1997.1.27

「チベット永遠の書・宇宙より遥かに深く」
T.イリオン著 林 陽 訳 徳間書店
この本を知るきっかけとなったのは、アメリカ・インディアンのホピ族の予言の書
「ホピ 宇宙からの予言」を通してだった。ホピ族の人は分かたれた白い兄が、
いつの日にか戻ってくることを確信している。その日には、世界に大いなる浄め
の日が訪れ多くの不純な者がその裁きに会うというものだ。しかしその白い兄
が誰なのかはわからない。ただその者はホピ族の人が先祖代代にわたって何
千年と守り続けた、ある石版の破片を携えてくるという。この「白い兄」に関して
は、ホピ族の長老の間の中でも明解な答えは出ていない。東洋から出てくると
いう者もいれば、それはチベットに住む者だという人もいる。何故チベットなのか
その理由も私にはわからないが、インディアンの人が「チベット」に関して、ある
共通点を感じたからなのではないかと思った。そこでテレビでしか「チベット」に
関する情報を持っていなかった私にとって、チベットの精神文化に触れることも
必要であると思い、この「チベット永遠の書」ととの出会いが生まれた。・・
T.イリオンという類い希な探検家、神秘思想の持ち主でしか為し得なかった業績。
彼はまだチベットが外界から孤立していた時代に、この国の奥深くまで潜入に成功
した数少ない西洋人の一人である。そこには年をとらない賢者の姿、そしてそこに
宿った深遠な叡智の言葉。これらの賢者たちは、また暗黒の王国が地底に存在す
ることを知っていた。イリオンは神の計らいなのか、その暗黒の地底に降り、「光の
君」との会見に臨む。そこで彼が見たものは、死体を蘇えらせ、自分の僕として使う
もの。死体を切り刻むもの。彼が見たものは、まさしく著作の中に書かれている堕
天使(神のようにならんと欲し、そのために自らの栄光を失った天使たち)そのもの
であった。イリオンはこの地底の秘密結社に入ることを「光の君」から誘われるが、
その本性を知った彼は、「光の君」に向かって一喝する。「創造主の名において命ず
る!下がれ ! 」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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私自身この本を書いたイリオンの言葉を、そのまま信じていいものかどうか迷った。
ただこの本の第一部に書かれていた賢者たちの出会いとその豊潤な言葉の中に、
イリオンという人物が持つ真理に対する誠実さが深く感じられ、この著作に書かれて
いることは限りなく真実に近いのではと思うようになった。それ程、この本の中に出
てくる 賢者たちの言葉 はわたしの心をとらえて離さなかった。・・・・・・・・
イリオンの本を読みながら、私は以前同じような本を呼んだことを思いだしていた。
それは「あくまとのインタビュー」というものだった。ドミニコ・モンドローネ神父という
方が実際に悪魔の出現を受け、その会話の内容を詳しく書いたものだが、このよう
な話は聖人伝の中に多く見かけられる。アッシジの聖フランシスコもそうであったよ
うに。そして何故かひかれているピオ神父もまた、悪魔の出現に苦しめられた。・
「あくまとのインタビュー」ドミニコ・モンドローネ神父 世のひかり社
「ピオ神父の生涯」ジョン・A・シュグ著 甲斐睦興訳 聖母の騎士社
「第三の眼」あるラマ僧の自伝 ロブサン・ランパ著 白井正夫訳 講談社・・・・真偽については不明
チベットのある賢者の言葉
みなさい。世界は人間の無明によって、おぞましい喜劇と受難の場と化している。
誰もが自分本位に生きている。それは、利己主義が自分の幸福にとって必要だ、
と誤って考えているためだ。他人の苦しみを犠牲にして幸福を追い求めることが、
この世のすべての苦しみをつくり出しているのだ。この瞬間にも世界のあちこちか
ら響いてくる苦悩の叫びをすべてきくことができれば、あなたは決してそれに耐え
ることはできまい。それほど悲痛な叫びなのだ。友よ、あなたがこのようなことを
知っていれば、何もせずにいられるだろうか? 症状を和らげるのではなく、原因に
直接向かうことだ。あなたの心を変えることだ。心が変われば、あなたは自分の
教えに生き、その生きた実例によって世界に影響を与えることだろう。・・・
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「あなたは幸せですか?」とわたしはたずねた。これに答えている間、涙が彼の頬を
