シモーヌ・ヴェイユ(ヴェーユ)への私の想い








「真理の証人とは、その一生涯、享楽とはどういうものであるかをついに知らなかった

人のことである。その一生涯、内なる戦い、恐れ、おののき、誘惑、魂の苦悩、霊的

苦痛を深く味わい尽くした人のことである。真理の証人とは、貧困のうちにあって、

卑しめられ、あざけられ、無視され、憎悪されて、真理のために証をする人のことで

ある。真理の証人とは、殉教者のことである」・・・・・・・・・・キェルケゴール


「ほんとうの知恵というものは、ひとびとから遠く離れたところでのみ見つけることが

できる。とてつもない孤独のなかでだ。そのためにはとにかく苦しまねばならず、遊び

気分でいては、まず見つかるものも見つからない。孤独と苦しみが、人間の頭を開く。

それがためにエスキモーはひとり遠くに出向いて、そこで自らの知恵を追い求める。」

イグジュガルジュク・・・・イヌイット(エスキモー)
「最初の教え ネイティブ・アメリカンの知恵と祈りの言葉」より引用






シモーヌ・ヴェイユの生涯は、「愛の狂気」に貫かれていると言って過言ではない。

彼女は多くの顔(哲学教師、工場の女工、従軍兵士)を持っていた。しかし、その

言動の根底にはこの世で虐げられている人々の不幸が、彼女の魂の奥深くまで

下り、その現実を直視し変革する義務を自覚していたことにある。彼女はどのよう

な社会的組織にも入ることを拒んだ。たとえその組織が社会の底辺に生きる人々

の味方であろうと、それが力を持つと容易に圧政者に変化することを感じ取ってい

たからである。彼女は社会的規範・道徳に対して何の疑問もなく自分自身を同化

させることを許さなかった。真理・絶対の光を追求し、その光が命じるままに行動

したのである。それ故、彼女の言動は多くの人々にとって理解出来ないものであ

り、自分の土台を揺るがせずにはおかないものであった。全くヴェイユは「火」そ

のものであり、近くに近づけば近づくほど、その人は火傷を覚悟しなければなら

ない。彼女の生涯は、その意味で「愛の狂気」の炎であり、キリストのあの自己

贈与の完全な姿に重力のごとく引き寄せられていったのである。・・・・・





ある事象が神に発していることを示す公準は、真理を宣言し正義を愛するという能力

こそ喪失しないが、それらが狂気の性格のいっさいを現しているということである。

「超自然的認識」





シモーヌ・ヴェイユは1909年パリに生まれたが、生まれつき体は丈夫ではなく血行障害の

に苦しむ。そしてヴェイユ、21歳のとき激しい頭痛が彼女を襲い、生涯に渡って彼女を苦し

めた。彼女の兄は後に世界的な数学者として知られたアンドレ・ヴェイユであり、少年の頃

からパスカルの才能に比較されるほどの天分の持ち主だった。彼女はその兄に対して、自

分が如何に凡庸であるかを思い知らされ、真剣に死ぬことを考えたが彼女はそれを超える。





外的な成功を得られないことを残念に思っていたのではなく、本当に偉大な人間だけ

がはいることのできる、真理の住む超越的なこの王国に接近することがどうしてもで

きないということを、くやしく思っていたのでした。真理のない人生を生きるよりは死

ぬ方がよいと思っておりました。数ヶ月にわたる地獄のような心の苦しみを経たあと

で、突然、しかも永遠に、いかなる人間であれ、たとえその天賦の才能がほとんど無

にひとしい者であっても、もしその人間が真理を欲し、真理に達すべくたえず注意をこ

めて努力するならば、天才にだけ予約されているあの真理の王国にはいれるのだと

いう確信を抱いたのです。たとえ才能がないために、外見的にはこの素質が人の目

には見えないことがあっても、この人もまた、こうして一人の天才となるのです。・

「神を待ちのぞむ」





彼女は思弁的な信仰を破棄する。まして真理が住む世界には思弁的な領域などどこにも

ないということを知っていた。「永遠に、いかなる人間であれ、たとえその天賦の才能がほ

