未来をまもる子どもたちへ




Raja Pukkusati ≪ Chan Yan

仏陀

仏陀は、仏ともいい、悟りの最高の位「仏の悟り」を開いた人を指す。buddha はサンスクリットで

「目覚めた人」「体解した人」「悟った者」などの意味である。


 



「木が人になり、人が木になる。 アニミズムと今日」

「新版 日本の深層」縄文・蝦夷文化を探る

「愛蔵版DVD BOOK 生きて死ぬ智慧」

良寛『詩歌集』 「どん底目線」で生きる

「生きて死ぬ智慧 心訳 般若心経」

「ちいさな祈り」稚児地蔵の世界

「お地蔵さんの本」・こころの本

「梅原猛の授業 仏になろう」

「生ききる」日本人の生き方

「森の思想が人類を救う」

「痛快! 寂聴仏教塾」

「超訳 ブッダの言葉」

「歓喜する円空」



 


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 「超訳 ブッダの言葉」
小池龍之介・編訳 ディスカヴァー


ブッダの言葉がシンプルなのと同じく、本書を製作した意図もまた、すこぶる
シンプルです。すなわち、読者がこの本を手に取り、どこかのページをパラッと
開く。そこに並んでいるブッダの言葉がスーッと心に染み込んで、良き方向へ
と向かう風が吹きこまれるように、と。

その心に勇気の嵐が吹き、あるいは静けさが生まれ、あるいはハッと目が覚め、
あるいはまた執着(こだわ)っていたことを手放して心安らぎ、あるいは怒りの火
が消えてゆく・・・これらの「効き目」こそが狙いとするところです。

したがいまして、「学問的意義」や「深遠さ」や「お勉強」を求めて読まれますなら、
きっとがっかりされることでしょう。そうではなく、悟りしブッダによる、私たちの心
の核心まで迫り揺さぶってくる言葉に、素直に耳を澄ませていただければと思う
次第です。

その言葉はてらいなくシンプルであるがゆえに、複雑なコムズカシイ心で受け取る
と、何も入ってこないかもしれません。けれども、肩肘はらない素直な心でページ
をめくってくださいますなら、きっと読むたびごとに毎回新たな風が心に吹きわた
り、良き方向へと背中を押してくれることでしょう。ひょっとすると、口ずさんでいた
だくのも味わいかたとして、とても好ましいかも知れません。

本書では、ブッダ自身が生きて古代インドで活躍していたころの語源を直弟子たち
が暗記・暗誦して伝えられてきたとされる古い経典たちから、高校生からそのおじ
いさまおばあさま世代まで、どなたにもわかりやすそうなもののうち、筆者自身が
気に入っているフレーズを選定して「超訳」を施しました。さらに口調も、できるだけ
広い年代の方にお読みいただけるよう、わかりやすさを心がけました。
(本書より引用)


 




 「歓喜する円空」
梅原猛・著 新潮社


円空わが内にありて生きるるなり (本書より引用)

泰澄はまた、日本における木彫仏製作の創始者と伝えられる。後に詳しく述べ
るが、行基は泰澄から木彫仏製作を学び、素木(しらき)に彫った異形と言うべ
き仏像を多く残した。この行基仏の影響であろう、平安時代になると、奈良時代
の主な寺院にあった金銅仏、乾漆(かんしつ)仏、塑像仏などが姿を消し、仏像
は木彫仏一本やりになる。木は昔から日本人にとって神の宿るものとされてき
た。それゆえ、その神の宿る木から仏を作る木彫仏製作は、神仏習合の思想と
深く関係している。

円空は三井寺系の白山信仰の修験者であり、しかも多数の異形の木彫の仏像
および神像を作った。円空は神仏習合思想と木彫仏の製作という二点において、
泰澄・行基の伝統の上に立つ。このことが私の頭にひらめいた時、円空は私の
心をすっかり奪ってしまった。長谷川氏とともに全国の円空仏を訪ねる旅を続け
るうちに、私はすっかり円空の虜(とりこ)になってしまった。多少大げさに言えば、
パウロが「われ生きるにあらず、キリストわが内にありて生きるなり」と言ったよう
に、「梅原生きるにあらず、円空わが内にありて生きるるなり」と言える心境に
なった。円空は私にとってもはや一人の芸術家にすぎない存在ではない。むしろ
彼は私に神仏習合思想の深い秘密を教える哲学者なのである。


学問や芸術はしょせん遊びなのである。遊びのない学問や芸術はつまらない。
作者が無心になって遊んでいるような学問や芸術なくして、どうして人を喜ばせる
ことができようか。円空の仏像制作は地球の異変を鎮め、人間ばかりかすべて
の衆生を救うためであった。菩薩は人を救うことを遊びとしている。私もこの歳に
なってようやく菩薩の遊び、円空の遊びが分ってきた。その遊びは荘厳なる遊び
でもある。遊びと荘厳、それはふつうは結びつかない概念であるが、それが結び
ついたところに円空の芸術の秘密があろう。

 




  
この文献の詳細ページへ 「新版 日本の深層」縄文・蝦夷文化を探る 
梅原猛 著 佼成出版社


かつて蝦夷の末裔と呼ばれ、偏見を持たれてきた東北地方。しかしそこ
に残るお寺・遺跡や祭、そして歴史を紐解くと、かつて日本全国にあった
縄文文化を色濃く残していることがわかる。それは文学においても東北
出身の石川啄木・太宰治・宮沢賢治の感性が生まれた土壌を探る旅でも
あった。梅原猛氏はアイヌの文化に触れたときの確信を、この東北地方の
旅でも再認識させられ、そこに日本の原風景を感じとるのである。また
大陸から来た弥生人の倫理観が、如何にして縄文文化を席巻したかの
考察をしている。本書を通して、縄文土器の芸術の素晴らしさを初めて
理解した芸術家の故・岡本太郎氏と同じく、梅原猛氏の感性の素晴らしさ
と洞察力が発揮された文献で、多くの日本人に是非読んでもらいたいと
思う。



原日本文化への旅立ち(本書より引用)

東北人は、長いあいだ、心の中に、密かなる誇りをいだきながら、蝦夷の
後裔であることに、耐えてきた。そして自分が、アイヌと同一視されることを
頑強に拒否してきた。蝦夷は人種的概念ではなく、ただの政治的概念に
すぎない。そして、「蝦夷はアイヌではない」そういう結論は、東北人にとって
のぞましい、はなはだ願わしい結論のようであった。このような願わしい結
論にそって、東北を、古くから倭人の住む、古くから稲作農業が発展した
国と考える見解が、戦後の東北論の主流であったように思われる。それは
東北人を後進性の屈辱から救うものであったとしても、かえって東北特有の
文化の意味を見失うことになると思う。

