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Mr.ボージャングル |
各作品の前の
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Vyatcheslav Kagan Paley AO-Records |
各作曲家のAVE
MARIA9曲の独唱。これほど深い
情感を湛えるAVE MARIA集を聴いたことがない。
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クリュイタンス指揮 ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン) ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス(ソプラノ) エリザベート・ブラッスール合唱団 パリ音楽院管弦楽団 EMI |
ひとつの魂が死の淵に沈み、そして天界へとゆっくりと持ち上げられ
最後にあふれる光に包まれる。「鎮魂歌」・レクイエムの最高傑作。
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ジンマン指揮 ロンドン・シンフォニエッタ |
アウシュヴィッツにて演奏されるグレツキ作曲「悲歌のシンフォニー(交響曲)」
悲しさを湛えながらも、深い祈りへと心を導いてゆく稀にみる傑作。
わたしの愛しい息子はどこへ行ってしまったの?
きっと蜂起のときに 悪い敵に殺されたのでしょう
人でなしども 後生だから教えて
どうしてわたしの 息子を殺したの
もう決してわたしは 息子に助けてもらうことはできない
たとえどんなに涙を流して この老いた目を泣きつぶしても
たとえわたしの苦い涙から もう一つのオドラ川ができたとしても
それでもわたしの息子は 生き返りはしない。
息子はどこかで墓に眠っている
でもわたしには、どこだかわからない
いたるところで 人に聞いてまわっても
かわいそうな息子は、どこかの穴の中で 横たわっているのかもしれない
暖炉のわきの自分の寝床で 寝ることもできたはずなのに
神の小鳥たち、どうか息子のために さえずってあげて
母親が息子を 見つけられないでいるのだから
神の花よ、あたり一面に 咲いてください
せめて息子が楽しく 眠れるように
オポーレ地方の民謡 沼野充義訳 「グレツキ・悲歌のシンフォニー」パンフレットより
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wifon |
ポーランドでグレツキと同じ独裁政治の中を生き抜いた。「黒衣の天使」と呼ばれ
国民からの圧倒的な得る。哀しみを湛えた表現力とほとばしる炎の情熱のライブ
だが、これほど歌に感情移入出きる人は滅多にいない。
エヴァ・デマルチクに寄せて
エヴァ・デマルチクをわたしが最初に聴いたのはラジオだった。その頃はまだ彼女を
知らなかったが、目のくらむようなテンポ、滝から落下するような言葉、言葉、言葉が
大理石の階段から撒き散らされた真珠のように思われた。その上一つ一つの言葉
がはっきりと聞き取れるのだった。そして彼女の声。それは一度聴いたらもう決して
忘れられない。それがわたしの最初の印象だった。ポーランドの音楽界に新しい時代
が生まれた。エヴァ・デマルチクは、若い作曲家たちにだけ新しい時代を開いたので
はない。彼女の、自分が歌う詩を選択する姿勢そのものが、わたしたちに詩人を聴
くことを教えたのだった。それらの詩人たちは若くして戦死したり、殺害された者た
ちだった。それらの若い詩人たちの残酷なまでに美しい言葉に輝きと、彼らの悲劇
の深さを表現することに成功したのだ。あのラジオの歌を聴いた日から長い年月が
経った。その間わたしは、彼女がデビューし、彼女のスタイルを作り上げたクラクフ
のキャバレー「羊窟座」や他の大きなコンサートで何度も彼女に感嘆した。エヴァ・
デマルチクは、自分自身の好みに忠実であり、昔の歌に戻る。そして、その非の
打ち所のない、そして忘れることのできない声と、感嘆すべき詩の解釈でわたし
たちを魅了し続けているのだ。
アンジェイ・ワイダ
(「地下水道」「灰とダイヤモンド」など数々の作品で著名なポーランドの監督)
1992年6月15日