とんど無にひとしい者であっても」その人には真理を見出す目を、生まれながらににして

持っているのである。多くの人はその真理を映す目が曇り、まるで夢の中を生きている、

のだとヴェイユは言う。ただヴェイユはどのような道を辿ればいいのかということについて

次のように語っている。そこには多くの宗教が持つ教義はない。それは一人一人の心に

或るものであって、自分自身の義務的な行為によってしか導き出されないものなのだ。





苦痛や極度の疲労がこうじて、たましいの中にこれは果てしなく続くのではないかと

の感じが生じるまでになったとき、その果てしなさを素直に受け入れ、愛しつつ、そ

れをじっと見つめつづけるならば、人は、この世からもぎ離されて、永遠にいたる。

「重力と恩寵」





AllPosters




卵が閉じこめている暗闇から真理の明るさの中に飛び出すにあたって、あなたはもはや

殻を突き破ればそれでよいのです。あなたはすでに、その殻をつっつきはじめています。

卵とはこの可視的世界です。ひよことは愛です。愛とは神御自身であり、最初は目に見

えない萌芽として、すべての人間の内奥に宿っています。殻が突き破られて、存在がそ

とに現れても、対象となるのはやはりこの世界なのです。・・・・・・・・・・・・・

ジョー・ブスケへの手紙より





長く暗い夜を耐え忍んだヴェイユの磨かれた曇りのない心の鏡は、真理の光を自分の

の周囲へとはね返す。彼女が、あれほど社会の底辺に生きている人々に、同情というあ

る意味での自己安泰から発する防御反応を示すのではなく、彼らの存在そのものが、そ

のものの重さとなって彼女の心に映し出されたのである。この鏡の純度が高ければ高い

ほど、その人は他の人々の不幸に対して無関心でいられることは不可能に近いことで

はないだろうか。チベットの無名な賢者も宮澤賢治も次のように告白している。





「あなたは幸せですか?」とわたしはたずねた。これに答えている間、涙が彼の頬を

伝い落ちた。「いや、幸せではない。純人間的な観点からすれば、わたしのような人

間は胸が張り裂けるほど孤独になることが多いものだ。わたしは人々を愛している

が、それでも彼らにしてあげられることがいかに小さいかがわかるのだ。深い悲しみ

がここにある。全世界が幸せになるまでわたしは幸せにはなれないのだ。その目標

に達するまでには長い苦難が、限りなく長い苦難が前途に横たわっているのだよ」

「チベット永遠の書」より





「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸せはあり得ない」 ・・・宮澤賢治





地球の表面を覆った不幸は、わたしの心に取り憑いて離れません。わたしは自分

の能力が駄目になってしまうほど打ちひしがれてしまいました。・・・・・

ヴェイユがモーリス・シューマンにあてた手紙より





だからこそ、ヴェイユは高校の哲学教師になった後も、当時最も虐げられていた労働者

階級へ接近しその先頭に立って行動したのであり、現実との接触をはかるため女工

として働いたのである。体が弱く激しい頭痛に悩まされていたヴェイユにとって、この

女工として生きた時間は死ぬ程つらいものだった。そして彼女は労働者の屈辱さを身

を持って知ったのである。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





そのときわたしは、ローマ人たちがもっとも軽蔑した奴隷のひたいに押し

つけた焼きごてのような奴隷のしるしを、永久に受けとったのでした。そ

れ以後、わたしはつねに自分自身を奴隷とみなしてまいりました。・・

ペラン神父への手紙より





疲労と病苦のどん底に加え、女工時代、及びスペインの戦場で味わった人間の悲惨

が、彼女を内面的なものへと向かせる。彼女はイタリアへと足を向ける。それは彼女

