、神が物質の上に働きかけて奇跡をおこす

必要があるのだ。あまりにも深く内側に沈み、ただ持続して行くものであるために、

煽情的ではありえない。だからこそ、人々は気づかぬままに過ぎて行ってしまうので

ある。・シモーヌ・ヴェイユの真の偉大さも、こういう次元に属するものであった。彼

女の言葉の真実の意味をつかもうとするなら、幾重にも重なった沈黙の厚みの中

をくぐりぬけてこなければならない。そのときはじめて、この言葉を告げるのが、も

はや彼女その人ではなく、より高くにある霊であって、彼女のたましいとからだはそ

の従順な道具となっていたにすぎないことをさとるだろう。こういう至高の霊感のと

きには、ものを書く手、考える頭は、もはやただ、「死すべきものと不死なるものと

をつなぐきずな」、「創造主と被造物とがそれぞれの秘密を交わしあう」ための、人

格を脱した仲介物になりおわるのである。・・・本書「はじめに」G・ティボンより





 「シモーヌ・ヴェーユの世界」 

ダヴィー著 山崎庸一郎訳 晶文社



それぞれの世紀は、ひとりないし数人の人間の臨在によって輝いている。彼らはこの

世に対する神の憐れみから生まれる。このことを意識し、その光を拒否しないことこそ

われわれの義務である。その光は、われわれが自己の不透明のなかに逃避すること

を拒むとき、まさにその度合いに応じてわれわれを照らしてくれる。ここでいう不透明

とは、われわれの低劣な選択、注意と愛の欠如からつくり出されるものである。それ

はまた、四囲の壁のなかにわれわれを閉じこめる牢獄に似ている。そこには自由へ

通じる裂け目はなく、われわれは他者から遮断されてしまうのだ。シモーヌ・ヴェーユ

は、彼女の思索と生涯を通じて、世界に、われわれの現代世界にことづてをもたら

す。彼女の注意のすべては、世界の不幸の上に注がれている。(中略)シモーヌ・ヴェ

ーユは世界の不幸を見つめる。そうすることに満足をおぼえるためではなく、彼女が

世界の美を信じ、それを贖う者となることが可能であることを知っているからである。

本著「まえがき」より



マリー=マドレーヌ・ダヴィーほど、シモーヌ・ヴェーユの相貌、他のいかなる人間とも

似ていないその相貌を想起させるにふさわしいひとはいない。彼女に見られる心情の

熱烈さと、範例とすべき寛大さと、すぐれて明哲な知性との結合のゆえに、彼女はそ

れにふさわしいのである。ありがたいことに、彼女がそのモデルについて描いた肖像

のなかには、いささかも聖者伝的なところはない。だが、これ以上に知的な敬虔さを

もってシモーヌ・ヴェイユを語ることは、たしかに不可能である。ひとしく驚嘆すべきも

のである彼女の作品と生涯とを注意深く眺めてみればみるほど、私にはますます確

信をもって、この両者をなんらかの公式のなかに閉じこめることが不可能であるように

思われてくる。マドレーヌ・ダヴィーはキルケゴールから借用された表現を用いて、シモ

ーヌ・ヴェーユは真理の証人だったと語っている。そうかも知れない。だがむしろ私は、

はるかに希有のことであり、かついっそう逆説的でもあるが、彼女は「絶対の証人」

だったと言いたい。・・・・・・・・本著「絶対の証人」 ガブリエル・マルセルより



マドレーヌ・ダヴィーの「シモーヌ・ヴェーユの世界」は、わたしの知るかぎりのヴェーユ

論のなかで、客観的態度と敬意とに貫かれ、しかもきわめてよくまとまった出色の紹

介論文である。だが、解説という仕事が一種の整合を前提とするものであるならば、

行動においても思想においても整合性の裂け目から真理が噴出するがごときヴェー

ユの世界は、それがいかにすぐれたものであれ、つねにいっさいの解説を本質的に

は受けつけないということを重ねて付言しておきたい。本著 「訳者あとがき」より





  「純粋さのきわみの死・さいごのシモーヌ・ヴェイユ」 

田辺 保 著 北洋社



「純粋さ」とはなんだろうか。講談社現代新書版の小著「シモーヌ・ヴェイユ」の初めに、

