Father James Martin's Lourdes diary | America Magazine


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2012年1月11日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



「ルルドの奇跡」で有名な聖ベルナデッタ(1844年〜1879年)の写真です。



昨日(1月10日)の投稿は少し気合が入りすぎたかなと思いますが、今日も少しだけ真面目に、

長くなりますのでお付き合いください。



私は教会を離れた身です。それは教会が悪いのではなく私自身の弱さ、未熟さがそうさせた

のだと断言できます。話は前後しますが、私は結婚する1ヵ月前にカトリック教会で洗礼を受

けましたが、それはアッシジの聖フランシスコを通してキリスト教に惹かれていたからだと思い

ます。



新婚旅行で、このアッシジ、そしてバチカンを巡りました。当時バチカンにはヨハネ・パウロ2世

に日本語を教えていた西山神父さんがいました。私の妻の知り合いで西山神父さんを知って

いる方がおり、その紹介で私たちは、バチカン宮殿の立ち入りを許可されていないところまで

案内してもらいました。



アッシジでは聖フランシスコゆかりの地を巡礼しました。このアッシジで強く心に残っているのは、

聖フランシスコに語りかけた十字架、彼ら兄弟会の心の故郷ポルチウンクラという小さな礼拝

堂、そして聖フランシスコの精神を最も体現したと言われる聖クララの遺体です。



聖クララの遺体は黒くミイラ化しているものの、死後750年経っても腐敗を免れています。写真

の聖ベルナデッタも死後130年経っても腐敗していません。この「腐敗しない」体というものをど

う捉えていいのでしょう。ちなみに教会には沢山の聖人がいますが、その全てが腐敗しないと

いうことではないのです。アッシジの聖フランシスコもそうですし、前の投稿で紹介したピオ神父

もその遺体は腐敗していました。



この答は一人一人違うのかも知れませんし、現代科学では説明できなくとも将来その秘密が

解明される時が来るかも知れません。ただ当時の私は深く考えもせず不思議な光景だとしか

見ていなかったように思います。バチカン宮殿の奥にあるヨハネ・パウロ2世の「祈る部屋」に

は十字架のないイエス・キリスト像がありました。西山神父さんは「これは法王自らが十字架を

背負わなければならないことを意味している」と説明されておりましたが、この部屋の近くの廊

下に最初の殉教者ステファノの遺体(首)がガラスケースに置かれていました。



私自身歴史には詳しくないのですが、紀元後35年か36年に聖ステファノは石打ちの刑に処せ

られます。そしてそれから約300年後のホノリウス帝の時にステファノの遺体が発見されます。

恐らくそれ以降は人目に触れさせずにバチカンに保管されていたのだと思います。その遺体

(首)は腐敗していませんでした。ただ顔の半分にひどい拷問を受けた跡が残り、耐え難い苦

痛のうちに絶命したことがわかります。しかしこの遺体も十字架のないイエス像と同じように

法王自らが負わなければならない責務を思い起こさせるためなのだと感じてなりませんでした。



聖ステファノ、聖ベルナデッタ、聖クララの腐敗しない遺体をどのように解釈したらいいのでしょ

う。それは神からの伝言であると私は感じています。ただ、その伝言から何を受け取るかは一

人一人に託されているように思います。



最後に私に関してですが、キリスト教の霊性と先住民の霊性が合い交わるところを捜している

のかも知れません。1492年のコロンブスのアメリカ大陸上陸から500年以上にも渡る、先住民

の辿ってきた長き苦難の道にキリスト教も深く関わってきました。その疑問が頭から離れない

でいるのかも知れませんが、ただそんな探求に意味があるのかもわかりませんし、私みたい

なろくでもない野朗がやること自体滑稽なことであり、必ずどこかで挫折するとは思います。そ

んな私でも、心の拠り所としているのは、アウシュビッツで亡くなった無名の女性の魂なのかも

知れません。それを紹介して終わりにします。



☆☆☆

それにも拘わらず、私と語った時、彼女は快活であった。「私をこんなひどい目に遭わしてくれ

た運命に対して私は感謝していますわ。」と言葉どおりに彼女は私に言った。 「なぜかと言いま

すと、以前のブルジョア的生活で私は甘やかされていましたし、本当に真剣に精神的な望みを

追っていなかったからですの。」その最後の日に彼女は全く内面の世界へと向いていた。「あそ

こにある樹は一人ぽっちの私のただ一つのお友達ですの。」と彼女は言い、バラックの窓の外

を指した。外では一本のカスタニエンの樹が丁度花盛りであった。病人の寝台の所に屈んで外

を見るとバラックの病舎の小さな窓を通して丁度二つの蝋燭のような花をつけた一本の緑の枝

を見ることができた。「この樹とよくお話しますの。」と彼女は言った。私は一寸まごついて彼女の

言葉の意味が判らなかった。彼女は譫妄状態で幻覚を起こしているだろうか?不思議に思って

私は彼女に訊いた。「樹はあなたに何か返事をしましたか?-しましたって!-では何て樹は言っ

たのですか?」 彼女は答えた。「あの樹はこう申しましたの。私はここにいる-私は-ここに-いる。

私はいるのだ。永遠のいのちだ。」

フランクル「夜と霧」より引用

☆☆☆



(K.K)


 
 



2012年6月3日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。


聖母マリア(写真は私の家にあるマリア像です)



これまで世界各地に聖母マリアが出現した。その中でカトリックの聖地となったものではルルド、ファティマ

有名かも知れない。



アッシジの聖フランシスコも「小さき花」で描かれているように、イエス・キリストやモーセの臨在を数多く受け

ていた。



私自身の場合、過去に一度だけ神秘体験をしたことがある。苦しみを通り越して自分が息をしているかどう

かわからなかった時のことであるが、ただそれは強いストレスにさらされた脳に快感物質が出たからだと今

は思っている。



ルルドやファティマに出現した聖母は真に神からの伝言だったが、私の場合は脳の防御反応でしかなかった

と感じている。



本当に真偽を見極めるのは難しいと思うし、私には出来ない。



たとえ私の前に過去の偉大な聖人が出現しても私はそれを吟味し続けるだろう。



その現象を自己の心の奥深くに落としながら、それは真なのかと問い続けるだろう。



それは私のような疑い深い人間には長い時間を要するものかも知れないし、時間をかけなければならない

ものだと思う。



ルルドやファティマで聖母を見た少女たち、彼女たちは純真無垢だけでは言い現すことができない何か、神か

らの特別な恩寵を受けていたと感じられてならない。




(K.K)



 







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