が最もひかれていたアッシジの聖フランシスコと出会う旅だったのである。この世の

あらゆる創られたものに対して、その内に宿る「美」「光」「生命」を聖フランシスコは、

心から感じることが出来た人だったのである。ヴェイユはサンタ・マリア・デリ・アンジェ

リの小礼拝堂にて、「ある力に逆らえず」、生まれて初めてひざまずく。そして次第に

キリストの十字架・受難が彼女の魂を生涯にわたって捕え尽くしていったのである。





たましいはただ、神の方にむかって、生命のパンに飢えていると泣き叫ぶだけで

いい。一瞬のたえまもなく、疲れも知らずに、赤ん坊が泣き叫ぶように・・・。みじ

かくて終わりが定めなく、終わりが定めなくてみじかいこの地上での滞在のあい

だ、ただこのように叫ぶこと、そして無の中へと消えて行くこと、---それだけでい

いのではないか。それ以上何を求めることがあろう。・・・せめて、今から、死の瞬

間にいたるまで、わたしのたましいの中には、永遠の沈黙のうちにはてしなく叫ば

れるこの叫びのほかには、どんな言葉もなくなってしまえばいい。・・・・・・

「超自然的認識」





自分が死ぬ前には、十字架にかけられて、「わが神よ、どうしてわたしをお見捨てにな

ったのですか」といわれたあのキリストと完全に同じ状態にされていたい。その特権を

うるためなら、わたしは天国と呼ばれるものは全部よろこんで捨て去ってしまおう。・

「超自然的認識」





そして彼女の魂は死の瞬間まで、虐げられている人とともに歩むことを見つめ、その

輝きに満ちた彼女の魂の鏡は真理・絶対なるものの光を、この世界へと放った。彼女

は、その死の瞬間まで洗礼を受けることはなかったが、それは、いつも彼女の魂がこ

の世の悲惨・不幸と共にあるために、このようなある意味での「特権」を拒否したのだ。

山の頂きが真理の住家だとして、多くの異なった登山道があるとする。しかし、彼女の

登った道はそのどれでもない。彼女はいばらの道、だれも足を踏み入れたことのない

道を選んだのだ。そこには宗教という名前はない。ただ、彼女の歩いた道は真理の、

絶対の光に導かれたものであるということだ。そしてその光はわたしたち一人一人の

心の中の卵にひそみ、わたしたちはその殻を破っていかねばならない。最後に、この

偉大な魂がどのような世界を持っていたかを的確に表現したものを紹介しようと思う。

この中に出てくる無名の女性はアウシュヴィッツの収容所で、多くの人と共に焼却炉

で焼かれたが、この無名の魂は、ヴェイユの魂と共に真理の、絶対の光を、その懐に

抱いていて、迷いやすい光への道をまるで灯台のように永遠に照らし続けるだろう。



AllPosters


それにも拘わらず、私と語った時、彼女は快活であった。「私をこんなひどい目に

遭わしてくれた運命に対して私は感謝していますわ。」と言葉どおりに彼女は私に

言った。 「なぜかと言いますと、以前のブルジョア的生活で私は甘やかされてい

ましたし、本当に真剣に精神的な望みを追っていなかったからですの。」その

後の日に彼女は全く内面の世界へと向いていた。「あそこにある樹は一人ぽっち

の私のただ一つのお友達ですの。」と彼女は言い、バラックの窓の外を指した。

外では一本のカスタニエンの樹が丁度花盛りであった。病人の寝台の所に屈ん

で外を見るとバラックの病舎の小さな窓を通して丁度二つの蝋燭のような花をつ

けた一本の緑の枝を見ることができた。「この樹とよくお話しますの。」と彼女は

言った。私は一寸まごついて彼女の言葉の意味が判らなかった。彼女は譫妄状

態で幻覚を起こしているだろうか?不思議に思って私は彼女に訊いた。「樹はあ

なたに何か返事をしましたか? -しましたって!-では何て樹は言ったのですか

?」 彼女は答えた。「あの樹はこう申しましたの。私はここにいる-私は-ここに-

いる。私はいるのだ。永遠のいのちだ。」V・フランクル著「夜と霧」みすず書房刊


 