蝦夷の子孫であることが、蝦夷の後裔であることが、なぜわるいのであろう。
アイヌと同血であり、同文化であるということを、なぜ恥としなくてはならない
のか。日本は平等の国家である。幕末に戦った二つの権力、薩長方も徳川
方も、平等に日本国民としての権利と義務をもっているのではないか。倭人
と蝦夷の対立はもっと昔のことなのである。その昔の対立が、なぜ現代まで
差別になって生き続けねばならないのか。蝦夷の後裔であること、アイヌと
同血であることを、恥とする必要はすこしもないのである。むしろ、日本の文
化は、蝦夷の文化、アイヌの文化との関係を明らかにすることによって、明ら
かになるはずである。

私のこの旅は、ほんの短い期間の旅である。芭蕉は、『奥の細道』の旅に5ヶ
月を要した。私は公務の都合で、10日しかこの旅に使うことはできなかった。
もとより、前にも何度か東北の各地を訪れたことはある。このささやかな旅で
私は、東北文化のほんのわずかしか触れることはできなかった。しかし、見方
が変われば、うわべを見ただけでも、やはりその解釈は変わってくる。このささ
やかな「紀行記」が、今後の東北論の出発点になり、今後の新しい「原日本文
化論」の基礎になることを願うものである。
 
 良寛『詩歌集』 「どん底目線」で生きる」
(100分 de 名著) NHKテレビテキスト
龍宝寺住職 中野東禅・著


以下、本書より引用

では、汚れる前の自分に戻るためには、何をすればいいのでしょうか。まず
必要となるのが「自覚」です。心の汚れを消すには、自分の内面を見つめて
どこがどう汚れているのかに気づかなければなりません。滝に打たれたり険し
い山を歩いたりすることが仏教修行だと思っている方もいますが、そんなこと
では汚れは見えてきません。

汚れを自覚するためには、自我への「批判眼」を持つことが大切です。批判に
は感覚ではなく論理的な思考が必要となります。論理は言語なしには生まれ
ませんから、悟りへと到達するためには、心の中を言語化していくしか方法は
ないのです。こうした悟りの本質を、体験や知識のなかで会得していたからこ
そ、良寛は生涯にわたって詩や歌を作り続けたのです。

生涯、良寛は清貧を貫きながら生きる自分の姿を民衆にさらすことで、どん底
から世の中を照らし、人々に「人間の座標軸」を示そうとしました。亡くなった後
は、良寛に代わって作品がその役目を果たしてくれています。良寛の詩や歌を
読むことで、私たち後世の人間は感動し、「人間の本質」に気づかされることに
なります。厳しい競争社会、経済至上主義の風潮の中で、ともすると「自分
(人間の本質)というものを見失いがちなのが現代です。こんな時代だからこそ、
良寛に注目する意味は大きいと私は考えます。

 
 





 「梅原猛の授業 仏になろう」
梅原猛・著 朝日文庫


この書物は平成十七年四月から八月まで計八回、朝日カルチャーセンター
京都で行った連続講座の講義録に手を加えたものである。私は平成十三年に
洛南高等学校付属中学校の三年生に「仏教」の授業、そして一年おいて平成
十五年に「道徳」の授業を行い、それぞれ「梅原猛の授業 仏教」「梅原猛の
授業 道徳」という書物にした。

これらの授業を行って私は、仏教の教育を行うことは大変重要であると思わざ
るを得なかったが、それとともに、このような仏教についての講義を少年たち
ばかりでなく、市井の人たちにもしてみたいという気になった。法然にしても、
親鸞にしても、日蓮にしても、彼らが仏教について語ったのは学問のある弟子
の僧にのみではなく、仏教についてとりわけ深い知識のないごくふつうの庶民
にもであった。

その講義に私は「仏になろう」といういささか刺激的な題をつけた。現代の日本
仏教では、仏になろうなどと語られることはあまりないが、私は五十年間仏教
に親しんでいるうちに「葉隠」に「武士道というは死ぬことをみつけたり」とある
ように、仏教とは仏になることとみつけたりと考えざるを得なくなった。

このようなことを語る論者はほとんどいない。そのようなことをいえば、「それな
らあなたは仏になっているのか」という問いが返ってくるであろうが、その問い
に論者は困惑せざるを得まい。それゆえ僧職にある人すらそのようなことを語り
たがらないのであろうが、真言の「即身成仏」ということも、禅の「悟り」ということ
も結局、仏になるということなのである。

仏になるためにはまず十善戒を守り、六波羅蜜の徳を身につけねばならない。
聖徳太子以来、わが国の仏教は深く道徳と結びついている。明確な道徳を与
えることによって、仏教は日本人の精神の糧となっていたのである。日本人の
道徳心は、すべてではないが多分に仏教によって養われたものである。しかし
明治以後、僧職にある人も道徳を説かなくなり、仏教は日本人の精神を道徳化
する役割を失ってしまった。私はそこに現代の日本仏教の堕落があり、衰退が
あると思う。そのような失われた仏教道徳を復活させ、日本人を道徳化するこ
とが今の日本のもっとも重要な課題の一つである。

このような意味で、仏になろうという私の勧めも決して大げさな言葉ではなく、ごく
ふつうの仏教への誘いなのである。

平成十八年二月 梅原猛
(本書より引用)

 
 

 「痛快!寂聴仏教塾」 
付録・「般若心経」読経&法話CD+
寂聴特製写経見本 
瀬戸内寂聴著 集英社インターナショナル



目に見える物質やお金より、目に見えない大切なものに心の目を向ける
べきです。目に見えない大切なものとは、心です。神です。仏です。宇宙の
生命、エネルギーです。長い年月にわたって、私たちの祖先が心のよりどこ
ろとしてきて、日本人のバックボーンになっていた仏教を、もう一度ふりかえっ
てみるときがせまっていると思います。希望を失い、学校嫌いになり、友だち
さえもほしがらなくなった今の若い人たちに、何とかして、宗教や仏教になじ
んでほしいと思うようになりました。それもさしせまった問題で、今すぐ、そうし
てほしいと思うのです。そのため、出来るだけ、わかりやすい、読んで、見て、
楽しい仏教入門書はないものかと思い、いっそ私が書いてみようと思いました。
絵をたくさん入れて、若い人たちが手に取りたくなるような本にしてほしいと思
いました。

