
「ホピの聖地へ」
知られざる「インディアンの国」
北沢方邦 著 東京書籍 より


ホピやナバホそしてアメリカ・インディアンの文化やひとびととの付き合いも、そろそろ
二十五年になろうとしている。近代文明のゆきづまりを感じた1960年代末に、彼ら
に強く惹きつけられた根本原因は、日常生活から宗教表現にいたるまで、あるいは
個人の思考体系から社会組織にいたるまで、彼らの世界がすべて深い宇宙論によっ
て一貫していることであった。精神と身体、個人と社会、唯物論的な現世と観念的な
彼岸など、すべてが救いがたく分裂している現代、その結果、環境問題をはじめ人類
の生き残りさえ危ぶまれる危機に陥っている現代にとって、すくなくとも彼らの思考体系
は危機克服のてがかりになると考えたからであった。ブラジル・インディオの指導者
アイユトン・クレナックは、<森の声>を聴くことのできる<インディオの道>、すなわち
インディオの生き方のみが近代文明を救うとして、環境と共生する森林経営を実践し
ているが、<砂漠の声>を聴くホピやナバホのひとびとも、まったく同じことを主張し
ている。表土流失、地下水枯渇といった深刻な危機に陥っているアメリカ農業の再建
のために、有機農法や自然農法に立脚する<保続可能農業>(サンテーナブル・
アグリカルチャー)の方向へ合衆国の農業政策は大きく転換しつつあるが、それも
結局<インディアンの道>への回帰にほかならない。ゆたかな自然と資源(近代
経済に不可欠だった化石鉱物資源ではない)に恵まれたわが国にとっても、<森の
声>や<土の声>、あるいは<海の声>を聴くことが、二十一世紀にむけての文明
再興の根底となるのではないだろうか。合衆国南西部インディアンの<声>を届ける
本書が、そのために少しでも役にたてばと願っている。

「合衆国南西部にかぎらず、アメリカ大陸に住む先住民をアメリカ・インディアン、
あるいはスペイン風にインディオとよぶのは、いうまでもなくコロンブスが19
42年、カリブ海の島々に到達したとき、そこをインド亜大陸の一部と思いこみ
、住民をインド人(インディオ)と命名したからである。現在ではアメリカ合衆国
のマス・メディアは、彼らを先住アメリカ人(ネイティブ・アメリカン)とよぶが、
彼らのなかの目覚めた部分は、むしろ自分たちをインディアンと称してはばか
らない。何百年にもわたる差別の歴史のなかで、土地を奪い、何百万という
ひとびとを虐殺してきた白人たちに、過去の罪を思い起こさせるためにも、あ
えて差別語のインディアンを名乗り、むしろその用語に、長い抑圧の歴史を
生き抜いてきた、勇者の誇りをあたえようというのである。したがって私も、
先行する著書(「ホピの太陽」「蛇と太陽とコロンブス」)同様この本でも、あえ
て彼らをアメリカ・インディアンとよぶことにする。先住アメリカ人ということば
は、たしかに差別的ではなく、その意味では無害である。しかしそこからは、
抑圧の歴史だけではなく、この荒涼として広大な大自然のなかですばらしい
知恵をもって生き抜き、諸部族の個性にあふれたみごとな文化や、ときには
文明を築いてきた彼らの自信に満ちたたくましさは伝わってこない。事実、
白人芸術家たちに大きな影響をあたえ、合衆国の芸術界に確固とした地位
を占めた幾多の俊秀を送りだした、サンタフェの有名なアメリカ・インディアン
美術学校(インスティテュート・オヴ・アメリカン・インディアン・アーツ)も、その
名を変えたという話は聞かないし、モホーク国(ニューヨーク州在住のモホー
ク族)の公式機関紙(現在は季刊誌)「アクウェサスネ・ノーツ)の執筆者た
ちも、先住民(ネイティブ・ピープル)ということばとともに、アメリカ・インディ
アンを堂々と名乗っている。」
創造主がマサウを通して語った預言と教示をまとめた「テククワ・イカチ」