AllPosters


大江健三郎 講演会より

平成19年5月23日、小松写真印刷創立110周年記念「第25回文化講演会」

「人間らしさということ」大江健三郎 講演 

ホテル・リッチ&ガーデン酒田

佐藤晶子・取材・文 和島諭、石丸篤司・写真

「SPOON(スプーン)」特別編集・ありがとう217号より抜粋引用


初めて広島に行った時、私は20代後半でした。広島原爆病院の初代院長、重籐文夫

先生が私に関心を持ってくださって、私は毎日、先生のところに通って、話を伺いました。

ある日、先生が「自分には非常に心残りなことがある」とおっしゃいました。原爆が投下さ

れた日からずっと被爆者の治療に携わり、毎日、何百人もの患者を迎えてきたが、亡くな

られる方も多かった。ある日、昼食を食べていると、若い医師がやってきて、こう言った。

「自分たちは、核爆弾で傷ついた人たちをどのように救っていいか、医学的な知識も臨床

経験もない。毎日、たくさんの人が苦しんで死んでいく。自分たちがやっていることに、意

味があるんでしょうか」。先生は答えた。「このように苦しんでいる人たちがいる。そして、

彼らが自分たちを必要としてくれる。自分たちは、できる限りの治療をするほかないじゃな

いか」。すると、その青年は黙ってしまった。そして、その日、自殺してしまった。「私は、自

分が言ったことが正しくないとは思わないけれども、あの時、こう言ってやればよかったと

思う。広島は焼けただれているが、この山を一つ越えれば、緑の山がある。そこへ行って、

一日休んでこい、と。それが言えなかったことを残念に思う」と先生は私に言われました。


重籐先生がなぜそういうことを言われたのか、私はホテルに帰って考えました。先生は、

自分の子供の問題で、どうすればいいかわからない私に、その青年医師と同じような表情

を見ていられたのではないか。そして、「きみの赤ちゃんが苦しんでいるならば、父親として

彼を受けとめてあげて、できるだけの治療を病院にお願いするほかないんじゃないか」と言

われたのだと思ったんです。そこで私は、自分を顧みる力ができた。顧みなければならな

いと思った。私は仕事を切り上げて東京に帰り、病院に行って、先生方とお話して、子供

の手術をしていただいた。それから、子供と私と家内との三人の生活が始まったわけです。


家内は、出産後の療養が必要でしたから、四国の森の中から母親が上京してきて、私の

世話を始めました。私は、母にあまり話をする勇気が出ない。毎日、暗い顔をして本を読

んでいる。母が、「そろそろ赤ちゃんの出生登録をしなきゃいけない時じゃないか。あなた

は子供の名前を考えているか」と言いました。そうだ、まだ名前も考えていない。彼と一緒

に生きていこうと決心しながら、彼が実際に生きていく準備を自分はまだ何もしていなかっ

たと気づいてもいたんです。私が黙っていますと、「あなたは、朝から晩までフランス語の

本を読んでいる。それはどういう本か」と言いますので、「シモーヌ・ヴェイユというフランス

の哲学者の本で、いまはそれが必要なんだ」と言いますと、母は「そのヴェイユさんの書

いた本の一ページを、ここで自分に読んでみせろ」と言うんです。言い始めると頑固な人

なんです。私をじっとにらんで、動かないんです。そこで私は、ヴェイユの著作から、イヌ

イットの民話を翻訳して聞かせました。どういう民話かというと、世界が始まった時、世の

中は真っ暗だった。カラスたちは、地面の上に落ちている穀粒を拾って、食べようとする

けれど、うまく見つからない。「もし世界が明るくて、目に見えたならば、どんなにいいだろ

うと、あるカラスが考えたそうです」と私は母に言いました。「そして、そのカラスが、心か

ら光がほしいと考えたその瞬間に、世界に光が満ちあふれ、太陽も、神によって創造さ

れて、地上に光が満ちあふれた。人間が本当に心から望むならば、その願いは叶えられ

る。シモーヌ・ヴェイユは、そのような意味の民話だと言っています」と私は言ったんです。


母は何か感慨深そうな顔をしていましたが、「そういう本を読んでいることはいいことだ」

と言い、再び子供の名前の話になりました。そこで私はつい、「お母さんがそんなに感心

してくださったんですから、カラスという名前にします」と言ったんです(笑)。母は本当に

腹を立てると黙ってしまう人で、この時も黙って自分の部屋に入ってしまった。翌朝、私

は母に謝りました。そして、「昨日の民話に出てきたフランス語の名詞には、カラスと光

と、二つがあった。だから、息子の名前は光にしようと思います」と言いました。ヴェイユ

はクリスチャンではありませんが、心から願うことは、人間にとって一番大切なことだと