私は、さくらももこさんの大ファンなので、ももこさんの漫画をいっぱいほしいと
思いました。その気持ちを伝えてお願いしたら、超忙しの売れっこのももこさん
が、快く引き受けてくれたのです。私自身が、早くその本を見たくなって、心を
弾ませて書きました。まず若い人に、そしてお年寄りにも、ぜひ読んでほしいと
思います。自分の「心」さがしの旅をしていただきたいと思います。この本が、
あなたの心さがしの旅の、楽しいガイドブックになり、地図の役目をしてくれる
ことを祈ってやみません。旅の終わりには、きっと、釈迦にめぐりあったあなた
たちは、仏教を好きになってくれると信じています。
(本書より引用)


ここまで戒名、お墓、仏壇の話をしてきたわけですが、それぞれの意味が
分かって面白かったのではありませんか。みなさんにとって、お葬式とか法
事というのは、ただの形式としか思えなかったでしょうが、それなりの意味や
目的があるわけです。それがいつの間にか忘れられたところに、今の仏教
の問題点もあるわけですね。しかし、繰り返し強調しますが、葬儀や法要は

お釈迦さまがお説きになった仏法の本筋ではありません。お釈迦さまの教え
は、あくまでも「ど
う生きるか」なのです。死んだのちのことを今から心配した
りしても意味がない。人間の寿命は
誰にも分からないのだから、今、この瞬
間を一生懸命に生きなさいということ。いつ死んでも悔
いが残らないような
人生を送りなさいというのが、仏教の教えなのです。
(本書より引用)

 
 
   「生きて死ぬ智慧 心訳 般若心経」
 文・柳澤桂子 画・堀文子 英訳・リービ英雄 小学館


私たちは生まれ落ちるとすぐ、母親の乳首を探します。お母さんのお腹
の上に乗せてやるとずれ上がってきて、ちゃんと乳首に到達します。また、
生まれたときに最初に世話をしてくれた人になつきます。その人が見え
なかったり、声が聞こえないと泣きわめきます。このように、生まれ落ちた
時点ですでに、ものを自己と他者というふうに振る舞います。これは本能
として脳の中に記憶されていることで、赤ちゃんが考えてやっていること
ではありません。

けれどもこの傾向はどんどん強くなり、私たちは、自己と他者、自分と他の
ものという二元的な考え方に深入りしていきます。元来、自分と対象物とい
う見方をするところに執着が生まれ、欲の原因になります。自分のまわり
にはいろいろな物があり、いろいろな人がいます。

ところが一元的に見たらどうでしょう。二元的なものの見方になれてしまっ
た人には、一元的にものを見ることはたいへんむずかしいのです。でも私
たちは、科学の進歩のおかげで、物事の本質をお釈迦さまより少しはよく
教え込まれています。

私たちは原子からできています。原子は動き回っているために、この物質
の世界が成り立っているのです。この宇宙を原子のレベルで見てみましょう。
私のいるところは少し原子の密度が高いかも知れません。あなたのいると
ころも高いでしょう。戸棚のところも原子が密に存在するでしょう。これが
宇宙を一元的に見たときの景色です。一面の原子の飛び交っている空間の
中に、ところどころ原子が密に存在するところがあるだけです。

あなたもありません。私もありません。けれどもそれはそこに存在するのです。
物も原子の濃淡でしかありませんから、それにとらわれることもありません。
一元的な世界こそが真理で、私たちは錯覚を起こしているのです。

このように宇宙の真実に目覚めた人は、物事に執着するということがなくなり、
何事も淡々と受け容れることができるようになります。

これがお釈迦さまの悟られたことであると私は思います。もちろん、お釈迦さ
まが原子を考えておられたとは思いませんが、ものごとの本質を見抜いてお
られたと思います。現代科学に照らしても、釈尊がいかに真実を見通してい
たかということは、驚くべきことであると思います。

(本書より引用)
 
   「愛蔵版DVD BOOK 生きて死ぬ智慧」
 文・柳澤桂子 画・堀文子 小学館


生命が誕生してから四〇億年。その間に八回以上も地球は大変動にさらさ
れて、生命は大絶滅を起こしている。隕石の衝突により、地球は燃え上がり、
海は煮えくりかえり、蒸発して塩が残ったが、その塩までも焼けてしまうような
大事件が起こっているのに、わずかな生命が生き延びたのである。またある
ときは、地球の温度が下がって全球凍結が訪れた。地球のすべてが凍った
とき、わずかに流れ出る高熱の湯のおかげで少数の生物が生き延びた。いま
から二億五000万年前の大絶滅は一番規模が大きく、地球上の生物の九五
パーセントの種が絶滅したという。私たち人類の祖先は、生き残った五パーセ
ントのなかに入ったのである。

もし奇跡という言葉が、この世でたったひとつの不思議にしか用いられないな
らば、いま、いのちが存在している事実そのものを挙げるしかない。一個の
生命が発生してくる過程もまた神秘に満ちている。これらを知れば知るほど、
子供たちは自分がいかに奇跡に満ちた存在であるかを理解するであろう。
そして、他のいのちのたいせつさにも思いを馳せるであろう。このような教育
こそ、いま求められていると私は考える。

宗教に親しみ、あるがままの自分を受け容れられるようになった人は、苦しみ
を受け容れることができる。とくに老いの苦しみは、言葉ではいいあらわせな
いような寂しさと苦しさを伴う。このようなときに、あるがままの自分を受け容
れる修行をつんでおくことは、これからの社会にとって、ぜひとも必要なことで
あると思う。この本とDVDが、日本人の心を養うために少しでも役立てば幸い
である。

(本書より引用)
 
この文献の詳細ページへ 「木が人になり、人が木になる。 アニミズムと今日」
岩田慶治 著 人文書館 第16回 南方熊楠賞 受賞


アニミズムの根本は何か。それは木にも、石にも、虫にも、鳥にも、もともと、
カミが宿っていることを認め、そういうカミでいっぱいの自然を尊重しながら生
きることだ。そうすると、木は木として宇宙の主人公になり、山は山として主人
公、ひとは誰もかれも一人ひとりが主人公になる。自分も、また、その仲間に
なって、風景が生き生きしてくる。これがアニミズムの本質なのだ。

一般に、アニミズムは未開人の宗教だと言われている。しかし、ホントはそう
じゃない。未開人だって・・・・そういう人がいたとしても・・・・何千年、何万年も
地球とともに生きて、悩んで、考え考えしてきたのだから、かれらの宗教、かれ
らの世界観を未熟だなどと言うわけにはいかない。かれらのなかにだって、た
くさんの哲学者がいたし、宗教家もいたに違いない。そういうかれらが信じてい
るカミなのだから、そのカミと出会い、そのカミの声を聞くのは、われわれの側
に委ねられた仕事なのだ。

