「森を守る文明・支配する文明」

安田喜憲著 PHP出版 より引用









二十世紀末の地球環境問題は、近代ヨーロッパ文明に端を発した人間中心

主義・経済至上主義によって引き起こされた文明の問題なのである。人間の

幸福のためならば、金もうけのためならば、何万ヘクタールの森が破壊されよ

うとも、何千匹の動物が殺されようとも、知ったことではない、金さえ払えば何

をしようと勝手だという価値観が横行する中で、ものいわぬ自然は次々と破壊

されていったのである。だが地球環境の危機に直面して、人々は人間の幸福

は人間だけでは得られないことを実感した。美しい大地、美しい海、豊かな森

の中に動物たちが元気で過ごしていてこそ、人間の本当の幸福があることに

気づいたのである。神社は杜を建て、鎮守の森をつくることで、営々とそのこと

を語り続けてきたのである。そこには共生の哲学の原点が語られていた。そし

て、自然への畏敬の念の大切が語られていた。森をつくることは、自然との共

生の第一歩である。さらに、自然と共生するように、異なる文化と異なる宗教を

持った人々が共存することこそが大切なのである。万物の中に霊性があること

をひそやかに感じ、その生命を畏敬する。それは動植物のみでなく山にも川

にも海にも及ぶ。その自然への畏敬の念の根底にあるものは、人間の命も巨

木の命も同等の価値を持つという平等主義である。この平等主義こそが自然

と共に生き、異なる宗教、異なる文化を持った民族が共に生きるための共存

の思想の原点なのである。世界を支配し、近代ヨーロッパ文明の精神的支柱

となったキリスト教は、この点において正反対の性質を有するものであった。

自然を「浄いもの」と「浄くないもの」に明白に区別しているのである。この自然

に差別を置く思想は、自然と人間、人間と人間、宗教と宗教の関係にも現れ

た。自然は人間の下位にランクされ、人間に幸福を与える限りにおいて存続

を許されるものであった。キリスト教の宣教師は、自らが信じる教えこそが絶

対的な善であるという確信のもとに、キリスト教以外の宗教を邪教として排斥

し、力で駆逐してきた。十五世紀以降、ヨーロッパ文明は世界を支配し、

植民地をつくり、黒人奴隷を酷使してきた。それができたのは、人間におい

ても「浄い人間」と「浄くない人間」が存在するという差別思想があったからに

ほかならない。この思想のもとに差別され酷使された人々は、多神教の世

界・アニミズムの世界に生きていた。自然の中に階級差別をもうけず、自然

への畏敬の念を持った文明だった。その文明が野蛮という名のもとに駆逐

され、歴史のかなたに葬り去られたのである。だが果たしてどちらが野蛮だ

ったのであろうか。今、彼らはようやくそのことに気づきはじめている。







「目は森のこころの窓」



人は死ぬとまず目に力がなくなる。古代の人々はその目の不思議な力に畏敬の

念を抱いた。目は生命の源泉であり、人間の命の窓だった。そして、命の窓を

通して新たな生命の再生を願い、不思議な力によって邪悪なものを払うことを

願ったのである。この生命の再生を司る目の力に対する畏敬の念が、蛇目の

イシュタルを生み、メドゥーサの伝説をつくり出し、モアイの巨像を造り、三星堆

の目の突き出た青銅製のマスクを作り、縄文の巨大な目を持つ土偶を作り出

したのである。また、生命の再生と循環を司る目は、森のこころの窓でもあっ

た。森の中では生きとし生けるものが季節の移ろいと共に、再生と循環を永劫

にくり返している。春の訪れと共に若草が芽吹き、初夏の日射しの中で緑の森

が青々と活気を呈したかと思うと、木枯らしと共に森には落葉が舞い、そして

深い冬の眠りにつく。けれども春にはふたたび甦る。この森の生命と同じよう

に、人間の生命もまた死してのち、再生したいという願いが、目に対する信仰

を生み、巨大な目の土偶を作り、メドゥーサの伝説を生んだのである。私たち

をじっと見つめる巨大な土偶の目やメドゥーサの目には、森のこころが語られ

ていたのである。それは、古代の人々が森に囲まれて生活してことと深くかか

わっていると思う。古代の人々が深い森に囲まれて生活していた頃、自分た

ちをじっと見つめる大地の神々の視線を感じた。その森が語りかけるこころに

対して、人々は畏敬の念を込めて、巨大な目を持った像を造形したのである。

大地の神々の住処である森。しかし、こうした人間を見つめる目を持った像は、

ある時期を境にして作られなくなり、あげくの果てには破壊される。メドゥーサが

神殿の梁からゴロリと落とされ、イースター島のモアイが引き倒され、三星堆の

青銅のマスクが破壊され、燃やされた時、そして縄文の土偶が作られなくなっ

た時、それは森が激しい破壊をこうむったり、消滅した時でもあった。森がな

くなり森のこころが失われた時、人々は自分たちを見つめる巨大な目を持っ

た像を作らなくなったのである。私は、その時に一つの時代が終わった気が

する。森のこころの時代の終焉である。日本では、縄文時代に3000年以上

にわたって作り続けられた巨大な目を持つ土偶が、弥生時代に入ると突然

作られなくなる。その背景には、森と日本人との関係の変化が深くかかわっ

ていたと考えざるえない。弥生時代の開幕は、大規模な森林破壊の開始の

時代でもあった。水田や集落の拡大の中で、平野周辺の森は破壊されて

いった。こうした森の破壊が進展する中で、縄文人が抱いていた森のこころ

が次第に失われていったのであろう。







「キリスト教が蛇を邪悪なものとした理由」



一神教は、大地の神のシンボルである蛇を殺すという性格をはっきりと持つ

宗教だった。バアル神の場合はカナンの人々の信仰の対象が大地母神から

バアル神に移っても、大地母神の象徴である蛇を殺すということはなかった。

バアル神が左手に蛇を握っているのは、雨量を支配する蛇を自由にコントロ

ールするという意味であった。ところが、一神教の場合は蛇を邪悪なものとし

て殺戮していくのである。「旧約聖書」には、有名な「アダムとイヴ」の物語が

ある。この物語の中で、イヴが神との約束を破るように誘惑し、彼女にリンゴ

の実を渡す動物は蛇である。それにしても、なぜ蛇なのか。誘惑する動物は

何でもよいはずだ。たとえばサルでもよいではないか。手のある動物のほう

がリンゴは渡しやすいと思うのだが、なぜか蛇がイヴにリンゴを渡す。その

結果、イブはリンゴを食べて、アダムと共に楽園を追放される。この一神教

が、人間の始祖が楽園を追放されるきっかけを作った動物として蛇を選ん

だ所に、一神教が蛇をシンボルとする大地の宗教、大地母神の宗教と闘わ

なければならなかったという、歴史的な背景が語られていると思うのである。

ここに蛇殺しの宗教としてのユダヤ・キリスト教が誕生したのである。西ローマ

帝国の都だったラベンナにある「戦うキリスト」と題されたモザイク画には、

左足で蛇を、右足でライオンを踏みしめた、鎧を着たキリストが描かれてい

る。そこには「真実の道は我なり」という言葉が書かれている。イスタンブー

ル考古学博物館には、もっとも初期の蛇を殺す聖者の像がある。キリスト教

の下では、蛇は邪悪なものとして、退治されるべきものという運命が担わさ

れたのである。


「魅せられたもの」1997.6.20「霊的な戦士」を参照されたし







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