言っている。私も、宗教を持っていませんが、ずっとそのことを考えながら生きてきたと

思っています。彼女はまた、「注意深くある」という心の動きが、その人間を一段高い所

に引き上げてくれる、とも言っています。


ヨーロッパには、聖杯伝説があります。聖杯は、イエス・キリストが磔にされた時に流れ

た血を受けた大きな杯だという説もありますが、その聖なる杯が、どこかに残っている。

それを手に入れれば、人間が望むものすべて手に入る。人類のために、その杯を探し

求めて、騎士たちが旅に出る、というのが聖杯伝説です。聖杯を持つ王が、傷ついて

病気になり、苦しんでいる。その王を探し出すことができた若い騎士が、どういう言葉を

かけたならば、彼はその王に信頼され、聖なる杯を授けていただけるか。それはこうい

う言葉だとヴェイユは言うんです。「あなたはどこがお苦しいのですか」。そう言うことの

できる人、それが聖杯を授けられ、人間に必要なすべてをこの世界に回復させること

のできる人間である、と彼女は考えていました。


子供が生まれて三年ぐらいは、毎月のように新しい病気が明らかになるという状態が

続きました。しかし、何とか生きていこうと彼はがんばっている。その子供に対して自分

ができることは、彼がどのように苦しんでいるのかを問いかけることだということを私

は学んでいました。彼はよく病気をするのですが、何とかそれを乗り越えて、一週間ぐ

らいすると回復してくるんです。私は、それが本当にすばらしいことだと思いました。

人間には、回復する力がある。だから、それを信じなきゃいけない。回復する子供、回

復する力を持った子供、回復しようとする子供を助けていくことが、親に、そして人間に

できることではないかと私は学んだように思います。そういう子供と一緒に暮らすこと、

子供について考えること、そしてシモーヌ・ヴェイユのことを考えることが、私の20代の

終わりから30代の初めにかけて何より根本的な勉強になったと思っています。


酒田市の「土門拳記念館」にて

「SPOON(スプーン)」特別編集・ありがとう217号より引用

(大きな画像)


 


2012年4月27日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



モーリス・ズンデル神父(1897-1975)



昨年の12月21日に簡単にモーリス・ズンデル神父の言葉を紹介しましたが、神父はそのユニーク

な思想のため教区を追われ、各地を転々とさせられます。私は神父の生涯を振り返ると映画「ラ・

マンチャの男」を思い出さずにはいられません。



「ラ・マンチャの男」は「ブラザー・サン シスター・ムーン」と共に私の宝物ですが、「ラ・マンチャの

男」の主人公セルバンテスは公衆の面前で教会批判の演劇をし、従者サンチョと共に投獄され、

宗教裁判にかけられます。



獄中で裁判を待つ間、他の囚人がセルバンテスが大事にしていた脚本を燃やそうとしたとき、

セルバンテスは弁明を求めます。



この弁明が「ドン・キホーテ」で、この物語の登場人物の役を囚人一人一人に与え、演劇を通して

自身の潔白を訴えていく物語です。



映画の主題歌「見果てぬ夢」も素晴らしく、いつまでも心に響いてやまない作品です。



話を元に戻しますが、もしズンデル神父が中世に生きていたら、間違いなくセルバンテスと同じ

ように異端として宗教裁判にかけられていたことでしょう。



しかし彼の視点はどこから産まれたのか、それはもしあると仮定するならば、あらゆる宗教の下

に共通の地層(泉)、そこにまで彼自身の根っこが伸びていたのではないかと感じてなりません。



ズンデル神父に限らず他の宗教の偉大な魂はこの根源的な地層(泉)まで自身の根っこを伸ば

しており、その宗教をより洗練されたものへ深めていった。



ズンデル神父で言えば、聖書の言葉に新たな生命を吹き込んだとでも言えるのかも知れません

が、それは聖書の言葉を文字通りに受け取るのではなく、その背後にある真意を汲み取ること

ができたとでも言っていいかも知れません。



勿論、この共通の地層(泉)が本当にあるかどうか私にはわかりません。



ただ、これからも既存の宗教や世界の先住民たちの偉大な魂は、この地層(泉)に触れ、私たち

に新たな生命を吹き込んでいくように感じてなりません。



最後にモーリス・ズンデル神父の言葉を紹介しますが、ズンデル神父がヴァチカンの黙想指導に

招かれたのは死の3年前のことでした。



☆☆☆☆



聴くこと! 何よりも貴い、何よりも稀な、しかし、何よりも必要な行為。いのちの深淵をあかしし

てくれるのは、ただ沈黙だけである。



☆☆☆☆



(K.K)



