「サン=テグジュペリ 伝説の愛」

アラン・ヴィルコンドレ著 鳥取絹子 訳 岩波書店


 






2011年12月18日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



チェスをするサン=テグジュペリ

「サン=テグジュペリ 伝説の愛」より写真引用しました。



「星の王子さま」、何度妻からいい本だから読みなさいと言われたことか。でも結局今日まで

読まなかった。何故なんだろう。自分自身が子どもの時代を忘れたかったからか、或いは余

りにも有名な本なので抵抗があったのか、どちらにしても愚かな自分が読めなくしたのは確か

だったんじゃないかなと思う。



でも「星の王子さま」読んでみて、これは何度も別れがあったにも関わらず妻コンスエロへの

ひたむきな愛情というのか憧れに近いものが根底にあると感じてならなかった。私が想像出

来ないくらいの純粋さをもってコンスエロに接してきたからこそ、逆に多くのことに傷ついてき

たんだと思う。



サン=テグジュペリの別の作品「夜間飛行」では、「使命と犠牲」を訴えかけていたと思う。そ

れは第一次世界大戦の敵国であったドイツのパイロットの多くもこの本が好きであり、サン=

テグジュペリを撃墜したパイロットが「彼がサン=テグジュペリだと知っていたら撃たなかった」

と述懐していることからも想像できるかも知れない。1944年に消息不明になった彼の機体が

2003年に発見された。



写真は亡命先のニューヨークで撮られたもの。サン=テグジュペリは友人とチェスをすることで

亡命生活の単調な生活を忘れようとした。サン=テグジュペリがどのようなチェスを指したか、

棋譜が残されていないのでわからないが、「夜間飛行」に倣ってサクリファイス(犠牲)が好き

だったのかも知れないと勝手にこじつけている。



(K.K)


 








「星の王子さま」の作者サン=テグジュペリに、こんなに美しい妻がいたことはあまり

知られていなかった。コンスエロはエキゾチックで不思議な魅力をもつ女性だったが、

貴族の家柄だった彼の家族には受け入れてもらえず、文壇でもほとんど黙殺された

ままだったから。



けれども、二人の愛が真実だった証拠が残っていた。彼女が夫と最後に過ごした亡命

先のニューヨークから持ち帰った、いくつもの大型トランク。作家の生誕100周年にあ

たる2000年に初めて開けられると、中には、夫との生活を赤裸々に綴った彼女の手

記のほか、二人で交わした山のような手紙、写真、デッサンなど、これまで誰も知らな

かった過去を物語る数々の遺品がつまっていた。



それらがこうして、一冊の素敵な本になった。二人が最後まで貫いた比類なき愛に、心

が震える



(鳥取絹子)
本書より引用


 


本書より引用


サン=テグジュペリ生誕100年にあたる2000年に、それまで手つかずだった、コンスエロが

ニューヨークから持ち帰った大型トランクが開けられて、なかから見つかった彼女の原稿が

出版された。それはまさに突然、彼に妻がいて、その妻はいたるところ彼の後についていき、

彼は彼女に抱いた情熱を手紙に書き続けていたことを知ったのである。『バラの回想』は生誕

100年際最大の出来事となった。発売と同時にベストセラー、すぐに27カ国に翻訳され、作品

は世界中を回った。その翌年、1943年から書かれた手紙で、彼が帰ってきたら読んであげよ

うと残していた、『日曜日の手紙』も出版された。『バラの回想』より魅力的な手紙の数々では、

二人が抱き合っていた類まれな愛が語られ、それはほんの数行で読みとることができる。



「きみしかいない、なぜなら、きみはぼくの人生の糧(パン)、ぼくの土地の塩、そしてぼくを養っ

てくれるから」とアントワーヌは書いた。それに対してコンスエロはいつもこう答えることしかでき

なかった。「私の人生には大きな港がある、それはあなた、私はいつ、どんなときでもそこに

上陸する、なぜなら、その港は私が望むときに迎えてくれるから。あなたをつくり、私の道に置い

てくださった神が讃えられんことを」。


 


「空の小さなクロニクル」 ミシェル・ポラッコ(ラジオ局フランス・アンフォのディレクター)

本書より引用



飛行機、女性、文学・・・・三つの情熱がアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリを「若き神」

に変えた。重くて不器用な図体を戦闘機の胴体内部に収めるのにいつも苦労していた

男、空を飛んでいないときはつねに不幸な雰囲気を漂わせ、イカロスのように日常生活

の迷宮から逃れたいと願った詩人。もっともこの「卑しくも厳しい日々」のくり返しに失望し

ていたのは、彼だけではない。処女作『グラン・モーヌ』を発表した翌年、第一次世界大戦

で戦死したアラン=フルニエもそうだった。



実際、飛行機と女性、文学には共通点があった。この三つのおかげで、ひどく感じやすい

男は上昇することができたのだ。上昇は彼が子どもの感受性から逃れるための酸素のよ

うなものだった。



コンスエロは幻滅の詩人がすれちがった他の女性とは違っていた。彼女は彼のバラにな

ると同時に、『星の王子さま』のバラにもなった。彼は初めて会ったとたんに彼女を妻にし、

何度も別れがあったにもかかわらず、終わりを望まなかったこの愛に忠実を貫いた。異国

生まれで話し好き、陽気なコンスエロは、彼にとって変わることのない情熱だったのである。



サン=テグジュペリは、そして彼の愛や空の冒険物語は、なぜ死後60年たっても私たちを

これほど感動させるのだろう? 彼は「人間に示すことのできる明らかな真実がないから」

と苦しんでいた。身動きできないアホウドリ、彼は私たちの目には非常に不完全で、途方に

暮れ、つねに悲しみと狂った愛のはざまにいるように見える。彼が教えてくれるのは、私た

ちがどれほど「一つの国ともいえる子ども時代」に属しているかということ。それが「星の王子

さま」の教訓である。



サン=テグジュペリは自分で「庭師」になるのが向いていると認めていた。普遍的な子ども

時代の輪郭を永遠に伝え、花となった女性のシルエットを私たちにまで愛させた魂の庭師。

その女性はこの本の各ページにわたって類まれな存在感を示している。



星の王子は行ってしまった、彼のバラも行ってしまった。しかし、みなさんが自分で何かを

読みとろうとするとき、鏡となっている空間に目をこらすのを忘れないように。みなさんはた

ぶん、雲や星々が遊んでいるなかに、伝説の恋人たちが書いた言葉のいくつかを発見する

だろう。空の小さなクロニクル、とでも言おうか・・・・。


 


アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(Antoine de Saint-Exupery)

(1900年6月29日〜1944年7月31日)







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