人間対機械 チェス世界チャンピオンとスーパーコンピューターの闘いの記録」

ミハイル・コダルコフスキー、レオニド シャンコヴィチ著 高橋啓訳

毎日コミュニケーションズ









謝辞 (本書より引用)

1996年にカスパロフ対ディープ・ブルーの最初の対戦がフィラデルフィアでおこなわれる前、

ガルリ・カスパロフと私が、このイベントの主催者の一人でありACMのコンピューター・チェス

委員会の委員長であるモンティ・ニューボーンに会ったときのことだった。ガルリは私を昔から

の友人として紹介し、それから「ずっと以前からの私の協力者です」と付け加えた。私は、ガ

ルリがまず友人として紹介してくれたことをとても誇らしく思った。コーチ、セコンド、マネージャ

ー、エージェントというような立場は一時的なものにすぎないが、友情はそういう立場を越えた

永続的なものだからだ。本書は、私の友人であり世界チャンピオンであるガルリ・カスパロフに

ついて書いた本である。彼と私は、ソビエト連邦がまだ崩壊していなかった1980年代初期に

私のチームメイトだったマスターのロスティク・コルスンスキーから初めて紹介されて以来、15

年以上にわたる旧知の仲である。ロスティク・コルスンスキーは、ガルリと同じバクー(旧アゼル

バイジャン・ソビエト共和国の首都)出身で、住まいも近く、ガルリをバクー・チェスクラブに誘っ

ていった人だった。ガルリと私は、初めて紹介されて以来、ずっと友達だったし、彼はロシア、

私は合衆国、と暮らす国は異なるが、いまでも友人である。残念なことに、ロスティクがわずか

38歳で亡くなったという知らせが数ヶ月前に届いた。ガルリがディープ・ブルーの再戦のために

1997年に合衆国に戻ってきたとき、私たちはまっさきに彼の死について語り合った。この本は、

わが友ガルリ・カスパロフについて私が知っている通りに書いたものだ。ここに書かれたことに

ついて、あまりに主観的だと思う読者も多いだろうし、なかには反感を感じる人さえいるかもしれ

ない。何が事実であり真意だったのかという判断は、言うまでもなく読者に委ねられているが、

私の目的は、ガルリ・カスパロフを私の視点から、3つの歴史的事件というプリズムを通して示す

ことにある。この3つの歴史的事件とは、1995年の世界選手権であり、1996年と97年の二回

にわたって繰り広げられたIBMのスーパーコンピューター、ディープ・ブルーとの対戦のことであ

る。このエキシビジョン・マッチは、チェスだけでなく人類の進化の新時代を象徴するものとして

世界の注目を集めた。カスパロフがこの類を見ない挑戦を受けて立ったのは、私には意外なこ

とではなかった。なぜなら、彼はこれまでずっと新時代の象徴となるように運命付けられてきた

からだ。ガルリ・カスパロフは世界一のチェス・プレーヤーとして有名だが、かつて1980年代後

半にはソビエトの政治と社会の新時代の象徴だったことを多くの人は忘れてしまっている。22歳

でチェス史上最年少の世界チャンピオンになったガルリ・カスパロフは、個人と精神の自由を勝

ち取るために共産主義体制と戦い、少し歳をとって早くも白髪まじりの頭になってからは、崩壊す

るソビエト帝国の廃墟の中で難民の生命を救い、ロシアの身体障害児たちの環境を改善する

仕事に力を貸した。そして、34歳になってすっかり風格の出てきたガルリ・カスパロフは、チェス

の世界を変える男となった。この本は、ガルリ・カスパロフによる序文および指手解説によって

一層充実したので、彼にこのことを感謝したい。 (以下 略)



Kasparov vs Deep Blue

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Kasparov, Garry: Kasparov playing against Deep Blue -- Encyclopedia Britannica Online







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