伝い落ちた。「いや、幸せではない。純人間的な観点からすれば、わたしのような
人間は胸が張り裂けるほど孤独になることが多いものだ。わたしは人々を愛してい
るが、それでも彼らにしてあげられることがいかに小さいかがわかるのだ。深い悲
しみがここにある。全世界が幸せになるまでわたしは幸せにはなれないのだ。そ
の目標に達するまでには長い苦難が、限りなく長い苦難が前途に横たわっている
のだよ」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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人生は素晴らしい。人生は輝かしいものだ。
目まいを起こすほどの高みとおぞましい奈落の底との間を人は常に選べる。
何事も相対的であり、確定したものは何もない。
これを悟るなら、あなたは少年のような心で生きることができるだろう。
子どものような心を持って生きるときのみ、人は生きるに値するものとなるのだ。
そうすれば、多くの事柄を知っても優越感を感じなくなる。
わたしは、自分が例外的な人間だとは思ってはいないのだよ。
人類にただ仕えているにすぎないのだ。
わたしは生き、愛している。
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自分自身を理解することだ。自分を理解することと較べれば、人を理解することの方が
はるかにたやすい。君は、自分の子供を理解するより他人の子を理解することの方が
楽だと考えたことはないか? あることに対して偏見を強め利己的な関心を増せば増す
ほど、それを理解するのがますます難しくなるのだ。自分ほど客観的に判断すること
の難しいものはない。自分自身に完全に目覚めるよう人々に語ることだ。自分自身の
動機を絶えず調べ、自分自身に率直になるよう人々に語ることだ。それが自分に欠け
ているものを知るための第一の条件であり、理解に向けての第一歩といえるだろう。
結局、とても簡単なことなのだよ。愛することだ。深く、深く愛することだ。そして、愛が
自己中心性という毒から自由になっていれば、それだけ深く理解することになるから、
あなたは人に対して優越感をもったりしなくなる。真の愛が理解を呼べば、この理解
が、「霊的傲慢」という恐るべき落とし穴から人を救うのだ。・・・・・・・・・・
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全世界が新しい生命観を必要としているのだ。西洋は霊性を放棄し、東洋は物質を放棄
している。宗教的になろうと努めている僅かな数の西洋人は、東洋の一般庶民と同じよ
うなものだ。彼らも物質を放棄している。そして、いわゆる「宗教」から離れようと努めて
いる僅かな数の東洋人は、ほとんどの西洋人と同じく物質主義者になっている。われわ
れが新しい生命観を生み出さない限り、東洋と西洋のいずれもが滅亡の危機にさらさ
れことになるだろう。物質と霊性の両方をもつ新しいタイプの人間性が必要なのだ。そ
のような人間のみが、真に人と呼ぶに値するものではないかね。物質を捨て去る人間
も、霊性を放棄する人間も、決して人たりえないのだ」・・・・・・・・・・・・・
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実在、真理、生命、神、永遠、すべてを包み覆う愛---これらはみな、同じ一つのもの
なのだ。真理をみつけることは君にはできまい。なぜなら、私的真理を掴んだ瞬間に、
それはすでに真理ではなくなっているからだ。われわれは、生きている限り探究し続け
なくてはならないのだ。人生が決まりきったものであれば、そこに何の意味があろう
か? 人は人生に揺すぶられれば揺すぶられるほどよいのだ。決して満足に陥って
はならない。特に、自分自身に対して」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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「行く手に落とし穴はないのでしょうか?」とわたしは息を切らせながらたずねた。
「一つある。それはあらゆる罪の中で最たるもの、つまり霊的傲慢だ。愛によって
心が深い霊的理解に開かれても、そこで得た光を慢心によって誤用すれば、
真の自分に対する最大の罪を犯すことになるのだ」・・・・・・・・・・・・