それなのに、アニミズムのカミなんてダメだ。高木から下りてきて住民に供物を
要求したり、おどろおどろしい衣装をまとって人びとを恐怖におとしいれるのが
関の山だ。それは現世利益を旨とする民俗信仰より、もっともっと低級なものだ。
そういう声がやかましいくらいだ。

しかし、宗教と文化をとり違えては困る。アニミズムは始めから終わりまで、祈り
のなかの出来事であって、欲望の渦巻く文化のなかの出来事ではないのだ。
現代人は霊的な力、あるいは直感の力が衰えてしまったから、その結果によって
しか宗教の真偽を判定できない。その証拠を求めようとする。しかし、カミの証拠
なんて、どこにもないのだ。


(本書より引用)
 
 

この文献の詳細ページへ 「森の思想が人類を救う」
梅原猛著 小学館ライブラリー

まさに森の破壊は、農耕牧畜文明が成立していらいの、とくに近代工業文明が
成立していらいの人類の人類の運命でありますが、この運命を現在という時点
において大きく転換しなければ、人類は一直線に地獄への道をたどることは火
を見るより明らかです。われわれは文明の原理を、人間の自然支配を善とする
思想から、人間と自然との共存をはかる思想に転換しなければなりません。私
は、もう一度人類は、この狩猟採集時代の世界観にたちもどり、個人ではなく種
を中心にした考え方、つまり永遠の生と死の循環という思想をとりもどさなけれ
ばならないと思うのです。こういう思想は、古代ギリシャの思想に、あるいはヒン
ズーの思想に、あるいは中国の老荘思想にも見られるものですが、それはおそ
らく狩猟採集時代における人類の共通の原理の残存であると思われます。この
ような原理が日本文化の伝統のなかにもある点に、私は今後の日本文化の可能
性を認めたいと思っているのです。ギリシア思想のなかにも、ケルト思想のなか
にも、あるいはアメリカ・インディアンの思想のなかにも、あるいはアボリジニの思
想のなかにも見いだすことができるかもしれせん。私は、近代という時代がその
合理的な自然征服を貫徹するために、排除していった多くの思想に注目する必要
があると思うのです。
(本書より引用)



 
この文献の詳細ページへ 「生ききる」日本人の生き方
梅原猛・瀬戸内寂聴 著 角川 one テーマ21


私は思うんですけど、被災された方々にはもう言葉もないですよ。お気の毒で。
自分が悪いことをしたわけでもないのに天災に遭ったり、それに続いて放射線の
被害に遭ったり、でもね、今の状態が決していつまでも続くわけではないから、
生々流転、移り変わるということが世の常なんです。だからどうか気を落とさないで、
絶望しないで、どんなことがあっても生きようとしてください。どうぞ元気でいてくだ
さいとお願いするしかないですね。

そして私たち被災しなかった人間は、あなた方が身代わりになってくださったと思っ
て、いつも忘れていません。非力だけど私たちもできることはなにかということを考
えていますから、どうぞ今しばらく辛抱してくださいと申し上げたいです。

東北の人たちはほんとに我慢強い。でもどうかもう我慢せずに逆にどんどん要求し
てください。そうしないと、内に思いが籠もると鬱になってしまいますからね。どしどし
発言してください。そして一日に一度は、何か笑える事柄を見つけてください。なか
なかそれどころじゃないとは思いますけど、赤ん坊の顔を見たら自然に微笑みたく
なるでしょう。そして春になれば被災地にも花が咲くことでしょう。可憐な花のたくまし
い命を見つめて頬をゆるめてください。私たちは一日じゅう、夜寝るときもあなたた
ちのことを忘れていませんから、どうか気を落とさずに希望を捨てないようにお願い
します。
(本書 瀬戸内寂聴 より抜粋引用)



 
 
 
この文献の詳細ページへ 絵画 「お地蔵さんの本」 
豪華愛蔵版 シリーズ全6巻 絵馬師 殿村進 
宙(おおぞら)出版

  
 
  



「こころの本」・幸福はきょうという日にこそある
「雪割地蔵」・ながい苦労が花ひらく
「夢叶地蔵」・人生できないことはない
「花咲地蔵」・花がこんなにも美しいのは、
 無心に咲くからだ

「道づれ地蔵」・ながした涙の数だけ人間は強くなる
「龍のり地蔵」・人生いたるところ、春ならざるはなし

生きる勇気と希望が湧いてくる言葉が、素朴なお地蔵
さんの絵と共に心に響いてやまない素晴らしい本です。
この六冊に収められている言葉は勿論のこと、その言葉
に添えられているお地蔵さんの絵と、優しく力強い書体に
は心を打たれてしまいます。つらく悲しく、苦しい時、どうか
この本から生きる勇気と希望を見つけてください。

  
 
この文献の詳細ページへ 写真集 「ちいさな祈り」 
稚児地蔵の世界 堀部幸男・作 斎藤陽一・写真 
致知出版社

これら幼子の地蔵さんは、真に心を和ませ、生きて
いるということの実感を呼び覚ましてくれる。稚児地蔵
の作者と写真家の魂が融合し、見るものの魂を浄化さ
せる傑作。

子どもは「天からの贈り物」だ。
そのあどけない笑顔に励まされ、私たちはがんばること
ができる。
その「天からの贈り物」を堀部幸男先生が作品にされた。
これ以上の天からの贈り物はない。

神渡良平(作家)




2012年6月9日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。





4月16日に投稿した円空の像、もっと知りたいと思い「歓喜する円空」梅原猛著を読みました。



江戸初期1632年、岐阜県に生まれた円空は、兵庫から北海道まで足を伸ばして、大地の異変を鎮め、

人間ばかりかすべての衆生を救うために12万体の仏像を彫ります。



円空は縄文時代からの神と仏教を習合させた修験者でしたが、その生涯は常に衆生救済を目的とし、

64歳のときに長良川畔にて入定しました。



入定とは土中の石室などに入り、掘り出されずに埋まったままの即身仏のことを言います。



長良川畔を入定の地として選んだのは、洪水の害を防ごうとする円空の強い意志を示しており、それ

は彼の生母が洪水で死んだという梅原氏の仮説を裏づけるものだそうです。



また土地の人々は長良川に大水が出ると円空の霊が蛇となって現われ、避難を勧めるという言い伝

えがあります。



現代の前衛芸術を凌駕する円空仏像に見られる感性、そして和歌に見られる神々と遊ぶ子どもの

ような円空の魂、私は円空に魅せられてしまいました。



この文献で心に残った箇所を下に紹介しようと思います。



☆☆☆☆



◎円空は私にとってもはや一人の芸術家にすぎない存在ではない。むしろ彼は私に神仏習合思想の

深い秘密を教える哲学者なのである。



◎『円空歌集』の和歌には「楽」「喜」「歓」という言葉がしばしば登場する。私は円空の思想の中心は

生きている喜び、楽しみを礼賛することであると思う。それはまさに神々の清らかな遊びである。



◎私はあえて言いたい。今回、円空の歌集を西行の『山家集』とともに読んだが、西行の歌より円空

の歌の方により強い感銘を覚えた。円空の歌を西行の歌と比較するなど、とんでもないことであると

多くの人は言うかもしれない。たしかに歌としては西行の歌の方がはるかに巧みである。また、円空

の歌には誤字や脱字があり、「てにをば」も誤っている。にもかかわらず、円空の歌には今までどの

ような日本人の歌にも見られない雄大な世界観が脈打っている。まるで超古代人の声が聞こえてく

るようである。



◎「祭るらん 産の御神も 年越へて 今日こそ笑へ 小児子(ちごのね)ノ春」(一一七三)