 

 


2012年4月11日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



映画「ブラザーサン・シスタームーン」



アッシジの聖フランシスコは神が創造した全てのものに神の息吹きを感じた、と表現してもいいかも

知れない。しかしサイトでも書いたように、私はその気づきとは違う次元、世界がありのままの姿で

映し出されている次元にフランシスコが立っていたのではないだろうかと感じてならなかった。



純度の高い鏡を持つ者においては、世界に存在するすべてのものが、その存在の重みそのものを

映し出している。



純度の高い鏡、それはアニミズムにも共通している。岩田慶治氏は「木が人になり、人が木になる」

の中で、アニミズムを次のように語り、この鏡の模範を鎌倉時代の禅僧・道元に見いだしている。



☆☆☆☆



「自分が鏡になってそこに天と地を映すといっても、鏡になるための・・・そのために精進努力する

・・・手がかりはない。



しかし、それにもかかわらず、自分のまえに、自分にたいして、天と地ではなくてそれが一体となった

全宇宙が訪れるということは、そのとき、自分がすでに鏡になっていたということである。



いわゆるアニミズム、あるいは本来のアニミズム経験というのは、木の葉のさやぎ、川の流れの音、

あるい草葉の露に全宇宙の規則をみることであって、その経験の時・処において、宇宙との対話が

成立しているのである。



つまり、自分が鏡になって、そこに天地を〈同時〉に映しているということである。」引用終わり。



☆☆☆☆



しかし、この鏡を持つということは別の姿を映し出すことになる。フランスの哲学者でレジスタンスでも

あったシモーヌ・ヴェイユは逆にこの鏡のために、人々の不幸がそのままの重さで映し出され彼女を

苦しめた。しかしそれでも彼女は力強く言う。「純粋さとは、汚れをじっと見つめうる力である」と。



聖フランシスコにとって心の故郷であった10坪にも満たないポルチウンクラの教会、そこでヴェイユは

生まれて初めて何かの力に逆らえずひざまずく。



自分に何が出来るか、それは決して大げさなことでないかも知れない。公園でガラスの破片が子供た

ちを傷つけないよう拾っている人もまた偉大な聖人だと私は思う。世間から大きな賞賛を受けなくとも、

どれだけそこに心を込めているか。



映画「ブラザーサン・シスタームーン」は私にとって、「ラ・マンチャの男」と並んで生涯大事にし続ける

映画かも知れない。



☆☆☆☆



「太陽の歌」アッシジの聖フランシスコ



神よ、造られたすべてのものによって、わたしはあなたを賛美します。

わたしたちの兄弟、太陽によってあなたを賛美します。

太陽は光りをもってわたしたちを照らし、その輝きはあなたの姿を現します。

わたしたちの姉妹、月と星によってあなたを賛美します。

月と星はあなたのけだかさを受けています。

わたしたちの兄弟、風によってあなたを賛美します。

風はいのちのあるものを支えます。

わたしたちの姉妹、水によってあなたを賛美します。

水はわたしたちを清め、力づけます。

わたしたちの兄弟、火によってあなたを賛美します。

火はわたしたちを暖め、よろこばせます。



わたしたちの姉妹、母なる大地によって賛美します。

大地は草や木を育て、みのらせます。

神よ、あなたの愛のためにゆるし合い、

病と苦しみを耐え忍ぶ者によって、わたしはあなたを賛美します。

終わりまで安らかに耐え抜く者は、あなたから永遠の冠を受けます。



わたしたちの姉妹、体の死によって、あなたを賛美します。

この世に生を受けたものは、この姉妹から逃れることはできません。

大罪のうちに死ぬ人は不幸な者です。

神よ、あなたの尊いみ旨を果たして死ぬ人は幸いな者です。

第二の死は、かれを損なうことはありません。

神よ、造られたすべてのものによって、わたしは深くへりくだってあなたを賛美し、    

感謝します。



☆☆☆☆



(K.K)



 

 


