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真理とはなんだろう
真理に対して誠実な態度とはなんだろう
その人が生まれた環境や精神文化の法則を超えて存在する真理とは何か
ヴェイユは言う
ある一つの義務が、私たちに課せれれたあるひとつの義務が
そして彼女の目は不幸な者へほとばしる愛をもって注がれる
彼女はある者と出会う
それは真理なる者、絶対なる者
有りて在る者

シモーヌ・ヴェイユは両大戦の谷間に多彩な軌跡を描いて生き、恵まれぬまま
若くして世を去ったユニークな哲学者である。その特異な体験と<絶対>を求め
つづけた希有の魂の記録は、<状況>に対する衝撃のメッセージとして、多くの
人々を引きつけ、揺さぶりつづけている。哲学教師として、工場労働をする女工と
して、レジスタントの闘士として行動は変化しても、彼女の生涯は終始、一すじ
の燃えるばかりの純粋さと愛とにつらぬかれていた。では純粋さとは、絶対の
愛とはなんなのか。・・・
講談社現代新書「シモーヌ・ヴェイユ」田辺保著より
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私とシモーヌ・ヴェイユとの出会い
この魂に触れたのは、私が18歳頃の時であったように思う。「真理とは何か」と
さ迷っていた時、彼女の感性に触れた。もし真理があるとすれば、それは手を
伸ばそうとするところには何処にでも「在る」ものではないだろうか。たとえそこ
がどのような未開の地であっても。「この宗教に入らなければ、この聖典を読
まなければ救われない」などという次元。真理とはこのような偶然性が入りこむ
次元とはまったくかけ離れているものではないかと思っていた。18歳の私は、
彼女の言葉の中に、そしてその火のような人生そのものの中に、真理に対する
真剣かつ誠実な姿勢が感じられ、大きく心を揺り動かされてしまった。実際に彼
女の魂は真理・絶対なるものと出会い、その言葉はまるで火のように熱い。しか
し彼女が出会った偉大なる者が、多くの魂の中で追体験されていることを忘れ
てはいけない。例えばフランクルの「夜と霧」の中に出てくる一人の女性がそう
である。これらの真理の証人達はこれからも人々が歩く道を灯台のように照らし
導いていくことだろう。「在る」ことの重み、その重みを私自身はどれほど受けとめ
られるのだろうか。
1996.10.17
シモーヌ・ヴェイユの生涯
1909
パリに生まれる。高等中学に入る頃から生涯に渡って
彼女を痛めつける激しい頭痛と血行障害に悩まされる。
1925-28
高等師範学校の入学準備のため、アンリ四世校に入り、最大の師アランと出会う。
1931
大学教授資格試験に合格。高等中学校の哲学教師とな
ると共に、社会主義者として大胆な実践活動に参加。
1934
「自分の指で」「現実の人生との接触」をはかるために電気工場に女工として入社。
1935
教師に戻るが1936スペイン戦線に身を投じる。
その後の二年間は疲労と病苦のどん底であった。
1938
ソレム修道院で<キリストとの出合い>をもつ。
暗い夜を越えながら息をひそめて待ち望んでいた彼女に<愛>が啓示される。
キリストが彼女の前に現れる。
1940-42
マルセイユで過ごした二年間は、彼女の全思想が決定的に開花する。
1942
ユダヤ系難民としてニューヨークへ。祖国の抵抗運動に参加しようと
する衝動は押さえがたく、ロンドンに渡り自由フランス政府に参加。
1943
アシュフォードのサナトリウムで、自らに課した飢えのために死ぬ。
彼女は定期的におそわれる肺結核の発作のために衰弱していたにも
かかわらず、ナチス・ドイツの占領下で生活していた同胞に配給され
る量の食物以外に決して食べようとはしなかった。・・・・・・・
田辺保著「シモーヌ・ヴェイユ」講談社現代新書を参照

