
「一万年の旅路」
ネイティブ・アメリカンの口承史
ポーラ・アンダーウッド著 星川淳訳 翔泳社より
そこで、一族は新しい歌を歌った。互いに昨日のことを語り聞かせ、ときおり
明日に思いを馳せながら、今日のありがたみを味わう歌。一人ひとりが、ともに
暮らすことの価値を、あらゆる声に耳を傾ける話し合いの価値を認めるまで。
一族はこれに満足し、全員の胸に新しく、いっそう強い目的意識が生まれた。
「いざ、守っていこう」彼らは語り合う。「われらが道の本質だけでなく、寄り集う
ことの本質も、互いに話し合うことの本質も、われらが学んだように空中の文様
をなぞることの本質も。いざ、このすべてを守っていこう。子供たちの子供たち
の子供たちが二度とふたたび、見知らぬ新しい土地をなんの助けもなしに歩か
なくてもすむように。われらは学んだ」「あらゆる声に耳を傾けてとことん話し合
えば、知恵にたどり着けることを。そして、それぞれの心に浮かんだ文様は、
試練を通じて新しく織り直すことができること。さらに、これら二本の強い足を
支えにすれば、一族は一見生きのびられそうもない状況を生きのびることが
できることを。だから、いざ」 彼らは最後に言う。
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「この道の本質をはっきり心にとどめよう。子供たちの子供たちの子供たちが、
われらの歩み方からも語り方からもそれを見逃すことのないように。われらが、
これほど苦心して互いから学び合ったものを、彼らにも学んでもらおうではない
か」 これを聞いていたのは<知恵の娘>。そしてものごとの機敏さにさとい者
たちは、彼女のほほ笑みを見て、その意味を理解した。その日からというもの、
子供たちの子供たちの子供たちが、これらの大いなる教訓を学び損ねたため
しはない。学び方に遅い速いのちがいはあっても、この方法はしっかりと守ら
れてきた。たったいま、あなたが私から学んだように。あなたが私からこれらの
言葉を聞いているように、あなたの子供たちの子供たちにも、あなたからこれら
の言葉を聞かせるがよい。大地が揺らぎ、空から石が降り、海が山と出会って
も。これまで見たこともない、そうしたできごとが起こっても。なお、子供たちの
子供たちの子供たちは、火より明るい炎をたずさえ、いかなる状況より確かな
理解をたずさえていることだろう。そんなときすら、彼らは一つの生から別な生
に歩み渡る術を知っているはず。彼らの中には、ありえないような変化を乗り
越える、長い綱の橋をかける力が潜んでいるはずだ。過去を未来に結びつ
けるもの。一族の存続を保証するもの。 さあれかし。
1810年、イロコイ連邦オナイダ族に属する一人の若い女性ツィリコマー
(明るい春)は重大な決心をすることになる。アメリカ合衆国建国まもない
この時期に伝統的な先住民社会は先祖伝来の土地を追われ、キリスト教
の改宗を迫られていた。イロコイ連邦でも宗教改革者ハンサムレイクが
伝統的信仰とキリスト教の折衷を説き、部族全員の協議により古来の
伝統を捨てることに決まる。それは一族の来歴を記録する伝承者もろと
も消し去ることを意味していた。決定をきいたツィリコマーは協議の席
を立つと祭壇に歩み寄り、口承史にかかわるワンパム・ベルト(記録帯)
と聖包を取り上げ、正しい来歴を守るため逃亡する。それから五世代後
の1993年、ツィリコマーの子孫が受け継いだ驚くべき口承史の内容が
本書である。彼女の祖先ははるか一万年前にベーリング陸橋を越え、
アジアから北米に渡った様子と共に、多くの困難のなかにも未来の子孫
のために今この状況の中で何を学ばなければならないのかを探求して
きた姿が描かれている。本書は10万年以上に渡る一族の歩いた道の
中に、多くの叡智と戒めが刻まれた貴重なものである。この分厚い言葉
は文字に依らず口承によって気が遠くなるような世代を生き抜いてきた
のである。この口承史の継承者である著者は、ツィリコマーが逃亡した
イロコイ連邦の国会にあたるオノンダーガ族のロングハウスと六部族の
知人たちに寄贈し、批判があれば謙虚に受け入れることを言明してい
るが、イロコイ連邦からはクレームは出ておらず、個人的な理解者は
増えているとのことである。誠に本書は偉大な学びの民の長い歴史の
物語であり、過去を未来に結びつける希望の書であり、「子どもたちの
子どもたちの子どもたちのため」是非読んでいただきたい。
同じ著者による、真の「学び」とは何かを問いかけた「知恵の三つ編み」、
アメリカ独立の際に大きな影響力を与えたイロコイ連邦の民主制、並びに
その生い立ちについて詳しく書かれた「小さな国の大いなる知恵」という
文献も是非参照してくださればと思います。また星野道夫氏と親交があっ
たリチャード・ネルソンの「内なる島 ワタリガラスの贈りもの」という文献
は訳者が翻訳されたものです。