2012年3月4日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



「ひょっこりひょうたん島」

幼児期や思春期に受けたトラウマ(心的外傷)は、まるで自分の影のように張り付いて、死ぬまで

決して離れることはないでしょう。



この不安感や恐怖を背負いながら、そして自分を責め続ける自己嫌悪に陥りながらも、人は生き

ていかなければなりません。



ただ美しい魂や世界が、思い出すことさえ拒否してしまった心の扉を少しずつ開けてくれるのか

も知れません。



私の場合、それは母の眼差しであり、「鉄腕アトム」「ひょっこりひょうたん島」でした。美しいもの

に触れられたから、今の私があるように思います。



そしてこの美を探しつづける旅の道中で、アッシジの聖フランシスコインディアン世界の先住民

そしてシモーヌ・ヴェイユと出会ってきました。



この美を探し続ける旅に終着点はないのかも知れません。



何か湿っぽい話になりましたが、最後に私の好きな言葉を紹介します。リジュの聖テレーズ(幼き

イエズスの聖テレジア1873〜1897)は「薔薇の聖女」と呼ばれ、その生き方は薔薇の香りその

ものでした。



☆☆☆☆



困難なことにあったら、それをくぐりぬけなさい。



☆☆☆☆



(K.K)



 

 


2012年4月26日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



鳥越俊太郎さんの視点、ジャーナリストの中では数少ない平衡感覚を持った方だと以前から

思っていました。



ふとしたことで、鳥越さんのフェイスブック「ニュースの職人」の質問欄に投稿したところ、その

質問がネットのラジオで放送され、鳥越さんが解説してくださいました。



私の質問の意図は「ジャーナリストに必要な資質とは何だろう」で、それをある事件を例(高尚

なものではありません)として書き込みましたが、この放送の中で鳥越さんが話されたことを以

下に要約してみました。



☆☆☆☆



「事実と真実は違う。ニュースの画面で流れるのは事実だが、それは真実ではない。



真実はいろいろな角度から初めて見えてくるものだが、テレビや新聞のニュースではそれを

伝えきれていない。



私は長い間ジャーナリストをやってきたが、一度も真実を報道したことはないと思っている。



報道は一部の事実しか伝えていない欠陥商品で、私の基本的な姿勢は「報道は疑え」という

ことだ。



それはメディアは締め切りなど時間的な制約があり、事実だけを伝えることが多い。また取材

・編集・報道にそれぞれ違う人間が関わっており、それぞれの場にいる人間の主観によって

伝え方が変わってくる。



その意味でテレビなどの映像は事実だが、真実は伝え切れていないし、新聞も同じである。



真実、それは自分がどんなに真実に迫っていると思っていても、真実は神様しか知らない世界

にある。



それでも私が今までジャーナリストとして目指していたものは、今日は真実を伝えられなかった

が、明日は一歩でも二歩でも奥深い真実に迫ろうとする努力。



これがジャーナリズムの使命だと僕は思う。」



引用終わり



☆☆☆☆



この姿勢はジャーナリストに限らず、自分が信じていること(価値観や宗教も含めて)にも求め

られているのではと思います。



「真実を映し出す鏡」を心に持とうとしても持てるものではありませんし、たとえ手に入れたとし

ても直ぐ曇ってしまうものかも知れません。



しかしそれへと向かう、その方向性を持ち続けることにこそ大きな意味があるのだと感じて

なりませんでした。



(K.K)



鳥越俊太郎「ニュースの職人」チャンネル



 


アシジの聖フランシスコとシモーヌ・ヴェイユ


光の証人たち インディアン・ヴェイユ・聖フランシスコ 1997.12/3


次の関連項目も参照されたし

「魅せられたもの」1999.1.30 「未来を守る無名の戦士たち」

「魅せられたもの」1997.12/31 「与え尽くし」

「魅せられたもの」1997.4/13 「シモーヌ・ヴェイユの言葉」

「心に響く言葉」1996.12/8 「ジョージ・ハーバート 愛 」







美に共鳴しあう生命

シモーヌ・ヴェイユ(ヴェーユ)

ホピの預言(予言)

神を待ちのぞむ(トップページ)

天空の果実

神を待ちのぞむ トップページ


最初に戻る

サイトマップ


AllPosters