☆キャバレーとはポーランドでは市民的芸術の場という意味である。
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ALIENOR |
心が倒れそうになっていた20代の頃、毎日のように「黒人霊歌集」を
聴いて安らぎと共に多くの勇気をもらいつづけていた。最初の頃は、
マヘリア・ジャクソン(1958年 Newportのライブは傑作)ばかり聴い
ていたが、同じ黒人霊歌を歌っていたマリアン・アンダースンを聴い
た時、鳥肌が立ってしまった。巨匠トスカーニに「100年に一度しか
聴けない素晴らしい声」と称したが、彼女の特質はその低音に魅力
が発揮されていると思う。勿論独特な声質と奥行きのある歌い方は
素晴らしいが、低音で黒人霊歌を歌う彼女に私は魅せられていた。
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「アラム聖歌集 エステル・ラマンディエ(歌)」 録音 1989.9 シルヴァーネ修道院 ALIENOR |
キリストが生きていた時代に使われていたアラム語
で歌われる、素朴なメロディーが胸を打つ。・・・
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女子パウロ会 |
テゼ(カトリック、プロテスタントが共に神への賛美を歌う集会)の時に歌われ
るものだが、まさに「祈り」へと心は導かれ透き通った風に心は吹かれゆく。
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「アイルランドの嵐」「ケルツ」「ウォーターマーク」「Shepherd
Moons」
「The Memory of Trees」の五枚のCDを持っているが、透明感溢れる歌声
と、この世のものと思われない調べに魅了されられる。・・・・・・
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オリジナル・サウンドトラック ヴァンゲリス |
映画「炎のランナー」の音楽を集めたものだが、この曲を聴いていると不思議に
「力」「勇気」「希望」が湧き出てきてしまう。もちろん映画も素晴らしく感動的である。
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映画「ラ・マンチャの男」より |
1972年制作の映画だが、この曲を聴くと今でも目頭が熱くなる。
私にとっては青春そのもののような心踊る数少ない歌であり、
熱くこみ上げてくるものを禁じ得ないものなのだ。
「見果てぬ夢」騎士遍歴の唄
夢は稔り難く (ゆめはみのりがたく)
敵は数多なりとも (てきはあまたなりとも)
胸に悲しみを秘めて (むねにかなしみをひめて)
我は勇みて行かん (われはいさみてゆかん)
道は極め難く (みちはきわめがたく)
腕は疲れ果つとも (うではつかれはつとも)
遠き星をめざして (とおきほしをめざして)
我は歩み続けん (われはあゆみつづけん)
これこそは我が宿命 (これこそはわがさだめ)
汚れ果てし この世から(けがれはてし このよから)
正しきを救うために (ただしきをすくうために)
如何に望み薄く 遥かなりとも (いかにのぞみうすくはるかなりとも)
やがて いつの日か光満ちて (やがていつのひかひかりみちて)
永遠の眠りに就く時来らん (とわのねむりにつくとききたらん)
たとえ傷つくとも (たとえきずつくとも)
力ふり絞りて (ちからふりしぼりて)
我は歩み続けん (われはあゆみつづけん)
あの星の許へ (あのほしのもとへ)
(福井峻訳「見果てぬ夢」<騎士遍歴の唄>)
(1985刊 「ラ・マンチャの男」パンフより)
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フルトヴェングラー指揮 エリザベート・シュワルツコップ(ソプラノ) エリザベート・ヘンゲン(コントラルト) ハンス・ホップ(テノール) オットー・エーデルマン(バス) バイロイト祝祭管弦楽団及び合唱団 |
1942年、ナチス・ドイツ時代に指揮するフルトヴェングラー。しかし彼は
1933年、ヒンデミッド(ナチスの意向に沿う作曲を拒否し弾圧を受ける)
事件に対し、ナチスと対立。1938年、ドイツのオーストリア併合後、ナチ