こんな問いをおいた。十年前に世に出されたこの小著でも、むろんこの課題はつねに

意識の底にしっかりと保持していたつもりだが、新書版では何しろ分量が十分ではな

かった。シモーヌ・ヴェイユの、あまりにも多彩な、変化に富む生涯を、外側から、また

内面的にも、追うことばかりに賢明になり、一つのテーマで筋を通し、自分なりの解答

をさいごに見出してきたとはいいがたい。・・・・・・・・・・・本著「あとがき」より



本書の外面的な構成は、一応シモーヌ・ヴェイユゆかりの土地をめぐる旅行記と、それ

ぞれの場所においてもっとも重要なかかわりのある主題の考察とをからみ合わせなが

ら、著者自身の個人的なメモやノートを公開するという形をとりつつ、読者に対しても問

題への主体的な臨場感の興味を添えしめて行こうと意図している。もちろん、この試み

がどこまで成功しているかは、自信がない。読者のきびしい批判を仰ぎたいと思う。各

章は、シモーヌ・ヴェイユと「詩」、カタリナ派、イタリアの画家たち、聖フランチェスコ、

ジョー・ブスケなどとの関係をさぐってみた、それぞれ独立した小エッセーと見てもらっ

てよいのであるが(中略)、マルセイユ、フィレンツェ、アッシジ、カルカソンヌ、パリなど、

仏伊の各都市の名を縦の軸として全体をつなぎ、全体に流動性と一貫性をつけようと

した。シモーヌ・ヴェイユの研究家R・リースは、彼女の研究に向かう場合、最初にどこ

を出発点にしてもよいといっている。彼女の思想は体系ではなく、あらゆる細部が全体

と関連し合い、一つのテーマを追えば必ず他の諸テーマがつながって出てくる、「生き

られた神話」であったからである。本署においても一見して、個々別々の問題を各章

で扱っているかに思われるであろうが、全体を通読していただければ、ある有機的な

な連関がその間にあるのに気づいていただけよう。・・・本著「あとがき」より





 「新装版 シモーヌ・ヴェイユの生涯」 

大木健著 勁草書房



肉体は病魔に蝕まれ、革命と戦争の暗い夜に苦悩した類まれな魂の遍歴を記した

研究書であると共に、同時代に生きたアルベール・カミュ、シモーヌ・ド・ボーヴォワ

ールとの共通点や対比を描き出した書である。改めて本書の帯文に書かれている

「不幸に対する敏感さと真理に対する渇望と」を、彼女の生き方そのものに感じさ

せてくれる文献であり、ガブリエル・マルセルが言うところの「シモーヌ・ヴェイユを

理解するためには、真理に対する飢餓、現実に対する渇きがなければならない」

ことの真の意味を思い知らされる。



シモーヌ・ヴェイユの書き残したものを読むと、そこに人をとまどわせるはげしさや、

矛盾が少なくないことはたしかである。その行動には常識で考えられない愚かさも

ある。しかし、彼女は目を閉じてその瞑想の中に世界の希望を捜し求めたのでは

ない。また、泣く者とともに泣いていただけではない。彼女は、惨澹たる絶望的不幸

の中に自分自身の肉体を置き、人格を据え、その不幸の中核が彼女の目に映るま

でその場の苦難に耐え抜いた。そして、その絶望の砂の奥底から、誰の目にもとま

らぬほどささやかな萌芽を見つけ出したのである。この苦闘から発したその言葉に

矛盾があることはむしろ当然のことであろう。われわれがこの苦闘の本質を見きわ

めることなしに、その思想の局部をとらえて軽率に「これは賛成」「これは不賛成」と

批判するにとどまるならば、われわれは<純金の預かり物>を受け取ることはでき

ないであろう。この荒野に呼ばわる声を聞くには、それ相当の敬虔さと努力が必要

なのである。彼女の苦闘によって発見された、不幸と真理との血縁関係を示す細い

沈黙の道があることを信じるならば、われわれはまず姿勢を正さなければならない

のである。・・・・・・・本書「終焉の地ロンドン」より







ヴェイユの著作書




「重力と恩寵」

 田辺 保 訳 講談社文庫 



