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こそ喪失しないが、それらが狂気の性格のいっさいを現しているということである。 「超自然的認識」 |
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ったのですか」といわれたあのキリストと完全に同じ状態にされていたい。その特権を うるためなら、わたしは天国と呼ばれるものは全部よろこんで捨て去ってしまおう。 「超自然的認識」 |
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「ノート」 |
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いい。一瞬のたえまもなく、疲れも知らずに、赤ん坊が泣き叫ぶように・・・。みじ かくて終わりが定めなく、終わりが定めなくてみじかいこの地上での滞在のあい だ、ただこのように叫ぶこと、そして無の中へと消えて行くこと、---それだけでい いのではないか。それ以上何を求めることがあろう。・・・せめて、今から、死の瞬 間にいたるまで、わたしのたましいの中には、永遠の沈黙のうちにはてしなく叫ば れるこの叫びのほかには、どんな言葉もなくなってしまえばいい。・・・・・・ 「超自然的認識」 |
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その真理において愛することを欲する。真理への愛について語らず、愛に宿る 真理の霊について語らなければならない。・・・・・・・・・・・・・・ 「超自然的認識」 |
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「重力と恩寵」 |
2011.8.30 更新履歴より それは「夜」ヴィーゼル著で、当時15歳の少年がアウシュヴィッツの体験を記した本である。 何故読めなかったのか、何を恐れていたのか、自分の中でも漠然としていたものが明るみに 出されてしまうのが怖かったのか、その想いは最近本書を読んだ後も変わらなかった。本書 が描き出す地獄絵図、自分が生きてきた尺度では想像することすらできない深い暗闇の底。 私はこの暗闇が自分にも潜んでいることを恐れていたのかも知れない。だから本書を前にし ながらも開けようとはしなかったのだろう。今まで確かにユダヤ人虐殺(ホロコースト)の本は 何冊か読んできたが、熱心なユダヤ教の青年が 「私は原告であった。そして被告は神」と言 わしめた、その言葉に私自身耐えられるだろうかと怖れていたのかも知れない。そしてこの 証言を、証言を記録したこの文献を誰かに薦めようとは思わない。それ程、本書に描かれて いる地獄絵図は読者一人一人が人間の本質を、自らの力で考え、そして答えを出さなければ ならないことを暗に迫ってくるからだ。ただ自らが持つ暗闇、その暗闇から目を避けていては、 いつまでたってもこの世界は幻想であり、夢遊病者のように生きるしかない。シモーヌ・ヴェイユ が言うように「純粋さとは、汚れをじっと見つめうる力である。」の言葉の真の重さを私の心が 受け止める日が来るのだろうか。 この暗闇に勝てるもの、それは私たちの身近にある「美」の再発見なのかも知れない。どんな 小さなことでもいい。いつも私たちの傍にいて、語りかけようとしている「美」の声を聞き、その 姿をありのまま見ること。それが唯一、暗闇からの解放をもたらしてくれるのかも知れない。 「美」が暗闇の本質を照らし、暗闇の真の姿をさらけだしていく。常に自らの心の鏡を磨き、 「美」がそのままの姿で映ることを願うこと。そしてこの願いは「祈り」そのものかも知れない。 |
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自分の能力が駄目になってしまうほど打ちひしがれてしまいました。・・ モーリス・シューマンにあてた手紙より |
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と、愛の手段のほかの何ものでもなかった。神は、できるかぎりの距離をおいて、方々 に、愛することのできる存在者を創造された。ほかの者にはだれもそんなことはできな いので、神がご自身、最大限の距離をすすんで行かれた。このように神と神とのあいだ の無限の距離こそ、最高の分裂、ほかの者には何人も近よることすらできない苦痛、 愛の驚異であり、それが十字架であった・・・。この分裂をこえて、かぎりない愛が崇高 な一致のきずなを渡しているのであるが、分裂のひびきは、つねに絶えることなく、世 界の中を、沈黙の底に、引き裂かれ、融合した二つの音のように、まことの諧調のよう に鳴っている。それがまさに、神のみ言葉である。 |
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ひとつに、神の名をつけているにすぎない。このことにはどんな例外もない・・ 「超自然的認識」 |
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そのとき、ひとがそれまで知っていた美よりももっと純粋な美が啓示されるのだ。 「超自然的認識」 |
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任じる集団のほうに向かっていました。すくなくとも、それらの集団がいっさいの 共感を打ちひしぐ性質のものであることを意識するまではそうでした。・・・ ベルナノスにあてた手紙より |
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人間的環境のことである。自然や過去や伝統と交わっている状態である。 根をおろしている状態とは、群棲体とは別のものである。 「雑記帳第二巻」より |
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生の規範であり、目標であることをいつも信じてきました。それは、正しく生き る者にとっては、純粋であらわで確実で永遠的な真理が魂の中にはいる瞬間 なのだと考えていました。これ以外の幸福は自分のために願ったことは一度もないと云うことができます。 ペラン神父への手紙より |
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ふと視線を交わすとき、その視線がであう点に神が臨在したもう 「神を待ちのぞむ」 |
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るのである。人間はただ、じっと見つめ、待ちのぞむだけしかない。 「ノート」 |