春になり年が明けた。今日こそ産土(うぶすな)の神を祀って、大いに笑おう、子どもたちよ。

良寛のように子どもたちと無心に遊んでいる円空の姿が目に浮かぶようである。この笑いの精神は

空海の精神に結びつく。私は若い時、人生を不安・絶望の相に見る実存哲学から自己を解放する

ために「笑いの哲学」なるものを構想し、笑いを価値低下という概念で考えたが、笑いはそのような

概念で解釈されるべきものではない。その時はまだ私は空海の言う「大笑」というものをよく理解し

ていなかった。今ようやく円空を通じて空海の「大笑」の意味が少しは理解できるようになったので

はないかと思う。



◎「老ぬれは 残れる春の 花なるか 世に荘厳(けだかけ)き 遊ふ文章(たまづさ)」(一四二一)

これは今の私の心境をぴたりと表したものである。円空がこの歌を作ったのは六十歳頃であると思

われるが、私はそれよりさらに二十年の歳をとり、八十歳を超えた。そのような老人にも春があるの

である。私はまだ花を咲かせたい。学問の花、芸術の花を咲かせたい。学問や芸術はしょせん遊び

なのである。遊びのない学問や芸術はつまらない。作者が無心になって遊んでいるような学問や芸

術なくして、どうして人を喜ばせることができようか。円空の仏像制作は地球の異変を鎮め、人間ば

かりかすべての衆生を救うためであった。菩薩は人を救うことを遊びとしている。私もこの歳になって

ようやく菩薩の遊び、円空の遊びが分ってきた。その遊びは荘厳なる遊びでもある。遊びと荘厳、そ

れはふつうは結びつかない概念であるが、それが結びついたところに円空の芸術の秘密があろう。



☆☆☆☆




(K.K)



 


2012年4月16日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



Obrazky Liberec.cz より引用

(大きな画像)

円空(1632〜1695)が創った像(庚申像)

この像は自分が苦しいとき、その時に本当に会いたい顔の一つかも知れません。円空の像は

この表情だけではなく、様々な顔を見せてくれます。



生涯12万体を作ったとされる円空。時の権力者にすり寄らず庶民のために、人を救うために

像を作り続けた円空。梅原猛さんによると、円空は私生児として生まれ幼くして母を洪水で失い、

お寺のお坊さんになったと言われています。



遠くは北海道のアイヌの人と生活し、多くの地で仏像を作り続け庶民に愛された円空。その円空

の仏像も、明治初めの廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)などで失われ、12万体のうちの数千体しか

残されていません。しかし、人を救うために円空が仏像に込めた願いや祈りは、時を超えて人び

との心に刻み続けていくのかも知れません。



☆☆☆☆



円空は、仏像を芸術品としてつくったのではありません。売るためでもないし、芸術家として有名

になりたいためでもありません。



円空は人を救うために仏像をつくりました。



池の怪物を鎮めるために、千体の仏を池に沈めたという話もあります。



また、ぼろぼろの朽ちた木を仏にするために仏像をつくったといわれます。



芸術というものは、本当はそういうものなんです。



芸術は人を救うためにあるものです。



「梅原猛の授業 仏になろう」より引用



☆☆☆☆



(K.K)



 

 


2012年4月1日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



フィリピンの刑務所に服役している方が作った聖母マリア像で大切にしているものです。



随分前のテレビでブッダの足跡を追ったNHKの番組があり、梅原猛さんと瀬戸内寂聴さんが解説して

おられた。晩年のブッダが母親の故郷だったか亡くなった場所を目指していたのではないかとの問い

に、瀬戸内寂聴さんは「それはありません。ブッダはそれを超えた目的のために向かった」と話してお

られましたが、梅原猛さんは瀬戸内寂聴さんに対して「いや、仏陀の心の奥深くにはそれがあった」と

言っておられたのが強く印象に残っています。



ブッダ、そして梅原猛さんも生まれて1週間後に母を亡くしています。宗教学者の山折哲雄さんは梅原

猛さんのことを次ぎのように記しています。



「仏教にたいする梅原さんの心情の奥底には、母恋いの気持が隠されている。それは微かに沈殿して

いるときもあるが、激流となってほとばしることもある。梅原さんがしばしば語っているように、それは養

父母に育てられた体験からきているのかもしれない。とりわけ、母上に早く死なれてしまった辛い体験

が、その後の梅原さんの思想の形成に大きな影を落としているためなのであろう。その深い喪失感が、

梅原さんの文章に切迫した気合いをみなぎらせ、その言葉に美しいリズムを生みだす源になっている

のだと思う。」



ブッダ、そして梅原猛さんは同じ喪失感を味わったものだけしか理解しあえない次元で繋がっているの

かも知れません。



勿論、瀬戸内寂聴さんの「仏教塾」は万人に理解できる言葉で仏教を紹介している素晴らしい文献です

が、それと同様に梅原猛さんの「梅原猛の授業 仏になろう」はユーモアを交えながらも奥の深さを感じ

ます。また手塚治虫が書いた漫画「ブッダ」と共に、今読み始めている「超訳 ブッダの言葉」小池龍之介

・翻訳もそのような優れたものなのかも知れません。



私は読んだことはありませんが、当時の日本の哲学界の重鎮であった西田幾太郎や田辺元を梅原猛

さんは評価しながらも批判をしています。



「西田・田辺の精神はよろしい。西洋哲学と東洋哲学を総合して、今後の人類に生きる道を示すような

独創的な哲学を立てるという精神には大賛成です。だけど、もっとやさしく語れ、もっと事実に即して語れ

というのが、私の学生時代からの西田先生、田辺先生に対する批判です。」



専門家向けに書かれた本なら専門用語を駆使して書くことは当然かも知れません。しかし万人を対象と

するとき、敢えて難しい言い回しや専門用語を使うことは、自らの学問の使命を忘れているのではと感じ

てなりません。勿論私の読解力のなさがそう思わせている面もあるのですが、学問は人類に限らず地球

や地球に生きるもののためのものであるはずです。学問を自分自身の名声・名誉や金銭、社会的地位

を得るための手段としてしか捉えられない者は、哲学であれ科学であれ道を踏み外しているように思い

ます。



「母の愛を象徴化したような観音やマリア崇拝が、宗教の根源ではないか」と梅原猛さんは言っています

が、梅原猛さんが母の慈愛を観音様に重ね合わせるように、私は聖母マリアに重ね合わせているので

しょう。



ただ児童虐待などで母の慈愛を感じらずに育った子供たちは、物心がつくまえに母を亡くした方と同じよ

うな喪失感が横たわっているのかもしれません。



(K.K)