時間を捨て去ること、重力と恩寵、不幸、宇宙の意味、労働の神秘、清めるものとしての

無神論、などの39の項目に彼女の深い洞察が書かれている。なおこの本の「解題」に

は、一農夫として大地に密着した生活を送りつつ、時代の流行思想とは無縁な独自の

思索をつむぎ出した農民哲学者のティボンが愛情を込めて友情関係にあった彼女を感

動的に描き出している。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



シモーヌ・ヴェイユのそうめったにない作品を世人の目にさらすのは、わたしには

苦痛である。これまでわたしは、ほんのわずかな友人たちとだけ、彼女という人と

その思想とを知るよろこびを分かち合ってきたのだが、今日は、家族の秘密を洩

らすような堪えがたい思いを感じている。ただひとつわたしのなぐさとしているの

は、広く世に知られることによって、この清いものがけがされるのは避けられない

としても、それを越えて彼女の証言が、彼女のたましいと姉妹のように通じあうい

くつかのたましいにまでたどりついてくれるだろうと思うことである。・・・

ギュスターブ・ティボン・同著「解題」より





「神を待ちのぞむ」

 田辺 保 ・ 杉山 穀 訳 勁草書房 



「神を待ちのぞむ」は、シモーヌ・ヴェイユがマルセイユおよびカサブランカから、

ペラン神父にあてた手紙六通と、フランスを離れてアメリカにむかうとき、同神父

に託した五編の文章とから成り立っている。すなわち、1939年9月に第二次世界

大戦がはじまり、翌40年6月パリが陥落して、ドイツ軍が進駐してくると、ユダヤ

系の血を引く彼女はナチの粛清をのがれて、南部の非占領地帯へ移らねばな

らなかった。一時、ペタンの仮政府がおかれていたヴィシーに滞在したあと、

40年10月に、両親とともにマルセイユにたどりついたのである。マルセイユに

たどりついたのである。マルセイユで、翌年6月、ドミニコ会修道院長のジャン・

マリー・ペラン神父と出会う。シモーヌ・ヴェイユのキリスト教への接近は、この

時からはっきりと具体的な形をとりはじめる。この時期にいたるまでの具体的

な形をとりはじめる。この時期にいたるまでの彼女の宗教的な体験について

は、本書におさめられたペラン神父あての手紙、とくに「精神的自叙伝」という

題がつけられた42年5月15日付の第四の手紙にくわしく述べられている。この

手紙は、いわば彼女の霊的遍歴の記録であり、工場生活における「不幸」の

発見、スペイン内乱参加においての挫折感を経て、次第にキリスト教的な運

命の受容の態度にいたる過程がよくうかがわれる。ポルトガルの小さな漁村

の夜、キリスト教を「奴隷の宗教」であると直感する場面、アシジの礼拝堂

思わずひざまずいて祈るところ、ソレム修道院での完成された宗教的勤行に

参加して深い感激を味わうあたりなど、とくに印象に残る描写である。こうして

ペラン神父の導きのもとに、キリスト教的な求道を進めて行くのであるが、1941

年の夏には、アルデーシュ県サン・マルセルに、ペラン神父の紹介で、百姓哲

学者として知られたギュスターヴ・ティボンをたずね、農家で労働をしたいとい

う希望をのべる。そして、一ヶ月間、毎日、近隣の農家の女たちにまじっては

げしい畑仕事に従事するのである。最初、ティボンのところに滞在していたと

き、夕方、仕事がすむと、石のベンチにすわって、ティボンにギリシャ語を教

え、ティボンからは、十字架の聖ヨハネの著作などを借りて読んだ。(ギリシャ

語のテキストとして、「主の祈り」をえらび、仕事の最中にも原語でそれを暗誦

したと言う。本書中の「主の祈りについて」という一文は、こと時の瞑想に独自

な注釈をほどこしたものである。)ほどなく、彼女は渡米の手続きのためにマ

ルセイユへ呼びもどされ、ふたたびペランペラン神父の指導をうけるが、神父

がしきりに洗礼を受けてカトリック教会へ正式に所属するようにすすめたにも

