![]()
1873-1897
ただ3人の教会博士に数えられます。 |
![]() 「幼いイエスの聖テレーズ」DVD 女史パウロ会 |
![]() テレーズ16歳の時の写真 |

|
私のいのちは一瞬 過ぎゆく一時 私のいのちは 私からのがれ去り 束の間に消え去る一刻。御身は知っておられます。 ああ私の神よ この地上で御身を愛するために 私には 今日だけしかないことを!
私は御身を愛します イエズスよ! 御身に向かって私の魂は憧がれる・・・・ 一日のためにだけ 私のやさしい支えとなってください 私の心に来て 統め 私に 御身のほほえみをお与えください ただ今日のためにだけ!
若し 将来が暗くても 主よ それは私には何でもありません! 明日のために祈る・・・・ああ 私はそんなことは出来ません・・・・ 私の心を清く保ち 私を 御身の陰でおおってください ただ今日のためにだけ!
明日を想うと 私は 自分の変り易さを恐れます 私の心の中に悲しみと 倦怠が生じるのを感じます けれども 主よ 私は試練も苦しみも欲します ただ今日のためにだけ!
やがて 永遠の岸辺で 私はあなたにまみえます 導きの聖なる水先案内よ あら波の上に 私の小舟を やすらかに導いてください ただ今日のためにだけ!
私は 私のイエズスを見たい 覆いなしに曇りもなしに けれど この地上でも 私は彼のお側にいるのです・・・・ 彼はその愛すべき みかおを おかくしにはならないでしょう ただ今日のためにだけ!
|
|
に短い生涯を送っていった。だが、幼子のほおえみのように輝くその魂は若い人の心 にたまらない憧憬をおこし、その古木のようなゆかしさは経験に富む人の魂を満足さ せる。彼女の生涯は小説よりもドラマに富み、現実よりも真剣で、詩よりも美しい。こ の現代のばらの芳香を知らないで現代人であると誇るのは、はたして妥当なことだろ うか。」・・・・・・・「テレーズ・マルタン」M.・G・ドーレ著 ユニヴァーサル文庫より
|
|
小さきテレジア 前にもお話しましたが、父が事業で失敗した後、私たち一家は函館に移り住み、 私は函館山の麓にある女学校に入学しました。十三歳の頃のことです。まわりに は教会がたくさんありまして、学校で朝礼をしているときなど、教会の鐘が一斉に 鳴り響きます。そこで再び、幼かった頃の、鐘の音に神秘を求める心が呼び起こ されました。学校の帰りに友人を誘って教会の前まで何度も足を運んだのです が、函館でもついに、教会の中に入ることはできませんでした。女学校三年生の とき、私は胸を患いました。故郷に帰れば病も治るにちがいないという祖母の強 い希望で、私は函館の女学校を退学して、青森で静養することになりました。青 森に帰ってきましたら、ちょうど近所に現在の明の星高校の前身である青森技 芸学院を創設するための工事が進んでいました。学校の母体になっていたの は、聖母被昇天会という修道会で、シスターたちが創設準備のために工事中の 学校に毎日通っているのを見て、この学校に入れば教会に行けるようになるの ではと、私は両親に入学させてもらえるようお願いしました。その願いがかなって、 第一回生として入学することができたのです。青森に戻ってからも、喀血が止まっ たわけではありませんでした。卒業間近の頃は、具合が悪くてもどうしても学校を 休めず、学校に行く途中で血を吐いたこともありました。電信柱につかまって少し 落ちつくと、次の電信柱までそろりそろりと歩いていって、ようやく学校にたどりつ くというありさまでした。学校にたどりついても、そのままでは授業を受けることもで きず、静養室で寝ていることもしばしばでした。ある日のことです。看護婦さんのシ スターが休んでいた私の枕元に一冊の本をそっと置いていきました。それは『小さ き花のテレジア』という本でした。それが私にとっては一番最初の、神様との出会い だったのです。若き修道女のテレジアは、病に蝕まれ、咳き込み、血を吐きながら も、そのすべての努力を、神様への祈りの隣人への愛に注ぎ込んでいました。 テレジアの信仰生活の根底には、神様の愛への無条件の信頼が流れていました。 そのとき私は十七歳、ちょうどテレジアと同じくらいの年齢でした。そんなこともあっ て、私は、どんな困難にあっても一心に祈り続けたテレジアの生涯に大変感動し、 自分がいつかクリスチャンになれるときがきたら、テレジアの霊名をいただきたい と、心に秘めておりました。その頃は戦争中でしたので、学校では宗教の話は一 切できませんでしたし、もちろん教会に行くこともできません。シスターとも授業の 話以外で言葉を交わすことはできませでした。それでも、私は自分から信仰の世 界を求めて学校に入ったのですから、何としてでも祈りの勉強を続けたいという 思いでいっぱいでした。放課後になると、修道院の前に行き、誰か見ていないか あたりを見渡して、誰もいなければ修道院の裏口からさっと中に入り、お祈りの ことを勉強していました。修道院に行くことは両親からも反対されていましたの で、家にいるときは、何か用はないですかとお使いを申し出て、素早く用事を済 ませたら、その合間に急いで修道院に寄って、隠れて勉強もしていました。学校 を卒業したらすぐにでも洗礼を受けたかったのですが、まだ戦争が終わらず、 シスターも拘留されたりしていましたので、すぐ受洗というわけにはいきませんで した。ですが、私の心の中では、どんな苦しい中にあっても神様への愛を見失う ことのなかったテレジアが、信仰へのともしびを燃やし続けてくれていたのです。
|
![]() |

Santa Teresita del Niño Jesús. 1ero. de octubre, año 1897. Católicos de Culiacán より引用
1897年9月30日(木) 愛の脱魂のうちに24年の短い生涯を終える。