 

 

2015年11月22日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。




数年前に、ある人に出会った。彼女は看護師さんで入院している患者さんの死期が不思議なことに見えると話していた。



彼女の言葉を確信したのはあることだったのだが、このような千里眼とでもいう能力は世界の先住民やカトリック

ピオ神父などが有名)にも見られる。




アイヌでは故・青木愛子さんは知られているが、沖縄・奄美のユタは殆どが女性で、ある日突然にその兆候が現れる。



日本以外のシャーマンは男性が多く、修行を経てからのに比べると沖縄・奄美のユタは世界的にも珍しいのかも知れない。



詳しくは知らないが、日本の東北地方のイタコ(元々は先天的もしくは後天的に目が見えないか、弱視の女性の職業)や、

瞽女(ごぜ)もそうだった。



盲目の旅芸人「瞽女」、彼女たちを幸いもたらす聖なる来訪者・威力のある宗教者として昔の人々は迎え入れた。



キェルケゴールは、「真理の証人とは、その一生涯、内なる戦い、恐れ、おののき、誘惑、魂の苦悩、霊的苦痛を深く

味わい尽くした人のことである。真理の証人とは、殉教者のことである」と言った。



これに似た苦悩はイヌイット(カナダ北部の先住民)、ブラジルの先住民のシャーマン(パブロ・アマリンゴはNHKでも

特集された)、チベットのある賢者や他の宗教・芸術家にも見出すことが出来ると思う。



しかしそれとは異なる側面を持つ力もあると思う。



エクソシスト(悪魔を追い出して正常な状態に戻す賜物をもった神父)



悪魔や悪魔祓いというと、中世のキリスト教が行なった残酷な魔女裁判を思い浮かべ嫌悪するだろうし、悪魔など

過去の迷信と思っている人も多いだろう。



ただ皆さんも知っているアッシジの聖フランシスコや、前述したピオ神父は魔女裁判とは本質的に異なるもの(悪魔)

に苦しめられていた。



現代のバチカンではエクソシストになるには非常に高い徳性と経験が求められ、先ずその症状が精神性の疾患で

ないことを踏まえたうえで行なわれているが、ある特殊な賜物が与えられていない限り出来ないことだと思う。



ハワイ先住民南米大陸・アマゾン先住民のシャーマンの中には、そのような異なる側面の力を使う者がいることが

書かれているが、それは世界各地・日本でも見出せるのだろう。



ヒッグス粒子、これを神の粒子と呼ぶ人もいるが、それは物理学の次元での真理であり、神の領域とは異なるものだと思う。



宇宙創成から、現在にまで膨張を続ける宇宙、その力は完全に物理学の法則で説明(現代では不可能であっても)し得る

ものを未来の人類は見出すと思う。



ただ、それは力そのものでしかなく、その力とどのように接触するかの姿勢は別の話であると感じる。



真実の話か比喩かわからないが、ブッダは川の水面を歩く行者を見て、その修行に何の意味があるのかを問い

嘆いている。



聖書も「わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰

があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい」(コリント人への第一の手紙)とある。



存在を慈しむことと、存在を否定することの境界。



そこには物理学の真理とは異なる次元と境界、ヴェイユの言葉を借りると「重力と恩寵」の恩寵(おんちょう、神の恵み・

慈しみ)が、私たちと神なる領域の唯一の接点であり跳躍であるのかも知れない。



私にはそれが肌を通して浸透はしていないし、冒頭の彼女のような賜物も有していない。



ただ難しいかも知れないが、方向性だけは見失いたくない。



写真は、惑星状星雲・NGC6543です。



 


2013年6月18日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



(大きな画像)




FB友達の山田眞世さんが、試行錯誤を重ねて創作したオリジナルの点描曼荼羅画です。



実物は上の写真よりも鮮やかな発色で、画だけでも引き込まれてしまうのですが、3Dメガネ

で見ると曼荼羅画が立体的に浮かび上がってきます。



私のカメラ知識に乏しく、夜明けの写真も自己満足の領域を出ませんが、山田さんはそれ

でも夜明けの印象を曼荼羅に描いてくれました。



3月に頂いたこのプレゼントは、宇宙の秩序や神秘を感じさせてくれる私の大切な宝物です。



山田眞世さんのホームページ
Aloe*Wing
Mandala uni-verse〜曼荼羅宇宙



 


2012年3月30日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

画像省略

写真は「生きて死ぬ智慧 心訳 般若心経」柳澤桂子著より引用



私が尊敬する人で仏教にひかれている人は多い。宮沢賢治、哲学者の梅原猛さん、生命科学者

の柳澤桂子さんなどがそうである。



しかし葬式仏教の姿や住職が高級外車に乗り、ロレックスの金時計などしているのを見ると、本来

の仏教とはかけ離れたものになっているのではないかと感じていた。



ただ、前の投稿にも書いたが職場の同僚が高野山に出家したときから、仏教にたいしての自分の

無知がいろいろな偏見に繋がっているのではないかと思うようになっていた。



柳澤桂子さんは前途有望な生命科学者だったが、原因不明の病気で36年もの間苦しみ自殺も考

えたという。しかし彼女が一般の人向きに書かれた遺伝子に関する本は高い評価を受ける。そん

な彼女が書いた「生きて死ぬ智慧 心訳 般若心経」は、自身が研究してきた遺伝子という科学の

視点、そして何より闘病の苦しみの中から般若心経を自分の視点で捉えなおしたものだった。



何か日本人として遅すぎはしたが、ブッダのことをもっと知らなければならないと感じている。



☆☆☆☆



私たちは生まれながらにして、仏性、神性を善とする考えをもっていると思います。



私たちの意識の進化の方向は、他人をたいせつにする方向に向いているのです。



あるいは、自己本位であることが、私たちの本来の性格であると思うこともあるかもしれませんが、

私たちは、自己中心性を超越して、他人のために尽くすことに喜びを感じるよう成熟しつつあるの

だと私は思っています。



そのような視点から見て、これから人間たちの前途に大きく立ちふさがるのは、科学のまちがった

使い方です。



人間のつくったホルモン作用攪乱物質や放射能によって、私たちの地球は汚染され、生物が住め

ないような状態になってしまうかもしれません。



子孫が、そのようなことで苦しまないように、われわれは全力を尽くすべきです。



地球上のどこにも闘いのない、思いやりに満ちた人間社会をつくることができるよう願っております。



「永遠のなかに生きる」柳澤桂子著より引用



☆☆☆☆



(K.K)