かかわらず、彼女はついに最後までこれを拒み、1942年5月17日マルセイユ

を出発、途中カサブランカの収容所で半月ばかりを抑留されたのち、6月末

ニューヨークへ到達する。この間の彼女の心境、受洗をついに承諾せず、

最後まで「教会の入口」にとどまった彼女の内面的理由は、ペラン神父あて

の手紙にくわしく述べられている。これらの手紙は、シモーヌ・ヴェイユの教

会観、キリスト教に対する見方を知る上に非常に興味深い、貴重な資料で

あると言えよう。彼女が、この世の機構としての「教会」を忌避したのは、も

ちろんすべての「社会的なもの」「党派」として存在する諸機関のもつ独善

性、排他性を見ぬいたのと同じ動機に出ているのであろうが、(「重力と恩

寵」の中の言葉を借りれば、いわゆるこの「太った動物」)、ひろくギリシャ

哲学やヒンヅーの宗教のうちにもキリスト教的な真理の投影を見ずには

いられなかった、とらわれない開かれた心のためであろう。こういう彼女

の態度は、単に諸宗教の教義に類似したものを求めて、一種の普遍的な

総合を目ざそうとするシンクレティズムとも見られようが、もともと基本的に

はキリスト教的な深い運命の感覚、世界意識から出発して、その原形ない

しアナロジーを諸民族のたどりついた古典的英知のうちに求めて行ったも

のと解すべきであろう。こういうところから、往々シモーヌ・ヴェイユの宗教

的体験が「異端」ときめつけられたり(たとえば、「二十世紀文学とキリスト

教」の著者シャルル・メレル師)、一たん書いた初版の序文を撤回したペラ

ン神父の早計な誤解も生まれてきたのである。しかし現在では、教会自身

もシモーヌ・ヴェイユの望んだように「変化して」いるのであり、当のペラン

神父の序文を付して、刊行されたダニエルウ師らの共著「シモーヌ・ヴェイ

ユの疑問への応答」(1964年、オービエ版)によれば、彼女の提起したさま

ざまな問題について、その真理契機を十分に尊重しつつ、教会の教義の

内容の「カトリック」なひろい展望のうちにできるだけ包容して行こうとする

寛容な努力が見られるようである。この書物の中には、シモーヌ・ヴェイユ

によって、「超自然性」の確かさを教えられ、キリスト教信仰を見出した一

女性の感謝の告白までが含められている。本書「訳者あとがき」より





「根をもつこと」

 山崎庸一郎 訳 春秋社 



「根づくということは、おそらく人間の魂のもっとも重要な要求であると同時に、

もっとも無視されている要求である。」という言葉からこの書は始まる。戦後

の社会をどのように構築してゆかねばならぬのか人間の精神的な渇きを根

底に置きながらヴェイユの鋭い考察が始まる名著。第二次世界対戦中、自

由フランス政府、すなわち「闘うフランス国民委員会」(ロンドンにあった)の

フランス活動部門に配属される。ここで彼女はフランス潜入を希望したが

容れられず、解放後のフランスの未来についての立案を命じられる。そして

その報告書が「根をもつこと」だが寝食も忘れて書き続け、その半年後、フラ

ンスで闘っている同胞の食料事情を思い、食物を拒否し、「飢餓および肺結

核による心筋縮退から生じた心臓衰弱」で八月二十四日永眠。享年34歳。



「この書物は,政治家たちがほとんど読むことのない、そしてまた、政治家たちの

大部分には理解されることも、その適用法を知られることもないあの序論という

部門において、政治学に属している。このような書物は、同時代の国政の運営

に影響を与えることはない。すでに政界に乗り出して、政治という市場の隠語に

引っ込みがつかぬほど縛られている男女にとって、この種の書物が現れるのは

つねに遅すぎるのだ。本書は、余暇が失われてしまわぬうちに、思考能力が政

界場裡の生活や国会のなかで破壊されぬうちに、青年たちによって研究される

べき書物の一つである。われわれとしては、このような書物の効果が、別の世代

の精神的態度に判然と現れるであろうことをねがうほかはない。」・・・

