「シャーマニズムの精神人類学」

癒しと超越のテクノロジー

ロジャー・ウォルシュ著

安藤治+高岡よし子訳 春秋社 より引用








日本語版への序 より引用

近年、日本と西洋社会の間では、コンピューターや自動車、食料品、その他さまざまな

製品の貿易問題に非常に大きな関心が呼び集められている。メディアの注意は、もっぱ

らこうした貿易問題やその底流にある国家間の競合やあつれきの問題への議論に集中

され、まったくそれ一色といった感さえもある。しかし、そうした騒がしさの影で、静かにそ

して相互にとって有益な形を取りながら、もうひとつ別の貿易、つまり心理学や宗教の交

流が進行している。各種の豊富な宗教的伝統を受け継いできた日本からは、仏教、とく

に禅が、西洋にもたらされた。現在その実践者の数は文字通り数百万にものぼる。この

宗教的伝統がもたらしたインパクトは、ゆっくりとそして静かにではあるが着実に、西洋の

文化、一般大衆、宗教社会、そして心理学や哲学に影響を及ぼしてきている。瞑想への

新たな関心が、ユダヤ・キリスト教社会のなかで息を吹き返し、キリスト教徒と仏教徒の

対話がさまざまに交わされ、数々の議論の場や雑誌が生み出されるようになってきてい

るのである。われわれはおそらくいま、歴史家アーノルド・トインビーの予言、すなわち

「二〇世紀のもっとも重大なできごとのひとつは仏教とキリスト教徒の出会いであろう」

という予言のはじまりを目撃しているのにちがいない。禅はまた、中国の道教からイスラ

ム教のスーフィズム、インドのヨーガそしてさらに部族的シャーマニズムにまで及ぶ。各種

の非西洋の心理学、哲学、宗教、そしてその実践への関心に火をつける火だねとなった

もののひとつでもある。それらは他のさまざまな要素とともに、西洋の自民族中心主義を

減少させてゆく上で大きな役割を担った。このようなことは人類史上かつて見られたこと

がない。世界にあるほとんどの宗教的伝統、実践、哲学が広く利用されるようになり、

西洋のさまざまな場所が各種伝統の出会うメルティング・ぽっと(るつぼ)となりはじめて

いる。そしてさらに、そうした各種の伝統的実践法がさまざまに、それぞれの社会文化的

コンテクストから切り離された形で行われるようになってきているのである。シャーマニズ

ムはこれらのもっとも劇的な例のひとつである。もともとシャーマニズムはあるひとつの部

族的伝統である。しかし、それが近年ネオシャーマニズムとしても知られるような形を取

り、西洋において著しくポピュラーなものとなりはじめている。そのなかでは、しばしばも

ともとの部族の信仰や文化などはまったく切り離された形態のなかで、シャーマニズムの

さまざまな実践が行われているのである。心理学もまた、仏教やその他のアジアのさまざ

まな心理学、哲学、宗教から深い影響を受けてきた。西洋の心理学や精神医学は、元来

重症の病理の治療や行動理解のための経験的アプローチへの関心のなかから、臨床の

場でそして実験室のなかで生み出されたものである。西洋の心理学や精神医学は、この

臨床的科学的側面の強調を推し進めてきたことによって、しばしば宗教や宗教的体験に

対する生来的とも言える不快感を抱くことになってしまった。そして、そうした宗教あるいは

宗教的体験は、たいてい病理的なものとして扱われ、見捨てられてきてしまったのである。

二〇世紀の後半になり、心理学や精神医学は、人間にもっとも中心的な、もっともユニーク

で、もっとも価値のあるものを見過ごしてきてしまったことが、しだいに明らかにされるよう

になってきた。愛、慈悲、喜び、そしてより高度の健康や幸福といった感情が、その価値

を十分に認められないまま、ないがしろにされてきてしまったのである。そして、より高度

の健康についての研究が進むにつれ、マズローが「至高体験」と呼んだ体験がはっきりと

認められるようにもなってきた。これは、短い間であっても、非常に強烈なエクスタシーや

変容を呼び起こす変性意識状態である。そのなかでアイデンティティの感覚は、その個人

そしてそのパーソナリティを「超え」、人類、生のすべて、さらには宇宙全体へと拡張され

る。そうした体験が知られるにつれ、仏教やヨーガといったアジアの伝統のなかに、至高

体験のあらゆる形----それらはそうした伝統のなかで人間の最高次の状態あるいは最高

次のゴールであるとみなされてきた。----が詳細に述べられているということもわかるよう

になってきた。トランスパーソナル心理学は、まさにそうした体験、そうした体験の意味し

ているもの、またそうした体験を引き起こす手段などについて研究するために生まれたの

である。こうしたトランスパーソナル的アプローチは非常に重要となってきている。なぜな

ら、そうした経験やそれを経験した人々をないがしろにして見過ごしたり、病理的として

診断することにとくに注意してきたからである。このアプローチは、そうした見方を取るより

もむしろ、(ユング心理学やサイコシンセシスといったいくつかの学派と同じように)体験の

重要性を認め、それを経験した人々に及ぼされる変容の効果についての知識を深めてき

たのである。このアプローチによって、心理学者たちは彼らの研究の核心にあるつぎのよ

うな事実に気がつくようになった。つまり、効果的な宗教的伝統のなかには、いくつかの

ある特定の意識状態を引き起こす技術が含まれていること、そして人々はそのなかで、

文化を超え時代を超えて、深い価値を与えられてきた超越体験、洞察、変容体験を手に

しているということである。瞑想、ヨーガ、シャーマニズム、そしてそれらに類似した他の

いくつかの実践法は、いまや超越体験を導き出すための技術として見られるようになっ

てきている。シャーマニズムを知る上で、この新しい心理学的視点はとくに重要な洞察を

与えてくれる。これまでシャーマンやシャーマニズムは、しばしば精神病理の産物として

誤解され、あやまった診断を下されてきた。しかし、宗教的体験や宗教的伝統の理解と

認識の上に立った現代の西洋心理学の進歩を取り入れるならば、シャーマニズム研究

をより豊かなそしてよりたしかなものとすることができるだろう。本書「シャーマニズムの

精神人類学----癒しと超越のテクノロジー」は、実際このために書かれている。(以下略)

カリフォルニア大学アーヴァイン校 精神医学・人類学・哲学教授

ロジャー・ウォルシュ





シャーマンの世界観はいかに異なっていることか。シャーマンにとり、すべてが

聖なるもので、生きている。すべてが互いにつながりをもち、依存し合っている。

あらゆる生き物が、万物の調和を保ち、ひとつの壮大な生命の織物の一部で

ある。シャーマンにとり、チーフ・シアトルがいったように、「あらゆるものはつな

がっている。ひとつの家族を結びつける皿のように」。この神聖かつホリスティ

ック(全包括的)な世界観は、シャーマニックな体験から培われたように思える。

マイケル・ハーナーは、つぎのように述べている。


「シャーマニズムによってもたらされる体験は、あらゆる生命との一体感

をベースに、宇宙に対する大きな敬意を育てる傾向がある。調和のなか

に入ってゆくことにより、人は他者を助けるためにはるかに大きな力を

使えるようになる。なぜなら、宇宙との調和こそ、真の力の源だからで

ある。そして、人は嫌悪よりも愛を強調し、理解やオプティミズムを推進

する生き方をするようになる。」


1997.7/25 「インディアンの源流であるアニミズムとシャーマニズム」







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