
「ネイティヴ・アメリカンの文学」
西村頼男・喜納育枝 編著 ミネルヴァ書房 より引用

ネイティヴ・アメリカンは、長らく文字を持たず、部族の歴史や民話などは口承によって
伝えられてきた。このため、先住民文化の宝庫とも言える民話や神話は言語学者や
文化人類学者の収集、研究の対象にされることはあっても、文学としての価値を認め
られることはなかった。しかし、60年代後半を境に、それまでフィリップ・フルーノ、クー
バー、ロングフェロー、ソロー、メルヴィルから20世紀のヘミングウェイ、フォークナーに
いたる数多くのヨーロッパ系アメリカ人作家によって「描かれる対象」であった先住民
たちが、自らの声を英語によって表現する「描く主体」としての視点を獲得していくよう
になる。先住民としての主体の獲得は、主体の文化的多様性を尊重しようとする多
文化主義の動きと不可分ではなかったのである。文学研究における多文化主義的
視点の成熟とともに、時代はネイティヴ・アメリカン文学の口承の伝統の文学的価値
を再評価し、アメリカ文学史の正典を見直そうとする方向へと流れていった。(中略)
本書は、この現代ネイティヴ・アメリカン文学の興隆におおいに貢献した作家や詩人
に焦点を当てつつ、この30年間ほどの全体像を提示することを意図している。今日
活躍しているネイティヴ・アメリカンの作家たちは、西洋文学に関する教養も豊富で、
創作技法にも精通しているが、それは、ヨーロッパによる侵略以降続いた異文化接触
のもたらした文化変容であるとみなすことができる。本書では、そのような異文化接
触の歴史の背景やヨーロッパ系アメリカ人の描くアメリカ先住民関連の文学から始ま
り、初期のネイティヴ・アメリカンの声がいかに形成され、現代の声へと発展してきた
かという軌跡を辿る。現代ネイティヴ・アメリカン文学は、ネイティヴ・アメリカンとして
の感性を想像の源泉としつつ、人間としてのさまざまな普遍的テーマを描いている。
そこに描かれる共同体の営み、人間と人間の絆、人間と自然、そして大地との絆に、
さまざまな生命体との新たな共生のあり方が模索されている今日的テーマを読むこ
とができるだろう。また、白人社会と部族社会のいずれにも帰属意識を抱くことので
きない混血の若者が体験する疎外感には、ステロタイプ化され、消費されるネイティ
ヴ・アメリカンのイメージからは計り知れない文化の深層をかいま見ることができる
だろう。本書を通して、ネイティヴ・アメリカン文学というジャンルの包容する多様性
の深みを多少なりとも味わっていただければ幸甚である。
(本書 まえがき より引用)