 

 


2012年4月17日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。




インディアンの言葉の中には多くの感銘する言葉があるが、私自身一番強烈に響いた言葉が、

放蕩生活からヴィジョン・クエストを通して目覚めたレイム・ディアーの次ぎの言葉である。



「二番煎じは嫌だ」



これはレイム・ディアーが生きた時代背景を捉えないと、単なる既存宗教の批判になってしま

う恐れがある。



彼が言いたかったことは、日々新たな生命・風を心に送り込め、自己の鏡を常に磨けという

ことなのだと思う。の見地から言うと、「一瞬一瞬を生きろ」ということなのかも知れない。



人は同じ位置に留まっていることは出来ない。新たな経験、思索により180度異なる視点を

持つこともあるだろうし、少しずつながら変化していくのは当たり前のことなのだろう。



しかしそれでもこの言葉には創造主への揺るぎない信頼が横たわっている。この処にしっか

りと立ち、そこに自分の根をおろさなければならないことを意味しているのかも知れない。



根づくことなく足下がふらついている時、何かにすがりつかなければ人は倒れてしまう。レイ

ム・ディアーは、当時の白人に対してそのような姿を見出したのだろう。だから彼はこの言葉

を使ったのではと感じてならない。



何かにしがみつくのではなく、深く深く自分の根っこを張れと。



☆☆☆☆



おお父よ、わたしはあなたの声を風のなかに聞き、

あなたの息はこの世界中のすべてのものに生命を与えています。

お聞きください。

わたしはあなたの前に、あなたのたくさんいる子供たちのひとりとして、 

今、立っています。

わたしは小さくて弱く、

あなたの力と智恵とを必要としています。



どうかわたしを、美のなかに歩ませ、

なにとぞこの眼に、赤と紫の夕陽をお見せください。

この両手が、

あなたの創られたものを、尊敬させるようにしてください。

この耳を、

あなたの声が聞こえるように、鋭くしてください。

そうすればきっと、あなたがわたしの一族に与えられた教えを、

一枚一枚の木の葉や、

ひとつひとつの岩のなかにあなたが隠された教訓を、

このわたしも、理解するかもしれません。



父よ、わたしは力を求めています。

偉大なる敵と戦うことができるようになるための力ではなく、

その力で、汚れのない手と、濁りのない眼をもって、

わたし自身があなたのもとを訪れる準備をさせてください。

もしそれがかなうのなら、

日没の太陽が姿を消すように、わたしの生命が終わりを迎えたとき、

いささかも恥いることなく、

わたしのスピリットはあなたのもとを訪れることができることでしょう。



アクエサスネ・モホーク・ネーションのセント・レジス・リザベーションのなかに立つ「トム・ホワ

イトクラウド」という名前のひとりのネイティブの墓に刻まれている祈りの言葉。「虹の戦士」

北山耕平 翻案 太田書店 より引用 注)写真はインディアンを撮り続けたカーティスからの

もので、レイム・ディアーではありません。

☆☆☆☆



(K.K)



 

 

2012年5月6日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

画像省略

4月17日に投稿した「二番煎じは嫌だ」とも通じますが、ブッダの言葉の中で最も好きなものを紹介しようと

思います。



この言葉は後世にいい影響とそうでないものをもたらしたように思います。しかしブッダはそれ予見してい

ながら、それでも自分の教えが新しく生まれてくる人たちによってより深まっていくのを確信していたように

感じてなりません。



さまざまな宗教には多くの問題がありますが、それでもより洗練された姿になろうという方向性を感じます。



宗教の根源、沈黙でしか聴くことが出来ない次元に根を下ろした偉大な魂は道標として私たちを導いてく

れました。そして新たに生まれてくる魂が、今度はどんな景色をみせてくれるのか本当に楽しみです。



☆☆☆☆



君が川を渡るために筏(いかだ)をつくって、川を渡ったあとでこう考えたとしてみよう。



「この筏はとても役に立ったから捨てずに背負って歩いてゆこう」と。



そんなお荷物をかかえ込んでしまっては、重たくて重たくて、まともに歩けはしなくなる。



それが君の業績であれ学歴であれ職歴であれ、この筏と同じこと。



私の言葉も教えも真理すらもまた、この筏のようなものにすぎないのだから。



君が私の教えを使い終わったなら、惜しむことなく捨て去るように。



中部経典「蛇喩経」



「超訳 ブッダの言葉」より引用



☆☆☆☆




(K.K)



 

2012年7月9日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



(大きな画像)

写真はNASAより引用



東京で何をしていいか彷徨っていた時、駅で若い女性に声をかけられ行った先が統一教会の

信者が生活する施設だった。そこで僕は20代後半くらいの医療関係の雑誌をを編集している

女性と会い、一年間くらいここに通って彼女といろいろなことを話した。世間で問題になりつつ

ある時期だったが、彼女は僕の考えをじっくり聞いてくれたように思う。



独りぼっちで何かを求めていた僕は「あーあ、こんな女性がいつも近くにいてくれたらいいな」と

思ってばかりで、統一原理など聞いても全く頭に入ってこなかった。ただ、彼女が大勢を前にし

て統一原理を話す眼差しや口調は、僕と話すときの彼女とは別人だった。



就職したとき、ある友人が高橋桂子さんの講演を聴きにいかないかと誘われた。彼女は自身

のことを「キリストブッダを統合した上の次元にいるもの」という話を聞きながら、またしても

僕は「あーあ、こんな綺麗な女性と結婚できたらいいな」と思って聴いていた。



まあ男性だったら女性にこのような想いを抱くのは極自然なことなのだが、何が彼女たちから

自分を離したのかを思うと今でもはっきりしない。



ただ母の存在神秘体験(今思うと疑問だが)かも知れないと思うことがある。母親に関しては、

どんなに宗教家が美辞麗句を並べても、母の子への無償の愛という行為に勝るものはない。



それと奄美などの自然、美しいものでありながら怖い存在でもあった自然。それらの記憶が道を

外れそうになった自分をあるべき所に戻そうとしたのかも知れない。



様々な宗教、フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユは「さまざまとある正しい宗教の伝承は、すべて

