「奄美 神々とともに暮らす島」

濱田康作 著 毎日新聞社 より引用








悠久たる奄美の自然本来の姿が前作のモチーフだったが、今回の写真集のモチーフ

は奄美の“自然”と響き合って暮らす島人の息づかいであろう。このモチーフには大き

な意義がある。島人の暮らしを撮ることはそのまま、奄美において今も息吹く「自然=

神」の観念を表現することになるからだ。さらに詳しく言えば・・・・奄美は、現代と古代

が同居する島であり、一口に「奄美の自然」と言っても、それは目に見える自然と見え

ない自然のふたつから成り立っている。古代は豪族の動乱、近世は薩摩藩の圧制に

より、大きな宗教が入らず偶像を崇拝することはなかった奄美において、先祖たちは

「自然こそが神」と信じていた、と伝わる。ハブや台風の被害、農作物や山川海の恵み

など、みな自然の偉大な力によるもの。島人は、見えない自然の力に畏敬を抱き、神

に触れ得る場所として「聖地」を設けた。聖地といっても、大仰なものではない。奄美

では、集落を「シマ」という。シマ近くの森や山は「神山」(シマによっては「モリ山」「ティ

ラ山」)と言われ、神山の麓の川、泉は各々「カンギョ」「アミゴ」と呼ばれる。神山には

苔がびっしり付着し、年輪を感じさせる墓や自然石が必ずある。そんな墓や石を含めた

周囲一帯が「聖地」だ。聖地の周囲は、その土地本来の自然形態(動植物相)が残さ

れており、枝一本折ることも禁じられている。聖地の存在の仕方は様々だが、鬱蒼と

した中にあることが多く、炎天下であっても薄暗く、涼しい。シマの守り神とされて供物

が絶えず、年に一度、豊年祭が欠かさず行われているところもあれば、「何かがいる」

と恐れられて、誰も近寄らない聖地もある。水平線の果て、また、海の底に神々の楽園

があると考える「ニライカナイ」の概念、沖に屹立する岩を「立神」と称し、豊穣と豊漁を

もたらすと考えるのも、聖地から派生した思想と言われる。聖地はシマの人口の大小

を問わず、精神の依り代として大切に守られている。「人間は神(自然)と共に生きる」

という考えの具現だ。聖地が守られていることは、その土地の文化・精神が健全であ

ることの証左である。奄美は開発の洗礼を受けていない自然が多いと言われている。

これは聖地があるから、とされている。観光客がシマを歩いても、聖地を見つけるのは

案内板もなく楽ではない。沖縄には御獄の聖地があるが、観光案内版もあり、集落と

のつながりは薄らいだ。聖地の思想が随所に反映されているのは、職業、年齢、性別

を問わず神からの「神ダーリ(神がかり)」を受けて神からの「知ラシ」を取り次ぎ、祭祀

や運勢判断などを行う「ユタ」、血縁のある家系から輩出される女性神官の「ノロ」のふ

たつのシャーマニズムだろう。シマの中央にある広場は「ミャー」とよばれ、ミャーには

ノロが神祭りを行うシャゲやトネヤがある。ミャーから海に通じる道は「神道」と名付け

られている。踊る者も見る者も無我の境地に引きずり込む八月踊り、3000種もある

と伝わる島唄(民謡)、大島紬、徳之島の闘牛など固有の文化が今も伝わるが、これ

らにまつわる慣習、言い伝えには随所に自然=神の思想、万物に霊感が宿ると考え

る「アニミズム」の思想がある。シマにおける各種の行事には、新暦」よりも、月の満ち

欠けという自然の営みに基づいてつくられた「旧暦」が、現在でも大切に使われてい

るのは興味深い。とはいえ、奄美、そして、シマにおける基本的な生活は本土と変わ

りない。東京、大阪から飛行機の直行便が飛び、携帯電話もパソコンも普及し、一家

に自動車2台は当たり前、名瀬市にはコンビニエンスストアもファーストフード店もあ

る。現代と古代。原始と最先端が同居する奄美の姿が意味するところは何か。島の

暮らしはハイテク化しても、心のより所や「癒し」にはならない、ということだ。科学の

お墨付きのない精神世界が心の依り代となった・・・・。この意味では、祖先からの

引き継いだ文化そのものが、「癒し」という時代のキーワード、最先端になっていた

わけである。それが証拠に、この写真集に登場する、島の空間に身を置いて、生活

する老若男女の表情はなんと清々しいことか。好例をもうひとつ。ユタは一般を対象

に運勢判断、悪霊払い、不幸や病気の原因判断や治療の依頼に応えるが、ユタを

まったく信じない人もいる中、ユタにすがる人が減ったという話はまったく耳にしな

い。ユタが多数奄美に存在し、ユタを信じる人々の姿が教えるところは「心のよりど

ころが定まらない時代になると、人間は祖先の知恵や土地の自然、風習を掘り起こ

す」という心理学のデータに合致している。島の内外を問わず、奄美をモチーフにす

る写真家は多い。だが、サンゴ礁の海やアマミクロウサギのような希少種の生物を

撮影することが奄美を撮ること、と考える写真家が多い中で、地道に本質は「見えな

い自然」を30年近く、多角面から考察して撮影し、そこに奄美の本質があると強い

信念を抱いてきた濱田氏の姿は一線を画す。

(本書 奄美・・・現代と古代が同居する「すべてが美しい島」 小林照幸 より引用)





同じ奄美を撮った写真集「奄美 二十世紀の記録 シマの暮らし、忘れえぬ日々」参照されたし

「奄美のシャーマニズム」,「奄美学 その地平と彼方」を参照されたし。







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