「アッシジの光」

詩・絵/葉 祥明

英仏訳/マリアの宣教者フランシスコ修道会

自由国民社







この絵本は著者と聖フランシスコ、そして100年前はるばる日本にやってきた5人の

シスターたちとの心のつながりの中で紡がれた美しい絵本です。聖フランシスコの魂を

自らの中に根づかせた著者による言葉、そして透明感あふれる挿絵には、希望と安ら

ぎの光が横たわり、不思議と癒されていく自分を感じていました。そしてある一つの出会

いを思い出さずにはいられませんでした。それは私がまだ洗礼を受ける前のことです。

桐生にある聖フランシスコ修道院の黙想会に参加したことがあります。その中に60代

と思われる気品あるフランス人のシスターに出会いました。この方の修道会(名前は聞

きませんでしたが)は北海道から沖縄まで数名のシスターで回り、人が嫌がる仕事をし

ながら宣教なさっているとのことでした。その話を伺ったとき「どうしてそんなことが人間

に出来るのでしょう」と聞くと、「いいえ人間の力では出来ません。神の力があるからこそ

出来るのですよ」とおっしゃいました。遠く故郷フランスから日本に来て、ずっとこのよう

な仕事をしながら生きている人間に衝撃を受けた私にはこのような疑問しか浮かばな

かったのです。そのシスターの微笑みと言葉、それは教会から離れてしまった私の心

に今でも焼き付いています。そしてこの「アッシジの光」という絵本を読んだとき、この

シスターのことが懐かしく思い出されてなりませんでした。神の呼びかけに「はい」と

応えたこのシスターの単純な、そして高貴な姿。この一期一会の出会いは私の心に

生きつづけています。

(K.K)


 








この絵本は、「マリアの宣教者フランシスコ修道会」が、1898年に熊本のハンセン氏病

患者の救済施設をつくるため、フランス人4名とカナダ人1名の修道女を派遣してから

100年が経ったことを記念して創作されました。ちょうど画家・葉祥明さんが、NHKの番

組「わが心の旅 - イタリア聖なる光の中で」(1999年2月6日放送)の取材で、イタリア

のアッシジへ旅し、その地の自然の中で神や聖フランシスコと交わした心の交流を、詩

の型に書き留め、自身で絵を描いて「心の絵本」に仕上げました。お読みいただいて、

皆さまのお心に平安が訪れることを願ってやみません。(本書より引用)


 
 


この世であなたが

出会う人びとは

すべて、神の御使いです

あなたの助けを

必要としている人も

あなたを苦しめ

批判し、痛めつける人も

また、神の使者です

かれらはあなたから

愛を引き出し

神の元に

運んでくれるのです





人びとに伝えなさい

美は豊かにある

この世のすべてが美だ!

争いを止めて

美を味わいなさい





そして

わたしたちは、アッシジの聖フランシスコさまのように

神さまの呼びかけに応えて、1898年

海をこえて、日本にやって来ました

最も貧しく、みじめに捨て去られていた

兄弟、姉妹のお世話をさせて頂くために


今も神の呼びかけは続いています

それは、あなたにとって、何ですか?


 


無条件に「はい」と応えて100年


今から100年前・・・・・・・


パリ外国宣教会のコール神父様より、熊本のハンセン病患者のお世話のために会員派遣の

呼びかけがありました。マリアの宣教者フランシスコ修道会創立者マリ・ド・ラ・パシオンは、こ

れを聖フランシスコの呼びかけと受けとめ、「はい」と応えました。


そして、極東の地、日本に5名のシスターを遣わすにあたり、次のように言いました。


「行きなさい。ペトロ・バプチスタとその同士が血で洗い清めた彼の国に、再びフランシスコの

花を咲かせるために・・・。日本の国でイエス様が人びとから愛されるようにしてください。貧し

さがあなた方を待っているでしょうが、勇気を出しなさい。神様が助けてくださいます。人びと

に善を行なうため、最初から土地の言葉を学び、日本人のように生活してください」


5名の会員 マリ・コロンブ、マリ・ベアタ、マリ・ピュルテ、マリ・アニック、マリ・トリフィンは

「はい」と応えました。

若いシスターたちは、土地の文化や習慣のすべてに興味を示し、よく笑い、よく学び、辞書を

片手に人びととよく交わりました。それでわずか1ヶ月程で日本語が少し分かりはじめました。

こうして、多くの人びとと友だちになりました。


それ以来・・・・・・・

日本でも、会の世界宣教の使命は、常に、各時代の教会の呼びかけに「はい」と応えながら

継承されていきました。神様はご自分の愛の御業を「はい」と応えた人間の手によって歴史

の中に描かれます。


創立者の生き方は神に対して、神のいのち、神の美しさが示される時、いつも「はい」と応え

ることでした。本当の自由と喜びは、まったく開かれた心の中にあります。神の愛によって創

られて「在る」すべての人は、自分が認識している私を越えて 「在る」存在です。この尊い

存在が「私があなた方を導いた・・・・・・・ これからも導くであろう・・・・・・・」と言われる神に

信頼して 「はい」と応える時、真のいのちを生きることになります。

このことによってのみ、神の御心が実現されていくのですから・・・・・・・。


 


2012年2月15日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

画像省略


「こころの本」絵馬師 殿村進 宙(おおぞら)出版より引用



「今生の栄えを

想わず

後の世の

花となれ」



☆☆☆☆



「私たちの生き方では、政治の決め事は、いつも七世代先の人々のことを念頭におきながら行われる。

これからやってくる人々、まだ生まれていない世代の人々が、私たちよりも悪い世界で暮らしたりする

ことのないように、できればもっと良い世界に生まれてこられるように心を配るのが、私たちの仕事な

のだ。私たちが母なる大地の上を歩くときに、いつも慎重に一歩一歩進むのは、これから生まれてくる

世代の人々が、地面の下から私たちのことを見上げているからだ。私たちはそのことを、片時たりとも

忘れない」



オレン・ライオンズ(オノンダーガ族)

「ネイティブ・アメリカン 叡智の守りびと」築地書館より



☆☆☆☆



随分昔、桐生にあるフランシスコ会修道院の黙想会に参加したことがあるが、一人のフランス人シスター

も来ていた。年齢は50くらいだったがとても顔立ちが美しい方で、仲間のシスターと共に人の嫌がるような

仕事をしながら日本全国を回っているという。私は彼女のそんな話を聞いて「何故そのようなことが出来る

のですか?私には絶対出来ない」と言うと、「人の力では出来ません。神様がいるから出来るのですよ」と

にっこり微笑んでいた。



前の職場では同僚だった男性を私はずっと嫌っていた。頭は切れるし弁は立つ、そして豪傑と言ってもい

いほど肝が座っている人だった。私は羨ましい想いや少し生意気な態度に腹を立てていたのかも知れない。

そんなある日、仕事上のことで彼と喧嘩した。彼は驚いたように私を見ていたが、それから一緒に酒を飲む

仲になった。その後、いろいろ大変なことを経験しながら彼の目は内面に向かうようになり、職場を捨て

高野山に出家した。



☆☆☆☆



私のような世俗に生きる人間に出来るかどうかわからないが、「後の世の花となれ」を心の片隅にでも

持ち続けていたいと思う。



(K.K)



 







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