T.S.エリオット





  「超自然的認識」 

田辺 保 訳 勁草書房



古代諸民族の伝承や各国の神話、民話の比較研究、聖書の章句についての

独自の釈義、ところどころにはさみこまれた、比類のない、個性のひらめきを

放つ鋭く深い省察のちりばめられた本書の、やはり中心は、超自然的真理

の、こういうきわめて厳正な科学的研究という面に求められるべきでははな

いだろうか。その生涯を通じて、ひたすら現実の底にかいくぐり、そのもっとも

奥深い、なまのリアリティに触れようとこころざしてきたのが、シモーヌ・ヴェイ

ユの霊的歩みであったとしたら、この現実を組み上げている必然的諸関係の

均衡をできるかぎり知性の光によってとらえつくそうとし、断片的ながらともか

くもその成果を言語表現によって記録しようと試みたのが、晩年のこれらの

ノートの神髄であったといえよう。表面にあらわれた、すさまじくもきびしい彼

女の生きざまのまったく背面に、ここに記されたような霊的経験が熟していた

と知ることは、わたしたちの魂にも抑えきれぬ深甚の激動をもたらさずにはお

かないのである。この純粋な、つきつめた生き方は、内側において、現実を

把握するこの眼識と、痛烈なばかりの祈りに支えられていとなまれていたの

である。ダヴィ女史が、「魂を底からくつがえすような祈り」と呼び、その言葉

のもつ力を、ほんのわずかの間だけでももし信じられるとしたら、「恐怖にとら

われずにいられない」と、いみじくも評した、あのおそろしくも、感動的な祈り

は、ノートの第五冊めの中に見出される。「神にむかって叫ぶ。父よ、キリス

トの御名によって、このことをわたしにゆるしてください・・・」この祈りの文章

を読むとき、わたしたちにおそいかからずにいない震撼は、そのまま、「ロンド

ン論集」の中のあの「愛の狂気」にかんする一条にみなぎっていた戦慄感に

も通じる。「愛の狂気、それがひとりの人間をとらえるとき、それは人間の行

動と思考の様式を完全に変化させる。愛の狂気は、神的な狂気と同種のも

のである」 日常的次元に生きるわたしたちの目を引きさくたぐいの、シモーヌ

・ヴェイユの在り方に対して、またきわめて独創的で、奇抜で、人々の意表を

つくその思想に面して、ともすると一般の反応は、そんなことをしてなににな

るのかという疑問であり、常識や分別では到底割り切れない、実在の裂け

目の前にいきなり連れ出されたふうな戸惑いである。しかし、シモーヌ・ヴェ

イユのような人たちにおいては、「飢餓が器官の機能をこわしてしまうのと

同じ程度に、魂の自然な均衡をうちこわすある欲求がかれらの内部にあっ

た」ことは確かであり、かれらは、「気が狂っていた」ともいいきってしまうこ

ともできよう。弱い人間のうちに神が根をおろすならば、どういうことが起こ

るだろうか。ダヴィ女史はたしか、土の鉢に植えこまれたかしの実が、鉢を

くだいてしまうキェルケゴールの例話を引いていた。今もなお、わたしたちを

打ちのめす、シモーヌ・ヴェイユの経験の本質とは、こういうものである。既

に、聖パウロも、「わたしは気が狂ったようになっていう」といったように、これ

こそは、「神の愚か(狂気)」なのである。すべての者にうち捨てられ、あらし

の荒野をさまようリヤ王のそばにさいごまでつき従った、あの阿保の道化

は、主人公が悲惨と孤独の境におちいり、劇的状況がひときわ深刻の度を

加えてくるとき、だれからも聞かれなくてもいよいよ真実の叫びを放つという

ことを、彼女自身も書いていた。わたしたちのまわりに、目には見えぬ暗い

とばりが重くたれこめてきつつあるとの予感が切実なこの日頃、シモーヌ・

ヴェイユの言葉がますます非常な現実感をともなってひびいてくるのに、わ

たしたちは耳をふさぐことができるだろうか。・・・・本書「訳者あとがき」より







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