スによるウィーン・フィル解散を阻止。1939年、第二次世界大戦が勃発
するがドイツに残り、国内のユダヤ人音楽家を庇護した人物です。戦後、
戦時中のナチ協力を疑われ、演奏禁止処分を受けるが、無罪判決を受
け、1947年に音楽界に復帰する。このCDは1951年に演奏されたも
ので、彼の最高傑作と言われています。1954年68歳にて死去。
私自身、ベートーヴェンの人生そのものに強い感動を覚える。ロマン・ロランの
「ベートーヴェンの生涯」という名著に触れて、その想いをまた新たに感じた。
この第九はベートーヴェンの魂の結晶とも言える素晴らしい作品であり、深く
そして強く心を揺すぶるものである。そして指揮のフルトヴェングラーこそ、
ベートーヴェンの訴えたかったものを真に聴くことができた偉大な天才である。
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JUDY COLLINS 「TIMES OF OUR LIVES」から |
ミュージカル「キャッツ」の主題歌として知られているこの歌は、多くの歌手に
よって唄われているが、私はJUDY COLLINSのものが一番感銘を受ける。
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ヨハネ・パウロ二世 語り、歌 |
ヴァチカンのヨハネ・パウロ二世の語り・歌が、魂を深い祈りへと導く
傑作CDの一枚である。キリスト教の信仰を持っていなくても、この祈り
の歌声に魂が清められてゆくのを身体の芯から感じることだろう。
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スーザン・オズボーン Della |

「サイレント・ナイト」は「きよしこの夜」という名前で有名であるが、このCDは宗教的な
意味だけに留まるものでなく、またクリスマスの時期に留まるものでもない。そこには
魂の「癒し」が流れている。心が疲れきっているときや、希望が見出せないと感じると
き、これらの旋律は不思議な癒しの感覚をもたらし、傷ついた魂を暖かい光の懐へと
導いてゆくだろう。スーザン・オズボーンの深く清らかでいて温かい声に魅せられる。
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作詞/作曲:寺島尚彦 |
2001年9月、アメリカで大量・無差別テロが起りましたが、このテロへの過剰な報復が
更なる憎しみを産まないように願っています。随分前にNHKの「みんなの歌」で紹介された
「さとうきび畑」という反戦歌があります。最初にこの歌を聴いたとき涙を流していました。
幼少の頃、私は奄美大島に住んでいました。青い海と蘇鉄、ハブ、そしてさとうきび畑。
子どもたちは私も含めて畑に行って良くさとうきびを食べたものですが、このさとうきび畑
を舞台とした鎮魂歌、それが「さとうきび畑」です。幸いなことにこの曲はインターネット上
でダウンロード(music.co.jp)することが出来ます。ちあきなおみの歌を通してこの曲を知
りましたが、やはり今でも「ちあきなおみ」の情感あふれる歌声が心に響きます。ちあき
なおみの大全集のCDに、この「さとうきび畑」が収められておりましたが、今でも売られ
ているのか不明です。
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ミュージカル「オケピ」 |
私は若い頃の布施明の甘ったるい歌い方が嫌いだった。しかし、1975年前後
NHKの番組で歌った「ミスター・ボージャングル」という物語風の名曲を布施明が
歌っているのを見て、テレビに釘付けになっていた。この曲はある程度、人生経験
がないと唄えない歌だ。そんな曲を実に見事に表現しきっていた布施明の真価を
知ったのはこの時だった。上の映像は三谷幸喜脚本・演出のミュージカル「オケピ」
の中で中年のオーボエ奏者(布施明)が、20年ぶりに別れた娘と会う場面である。
この「オケピ」はチケット販売と共に直ぐ完売となったほどの人気だった。下の映像
は私が最も感銘を受けた曲の一つ「ミスター・ボージャングル」で、ジェリー・ジェフ・
ウォーカー、ボブ・ディラン、ニーナ・シモンなど多くの歌手が歌っているが、魂を揺さ
ぶる世界を見せてくれたサミー・デイヴィス・Jrの「ミスター・ボージャングル」である。