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いう卵をつき破って出てくる金のつばさをもったひな鳥となるのです。それから、このひな 鳥は、宇宙の内側からではなく、外側から、一ばん初めに生まれたわたしたちの長兄である 神の「知恵」が宿りたもう場所から、宇宙を愛するようになるのです。このような愛は、神 においてではなく、神のみもとから出てきたかのように、人々やものを愛するのです・・・ |
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のものになっている場合には、たといそのために生きて行く理由を失わねばならないとし ても、敢然として自分の宗教を捨てる覚悟ができていなければならないだろう・・・・・ 「根をもつこと」 |
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みとめ、品物を見るような眼でない眼をもって、彼らを正しく見つめ、真に一つの発言 に耳をかたむけるような態度で、その声に真に聞き入りたもうことができる。不幸な者 たちの方も、そのとき自分たちも声をもつことに気づくのである。・・・・・・・・・ 「神を待ちのぞむ」 |
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チェスコの例が明らかに示している。かれの詩は、詩として完全であったばかりで なく、かれの生涯全部がいわば生きた完全な詩だった。たとえば、かれが独りで、 心霊修行をするために、また、修道院を建設するためにどのような場所をえらんで いるかということも、それ自体もっとも美しい詩であった。放浪も、貧乏も、かれに おいては詩となった。・・・・・・・・・・・・・「神への暗黙的な愛の種々相」 |
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存在論的証明の否定である。すなわちこの観念は、凡庸なものがみずから最良の ものを生み出すということを意味しているのだ。・・・・・・・・・「ノート」 |
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はいることのできる、真理の住む超越的なこの王国に接近することがどうしてもできない ということを、くやしく思っていたのでした。真理のない人生を生きるよりは死ぬ方がよ いと思っておりました。数ヶ月にわたる地獄のような心の苦しみを経たあとで、突然、し かも永遠に、いかなる人間であれ、たとえその天賦の才能がほとんど無にひとしい者であ っても、もしその人間が真理を欲し、真理に達すべくたえず注意をこめて努力するならば 、天才にだけ予約されているあの真理の王国にはいれるのだという確信を抱いたのです。 たとえ才能がないために、外見的にはこの素質が人の目には見えないことがあっても、こ の人もまた、こうして一人の天才となるのです。・・・・・・・・・「神を待ちのぞむ」 ヴェイユが14歳のころを述懐したもの・兄の異常な天賦 の才能に対して自分の凡庸さを意識せざる得なかった。 |
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すぎず、おそらくその貴重さはひとしいのです。ところがこのことが理解されていま せん。各人はこれらの伝承のひとつだけを生きており、他の伝承は外側からなが めているからです。・・・・・・・・・・・・・「ある修道士への手紙」より |
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おかれていないものはすべて、真理とは別のものである。・・・・「超自然的認識」より |
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へだたりを何より尊重することである。・・・・・・・・・・・・「重力と恩寵」より |
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生じるまでになったとき、その果てしなさを素直に受け入れ、愛しつつ、それをじっと見つめ つづけるならば、人は、この世からもぎ離されて、永遠にいたる。・・・「重力と恩寵」より |
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ペラン神父への手紙より |
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悲惨な状態にあったこのポルトガルの小村に、ただひとり、満月の下を、土地の守護聖人 の祭りの当日に、はいって行ったのでした。この村は海辺にありました。漁師の女たちは 、ろうそくを持ち、列をなして小舟のまわりを廻っていました。そして、定めし非常に古い聖 歌を、胸も引き裂けんばかり悲しげに歌っておりました。何が歌われていたかはわかりま せん。ヴォルガの舟人たちの歌を除けば、あれほど胸にしみとおる歌を聞いたことはあり ませんでした。このとき、突然、わたしは、キリスト教とはすぐれて奴隷たちの宗教である ことを知り、そして奴隷たちは、とりわけこのわたしは、それに身を寄せないではおられな いのだという確信を得たのでした。・・・・・・・・・・・・・ペラン神父への手紙より |
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民衆はパンと同じように詩を必要としている。それは言葉の中に閉じ込め られた詩ではない。そういう詩は民衆にとって何の役にも立たない。日々 の生活の実体そのものが詩であることを民衆は必要としている。このよう な詩は、ただ一つの源泉しか持っていない。その源泉は神である。このよ うな詩とは宗教にほかならない。 |
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殻を突き破ればそれでよいのです。あなたはすでに、その殻をつっつきはじめています。 卵とはこの可視的世界です。ひよことは愛です。愛とは神御自身であり、最初は目に見 えない萌芽として、すべての人間の内奥に宿っています。殻が突き破られて、存在がそ とに現れても、対象となるのはやはりこの世界なのです。・・・・・・・・・・・・・ ジョー・ブスケへの手紙より |
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どうか青い空や、日の出や、夕日や、星や、牧場や、花が咲き、 葉がのび、赤ん坊が育つのを、心から存分に味わい、たのしみつ くしてくださったらいいのに、と、何よりも願っています。一つでも美 しいものがあるところにはどこにでも、このわたしも一しょにいるの だとお思いになってください・・・・・・・・・・・・・・・・
死の数ヶ月前に、両親に書いた手紙 「純粋さのきわみの死」 田辺 保 著 北洋社より |
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