同一の真理の種々ことなった反映にすぎず、おそらくその貴重さはひとしいのです」と言い、インド

の偉大な師であったラマナ・マハリシが様々な宗教について問われたとき沈黙で応えたように、多

くの人も宗教はどこかで結びついていると感じていても、その源泉ははっきりとはわからない。



恐らく何千年、何万年先でないとその姿は明らかにならないような気がするし、それだけの時間を

かけなければいけないものだと思う。



私が若い頃出会った女性、もう高齢だとは思うが「幸あれ」と願いたい。



☆☆☆☆



写真は、地球から約3000光年離れた位置にあるキャッツアイ星雲(NGC 6543)の姿です。



鋭い猫の目を思わせることからこの名前がつけられましたが、実際は死にゆく星から放出された

ガスとちりの造形です。



不思議なことにこの放出は1500年ごとに現れ、それが同心円状の構造やジェットに見ることができ

ますが、何故この質量放出が1500年ごとに繰り返されるのかまだわかっていません。



☆☆☆☆




(K.K)



 

2013年1月9日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した写真です。



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本日1月9日、夜明け前の光景です。


冬の思い出、私が小学1年の頃だったか、火鉢の沸騰したヤカンを足に落としたことがあった。

足が真っ赤に腫れ、母は私をおんぶして遠くの病院まで連れて行ったが、当時は救急車など

なかったのだろう。



鹿児島市内に火傷に関しては名医がいるというので、その病院に行ったのだが、そのお陰で

大きな火傷の跡は残っていない。ただ、おんぶされて何度も病院に通ったとき感じた母の背中

の温もりや想いは、私の心に刻まれている。



児童虐待など、母や父の想いを感じられず育った子供は、その穴を、長い人生をかけて何ら

かの方法で埋めていかなければならない。昔の人が言った「三つ子の魂百まで」は、幼いころ

の性格は年をとっても変らないことを意味しているが、自我が確立しておらず、無意識の中に

いる3歳までの時期は、その後の長い人生を形作るといってもいいのかも知れない。



異論はあると思うが、少なくとも3歳までは周りの人たちの助けを借りながら、親の想いを浴び

つづける満たされた時期であってほしい。



ブッダ、日本各地に赴き12万体の仏像を彫った円空、そして私が尊敬する哲学者・梅原猛さん

は幼いときに母親を亡くした。この深い喪失感は体験した者だけしかわからないのだろう。ブッダ、

円空、多くの人々を救ってきた彼らの光は、私には垣間見ることさえ出来ない深みから発せられ

ているのかも知れない。



☆☆☆☆


 

2013年5月26日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した写真です。



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テントウムシ(天道虫)とネムノキ(合歓の木) 5月26日ベランダにて撮影



テントウムシはアブラムシ類や、種類によってはカイガラムシ類やハダニ類、うどんこ病菌を

食べる益虫として昔から尊ばれてきました。また太陽に向って昇り、枝の先端からでないと

飛び立たないことから、日本では「天道虫」として親しまれていました。



英語では「聖母マリアの使い」、ドイツ・スペイン語では「マリア様の虫」、フランス語では「神様

の虫」、イタリア語では「神の雌鳥」との意味があり、イタリアやアメリカでは、テントウムシが体

にとまると幸せが訪れると言われているようです。



ヨーロッパのある伝承では、無実の罪で処刑されそうになった男の肩にテントウムシが留まり、

男は息を吹きかけて逃がしてやりますが、そのテントウムシは違う男の肩に留まります。その

男はこのテントウムシを叩き潰してしまいますが、それを見ていた領主が不審に思い再調査し

たところ、叩き潰した男が真犯人だとわかったことから「無実の人を救う虫」となったというもの

もあります。



ネムノキ(合歓の木)、何故「合歓の木」と呼ばれたのかは、夜、葉を閉じる姿が眠っているよう

に見えるとか、夫婦の交わりを意味すると言われていますが、私は手を合わせる行為、祈りの

姿に似たものをそこに感じます。



日の出とともに咲き、日の入りとともに花をしぼめる蓮や睡蓮は、エジプトやヒンズー教、仏教

では聖なる花ですが、合歓の木の姿を見て、そこに蓮や睡蓮と同じように太陽と共に生きたり

眠ったりする姿を重ね合わせた人がいたのかも知れません。



自然の営みを通して思い起こさせてくれる「祈り」の姿は、あるべき道から離れた心を呼び戻そ

うとしているかのようです。




 


2013年8月8日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



(大きな画像)


クリスマスツリー星団、「円錐星雲」「NGC2264」を含む(写真はNASAより引用)。



この画像を右に倒すと、まるでクリスマスツリーに見えることからクリスマスツリー星団と呼ばれていますが、この

星団に見られる赤色は塵の反射だけでなく、星の光で電離した水素ガスからの発光と言われています。



立てたクリスマスツリーのてっぺんには謎に満ちた「コーン(円錐)星雲」が見え、中央の最も明るい星(変光星)

の下には「狐の毛皮星雲」がありますが、私はオオカミの顔や体を想像してしまいました。



赤い星雲に散らばる明るい星(100個以上)の星団は「NGC2264」と呼ばれていますが、オリオン座近くにある

「いっかくじゅう座」にあるこれらの星雲や星団は、地球から2500光年の距離にあります。



2500年前と言うと、お釈迦様や老子が生まれた時代のようですね。




 

2013年11月10日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した写真です。



APOD: 2013 November 9 - Comet Lovejoy with M44



地球に近づきつつあるアイソン彗星(写真はNASAより引用)



肉眼でも見えるだろうと予測されているアイソン彗星。太陽最接近(11月29日)まであと19日だそうですが、

予想通り見ることが出来ればいいですね。



写真の右側の星の星団はプレセペ星団(M44)と呼ばれています。



中国では青白い人魂のようで不気味な存在と映っていたようですが、イギリスでは「蜂の巣」と呼び、インド

では釈迦が生まれた時に、月がこの星団の星座(かに座)に位置していたというので、とても崇められてい

るようです。



M44までの距離は約577光年。ジャンヌ・ダルク、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロなどが脚光を浴びた

時代に、この星団から船出した光が今、地球に届いています。



かに座は冬の大三角の一つ、こいぬ座のプロキオンの近くにあります。









夜明けの詩(厚木市からの光景)

美に共鳴しあう生命

神を待ちのぞむ

天空の果実